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086 例の真実と、これから。


 本来は互いに憎み合う必要はないのに、真実を隠してまで争いを続けた事には理由があった。その理由を知り、やむをえない事だと理解もしていた。だが、これからも悪者ではない相手に銃口を向けられるだろうか。


 一般の人々を今度は自分達が騙すことになる。しかも魔族と仲良くする姿を見せず、時には斬り捨てながら。それが出来るだろうか。



「お、俺はもう魔族退治なんて出来ないぞ!」


「俺だって騙す側に回るなんて無理だ」



 ソルジャーたちが戸惑い、これからの振る舞いをどうするべきかと不安を口にする中、ガルグイから事情を聞いた魔族たちも集まってくる。やはり素手であっても構えてしまうのはソルジャーの癖として仕方がないとしても、魔族たちもまた、恐る恐るといった様子で近づいてくる。


 魔族は本当に襲ってこないのか。


 人族は本当に魔族を信用したのか。


 疑心暗鬼、互いにいがみ合った長い歴史の中、そう簡単に友好的なムードには切り替わらない。けれど、既に友好的な関係を築き上げている者たちもいる。


 エインズ、ニーナ、そしてジタだ。



「あの、みなさん。俺たち、ジタさんと仲良しなんです。この3人でジュナイダに入国する時からずっと一緒でした」


「ジタさんは魔王城に向かうのを手伝ってくれたんです! 手前にあった村も、本当は魔族と仲良しなんです。肝試し感覚で訪れる観光客を、逆に魔族側も怖がらせるツアーを組んだり」


「やらせ、という事か……確かに、魔族の地にあって、あんなに堂々と普通の暮らしが出来ているのは変だと思っていたが」


「この外の町でも、俺は事情を知ってもらって、普通に買い物をしま……あっ、バターサンド!」



 エインズは思い出したように鞄を覗き込んだ。この城に来る前、ニーナがエインズのカバンに入れたのだ。



「ジタさん、魔王さま、あの……今更だけど外の店でバターサンドをお土産に買って来たんです。食べますか?」


「バターサンド!? 喰う! 有難うな! この時期のバターサンドは特に上手いんだよ。ヌエの乳とコカトリスの卵で作るからな」


「えっ、魔物の……えっ?」



 満面の笑みで受け取るジタを見つめるソルジャーの目は、どこか冷ややかだ。家畜ではなく魔物の乳製品など口にしたくはないのだろう。


 エインズとニーナも、ヌエやコカトリスを想像し、あまり美味しそうなイメージが湧いていないようだ。



「バターサンド! バターサンドチョウダイ!」


「ジタサマ! バターサンド! オレ、オリコウ! ナンデモナオス!」


「オリコウスル! フタツホシイ!」


「うわっ!? なんだ、なんだ!?」



 そんな中、バターサンドと聞いて、ソルジャー達の足の間をくぐるようにしてグレムリンがジタへと駆け寄った。水を救うかのように手の平をお椀型にまげて、バターサンドを置いてもらえるのを待っている。



「この子たちはグレムリン。機械の修理が得意で、本当はいい子たちなの。勝手に直しちゃうから普段は気づかれなくて、ご褒美欲しさに悪戯をしちゃうだけ」


「さっき、魔族に怯えない暮らしをしたら、魔族はどうなるんだって言った人もいたけど、接し方に気を付けるだけでいいんです。それをみんなで考えませんか?」


「協定は確かに、魔族側にやや不利な内容にも思えました。人族側、魔族側、双方から意見が出る必要があるかと」



 魔族が一目置く魔獣が提案するとなれば、魔族側もそれに賛成するしかない。互いにビクビクしながらも、人族と魔族は距離を詰め、勇気のある者から少しずつ意見が出始めた。





* * * * * * * * *





「怖い事が起こると分かっていても、実際に事象に怖がるというのか」


「確かに、この南の集落に来る人族の観光客は、危険であることを理解したうえで来ていたな」


「お化け屋敷とか、肝試しとか、わざわざ人族が魔族や魔物の恰好をして怖がらせるものもありますよ」


「そんなに怖がりたいのなら、もっと早くに言えばいいものを。我々が幾らでも恐怖のどん底に突き落としてやるというのに」


「あっ、そこまですると怖がる事を怖がって、怖がりに行かなくなっちゃいます」



 ソルジャーたちは魔族が「怖がってくれさえすれば、手段はどうでもいい」と考えている事を初めて知り、魔族は人族が怖がりたい時に自分から恐怖を体験しにいく事を知る。


 争いの日々も、協定を守った魔族も、真実を知らなかった人族も、話が少し足りなかっただけなのだ。



「とすると、このジュナイダ特別自治区は、恐怖に怯えたい人族向けの観光地として大々的に売り出すという手もある……」


「ああ、ヤラセで村と連携するのではなく、そのお化け屋敷とやらの規模をもっと大きくして……」


「人貨が手に入るなら、魔族の生活も豊かになる。それに……魔族側も命の危険がないってのが気に入った!」



 ソルジャー達と魔族との話し合いは小一時間ほど続けられ、まだ公式ではないものの、ジュナイダ特別自治区に魔族が独自に運営する恐怖のレジャー施設を建設しようという流れになりつつあった。


 早速どんな怖がらせ方がいいかの案が出始め、次第にヒートアップし始める魔族たちは、形比べで意見の優劣をつけ始める。



「牙の形!」


「その程度か。角の形!」


「勝負あった! ケルベロスの勝ち!」


「オーガの俺様が負けるなんて……」



 やはり判定基準が分からないその形比べを見ながら、ソルジャーたちは首を傾げてる。見よう見真似でポーズをとる者もいるが、魔族たちはそれを笑って制止した。



「そんな弱々しい形があるか。それに比べて魔獣様はすごいぞ、魔族が全員震え上がる程禍々しい形を決めなさる」


「魔獣様、是非ともまた形をお見せいただきたい!」



 チャッキーは魔族たちの期待に「わたくしの心は精霊なのですが」と愚痴を零しながら、2本足で立ち上がる。城門前で披露した、あの両手招き猫状態の、あれだ。


 ふらふらしながら、中途半端に手首だけくねらせたポーズをとると、その場の魔族が全員息をするのも忘れて見入ってしまう。



「流石……なんて美しく、力強く、禍々しいんだ!」


「いつかは俺もあれくらいに……」



 魔獣へのお世辞なのかと首を傾げる者たちに、エインズは「魔族が言っている事は本当です」とチャッキーを自慢する。



「エインズ様も如何ですか?」


「えっ? じゃあ……角の形でもやってみようかな」



 エインズはチャッキーの横で額に手を当て、人差し指を額から生えさせたように見せ、勇ましくポーズを決める。が、魔族から見ればそれは不合格だったようで、魔族の間で失笑が漏れる。



「あんな強い人族が、そんな芋虫も笑うような弱い形しかできねえとはな!」


「そんな弱々しい形、滅多にお目にかかれねえ、はははは!」



 魔族たちはエインズの形を、腹を抱えて笑う。が、エインズはそれを全く恥ずかしいなどとは思っていない。



「俺、弱いって、弱々しいって! どうしよう、凄く嬉しい!」


「エインズ様が、こんなに弱々しくなれる日が来ようとは……とうとう一人前の弱さを手に入れたのですね」


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