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第9話 名目上は軍の保養地

 浜辺から見える霞がかかった大陸が、魔族が暮らすアンドリア大陸だ。

 司に与えられた土地は、かつて500年ほど前までは人間の土地だった。しかし当時の魔王に攻め込まれ略奪された土地で、グランドール軍との戦いで奪い返すことができた。想像以上に痩せており森も川もほぼない、石と平地だけが広がっている。

 魔王を倒したとはいえ、再び魔王が生まれ侵略に来るかもしれない。その前に急ぎ防衛拠点を作らなければいけない。

 砦作りの専門家に見てもらったが、監視塔を海辺に作っていき砦を3つか4つ作らなければいけないらしい。そして砦を維持するために町を一から作る。国から援助金は出ているが、とてもとても足りる者じゃない。せいぜい監視塔が作れるかどうかだ。

 結局のところ、砦も町も司がすべて用意しなければいけない。

 逆に言うなら、砦も町も好き勝手に作らせてもらうという事でもある。

「これはモリオウ卿、今日も視察ですか!」

 現場監督グレンタのテントは、改良されてコテージ風に大きい。しかし中は本棚や巻物を入れた壺、何かの模型などが吊るされており狭苦しいぐらいだ。

「また荷物が増えてるね、グレンタ」

「はっはっはっ! これでも数を減らしている方がなのですよ!」

 くすんだ金髪に日焼けして常に肌が真っ赤、とにかく声が大きくて常に笑顔な青年だ。今の仕事が楽しくてしょうがないのだろう、元貴族の出だったはずだがそれを感じさせないボロボロの作業服をいつも着ている。

 彼は壺から巻物を引っ張り出し、テーブルに羊皮紙を広げた。

 かなり古い設計書のようだ。

「伯爵の望む下水施設の設計書を手に入れたのです! お望みが叶うかもしれません!」

「マジか!」

「探せばあるものですな! これさえあれば古の都市マーリッロに張り巡らされていた水路を再現できる! うおおお! 燃えてきた!」

 古代帝国マーリッロ。遥か昔、小さな町単位の国が点々としていた頃、武力により平定して巨大国家となった。その都市は栄華を極め、あらゆる知識、文化文明が発達したのだそうだ。

「巨大闘技場、張り巡らされた水路、公衆浴場も完備されていたのです。伯爵の望む町はまさにこのような街なのではありませんか!?」

「そう、それ! そんな感じ! できるのか!?」

「理論は昔からすでに確立されているのです! 現代の技術を使い、更に規模を小さくしてできないわけがない!!!」

 目をキラキラさせながら「ああ、古の都市マーリッロの復活、それこそがボクのしたかったことなんだ」と打ち震えている。

 彼は職人ギルド長ログエルが政敵としてリストアップされた12人の職人の一人だ。まだ若いがウリュサの町の方向性で衝突していたらしい。

 政治家にとって邪魔な存在は、叩き上げで職人肌の技術屋だ。

 ギルド長ログエルに対し、さも「ログエルに気入れられたい、だから政敵を排除してあげよう」と、そんな嘘をついて選別させたのだ。

もちろん司はリストに上がった人物に全員会いに行き、ちゃんと面接をしてスカウトしてきた。12人はグレンタ派閥の職人ばかりで、店舗で働いていた職人ごと全員了承を得てここで働いてもらっている。

 もしギルド長のログエルに町作りのために職人を派遣してもらうとしたなら、莫大な資金を支払うことになるだろう。そのうえ働かない、時間がかかる、真新しいことをしようとしないの3拍子揃っていたに違いない。更に問題が起きるたびに相談料とか言って永遠と金をむしり取られ続ける未来が見えた。

「グレンタ、作業のことで相談が・・・ツカサか」

 テントに入ってきたのは黒い肌の大男、上半身裸のゴイルだった。

「周辺集落の制圧を頼んだはずだが?」

「隠れているのだ、見つけないと制圧できるわけないだろ」

 魔王軍最強、黒騎士ゴイルは今、黒い鎧を脱ぎ捨て戦士というよりすっかり作業員だ。

「よほど暇なようだな、この前も来たばかりではないか」

「正直な話、お前たちを信じていないんだよ。グレンタ、こいつらはちゃんと働いているか?」

「何をおっしゃられるのですか! 彼らがいるからこそですよ! 彼らがこれほどまでに勤労とは思いもしなかった!!」

 指示は12人の職人がするが、労働力はほぼ魔族が行っている。

 確かにちょくちょく顔を出しているが、恐ろしい勢いで開拓が進んでいる。元居た世界のいつまでも終わらない工事現場も見習ってもらいたいぐらいの勢いだ。

「貴様らゴブリンと違い、我々はルールに従う。いらぬ心配だ」

 そう言い放ち司を押しやるとグレンタと話し始めた。

 魔族は人間のことをゴブリンと呼び、自分たちのことを人間と呼ぶ。司の心配はまさしくそこにあった。

魔族のしている仕事は、一般的に奴隷の仕事だ。逆に魔族の場合、土木業は戦士の役割であり、誉れ高い仕事なのだ。

 この意識の差がトラブルを呼ぶだろうと思っていたのだ。

 人間は魔族を奴隷のように扱い、魔族は人間をゴブリンと蔑称で呼んでいる。トラブルが起きないわけがないのだ。

「やっぱり無理な感じ? うーん、君たちほどのパワーがあればいろんなことができるんだけどなぁ」

「貧弱なゴブリンと違い眠る場所や歩く場所を確保する必要がない。言われた通りに作っているが、駄目だと言われる」

「作っている意味を理解していないと繊細な作業は無理が重なって歪が出てくるもんなんだよ」

「そこら辺の理解が及ばん。力になれなくてすまない」

「そんな! 君たちは開拓に信じられないほどの活躍をしているよ! ボクたちが同じことをしようとしたら10倍、いや100倍以上の時間がかかるんだ! この事業は君たちがいないと成り立たないよ!!」

「・・・・・・」

 ちなみに、この世界にはファンタジー世界のゴブリンは存在しない。

 初めは蔑称で使っていたゴブリンという言葉も、ただの訛りのように変わってくのかもしれない。そして職人たちは彼らの有用性をちゃんと理解している。もしかすると、この町で大きな変革が起きるのかもしれない。

「勇者はなくても、世界は巡ってる」

 しみじみ感慨にふけっていると、血相を変えた御者のアルバートがテントに入ってきた。

「だ、だだだだ、旦那様! 来客! です!」

「ん? 誰が来たんだ?」

「せ、聖女様・・・」

 はっ!?

 声を上げたのはグレンタだった。

「そうです! 聖なる導き手教の聖女クリスティーナ様がいらっしゃいました!」

 司は全力で顔を顰めた。


土日は休みます。

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