087 例の者たちと呪われた素敵な世界を。
「弱そうって言われて喜ぶのなんて、あんたくらいよ、エインズ」
「あっ、俺……凄く良い事思いついた!」
人族からするとそれなり出来ているように見えたポーズをやめ、エインズは満面の笑みでフフフと笑う。
「何その気持ち悪い笑い方。思いついたって、何を?」
「あのさ、強かったら相手に勝てるって思うじゃん?」
「まあ、弱くて勝つには色々と問題があるわね」
「ふふふ。だからみんなで弱くなればいいんだよ! みんな弱かったらさ、戦えないじゃん!」
「成程……その発想はありませんでした。エインズ様、大変素晴らしいお考えです! 弱さに磨きがかかる、いかにも弱者といった考え方。わたくし感激いたしました」
「チャッキー、悪気はないんだろうけど失礼よ」
エインズ的には名案なのだろう。腕組みをし、笑みを絶やさずに自信満々でツッコミどころなど微塵も考えていない。チャッキーも当然の事ながらエインズを全肯定する。
周囲のソルジャーも魔族たちも、本当にこれが最強疑惑のあるソルジャーと魔獣なのかと不審に思っていた。
強すぎるがゆえに、色々と勘違いさせられて生きてきたため、世間知らずな部分が多いエインズだが、その強さという原因を取り除いた所で、残るのは「馬鹿」なのではと皆が気付き始めている。
「だってさ、強い人が集まったら誰が1番強いかって話になるじゃん。でも、弱い人が集まって、誰が1番弱いかを決めようとしても、誰も傷つかないじゃん」
「エインズ様、しかしながら『やーいお前が1番強い』などと言われたら、悲しい気持ちになるのでは」
「ああ、それはなっちゃうね……」
「いやいや、ならないから! ていうかもう観光地作戦で決まったのよ! みんなで弱くなろう作戦は却下!」
そもそも誰が好き好んで弱くなりたいと願うのか。エインズを基準にすると話が進まなくなってしまう。この場を纏めるために、ニーナは皆に確認をする。
「あの、この場の最終確認って事で。これからの方針として、対立ではなく共存を進める協定に変える意見に反対の人族と魔族はいるかしら!」
「反対じゃねえけど、どうしたて悪者ってのは出てくる。例えば人族を本当に傷つけたり、殺そうと思っている同族もいる。そういう奴はどうすりゃいいんだ?」
「そこは人魔関係なく取り締まればいいんじゃねえか? 全部一緒にするのは難しいけどよ、誰かを傷つけるのは等しく悪いことだ」
「ああ。人族は勘違いしているけど、魔族ってのは秩序や規律を重んじるんだ。決まった事には従う。だからこそ、今まで魔族は協定を守ってきた」
「なるほど……言われて見れば確かに、魔族は協定をいつでも破れる状況にあったんだよな」
人族側の意見に、ジタが魔族としての考えを伝える。それに人魔双方が同調し、ソルジャーの今後の役目は、人族、魔族という括りではなく、「悪者退治」になっていくのだろうと頷いた。
「決まりね。でもこの意見はあくまでもこの場のみんなの意見で、まだソルジャー管理所や普通の人たち、それに偉い人たちは知らない話だわ。魔王様が魔族を代表してこの意見を認めて下さるなら、私たちは人族の代表に提案しなくちゃ」
「人族の代表ならば、我々から連絡を取ろう。ソルジャー達は、それぞれ管理所に連絡を取ってくれ。魔族から連絡を受けるだけでは信用されんだろうから」
魔王はガルグイに命じ、人族の代表へと電話でまず一報を入れさせる。そして魔王はソルジャー達に、武器所持しない状態であれば、城下町を自由に見物していいと伝えた。
「ジタ、それにエインズ、ニーナ、魔獣どの。ソルジャーたちの案内を頼めるか」
「いいぜ。町を見物したい奴は一緒に来てくれ、魔族が危ない存在じゃねえって、ちゃんと実感して貰わねえとな。おい誰か、避難してる連中にもう大丈夫だと言いに行ってくれないか!」
ソルジャーが手ぶらで魔族の住処を観光する日が来るとは。
しかも、戦いの果てではなく、無血によって成し遂げた和解。いや……詳しく言うとファイアで怪我した者はいるが、それは人魔の争いではない。よってギリギリセーフ。
そんな歴史的な出来事が実現したのは、たった1人の弱くなりたい少年がきっかけだった。
「わたくしは、今後はエインズ様の何なのでしょうか。精霊でしょうか、魔獣でしょうか。まだ魔獣だと言われても戸惑いがあるのです」
「チャッキーはチャッキーだよ」
呪われた猫型魔獣と、その猫型魔獣に呪われたエインズ。
革命を起こした第一人者である自覚など全くない1人と1匹は、これからも些細な事で喜び驚き、大きな事を成しても気付かない、そんな生活を送るのだろう。
「ほらほら、見て!」
回復薬の小瓶を1つ取り、素手のエインズがフタのコルクを抜いてみせる。
「大変お上手です、エインズ様。もうコルクを抜くことが出来るようになったのですね……ますますご立派になられて」
「うん、しかも実はちょっとだけ力を入れちゃった」
「エインズ様のさじ加減練習が実を結んだのですよ。今日はお宿に戻ったらお1人でドアノブを回されますか?」
「へへっ、そうしようかな。緊張するよ、どうしよう普通にドア開けちゃったら!」
「天性の才能をお持ちという事になりますね」
エインズは目的を達成した。魔王討伐は成し遂げず、夢のような腕輪は無かった。けれど、色々な真実を知り、チャッキーとの絆を再確認し、そして……
「ほら、行くわよエインズ。避難した魔族のみんなも、もう戻り始めているそうよ」
「早く来いよ! おめーが握りつぶさずにバターサンドを食えるか確認してやるぜ」
人族、魔族、それぞれの友人も出来た。魔王とも知り合いだというよく分からない箔もついた。
「チャッキー、回復薬の小瓶とバターサンド、どっちの方が固い?」
「わたくし、生憎回復薬の小瓶もバターサンドも、どちらも口にした事がありませんので」
けれどやっぱりエインズは変わらないのだろう。
ニーナとジタはそう思いながらため息をつき、そして再度大きな声でエインズの名を呼んだ。




