第98話 退場
我が家が燃えていた。
あの苦労して夫婦のものにした、あの砦が燃えていた。
子供を抱いているユリナが男たちに捕まり、無残に殺害される。
街が燃えていた。
他国の兵が民を殺し、奪っていく。
お前だけが死ぬはずがない。
連れていけ。
家族を、街を、国を守れ。
一瞬の白昼夢から覚め、怒りに歪む少年の顔が身近にあった。
「・・・」
司は、剣を落とした。
そして、少年の頭を抱き寄せた。
「言い訳は、なしだ」
痛みと苦痛で、体が震える。
「僕を殺したんだ」
連れていけ!
首を折れ!
殺せ!!
誰だけは知らないが、頭の中で声が響き渡る。
それは、一つ二つじゃない。
歪んだ体の中に、いるのがつらい。殺して。
怒りの炎に焼かれ続けるのは苦しい。
助けて! 助けて!
残念だが、もう彼らを救うことはできない。
もう、何もできない。
「生まれが悪い、頭が悪い、偉い人が、やってくれる、なんて、言い訳は、通用しない。ジョルジュ、君が、やるんだ」
絞り出すように声を出す。
「僕を殺してよかった、そんな世界を・・・」
何度も誘われていた懐かしい感覚。
震え、恐怖、寒さ、痛み・・・
魔王グランドールとの戦いの時は、何度もその甘い誘惑に誘われた扉に、手を掛けた。
剣を引き抜くと、司は地面に倒れ込んだ。
地面に血の池ができる。
ジョルジュは見た。
彼をまとっていた黒いもや。
それが、ゆっくりとほどけていく。
今更ながらに気が付いた。
何故黒かったのか、黒く見えていたのか。
無数の色彩が彼を包んでいたから、重なり合って黒く見えていただけなのだ。
無数の光が、彼からほどけ消えて行く。
最後に、地に伏せた塊だけが残った。
惚けていた少年は正気に戻り、怒りを奮い立たせ首を落とそうと剣を振り下ろした。
ジョルジュの剣は、剣によって止められた。
「間に合わなかった、か」
背の高い老人は、無念そうにつぶやいた。
力の差は歴然のはずなのに、ジョルジュは跳ねのけられた。
「ううむ、さすがに勝てる気がせんのう」
グィン・ナラールは剣を構えるも、苦笑を浮かべた。




