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084 例のソルジャー達を救う奇跡の紙袋。


 チャッキーを抱き上げるなどして止めたなら、攻撃と勘違いしてエインズが動く可能性もある。とはいえ何とかしてチャッキーの気を逸らし、怒りを鎮めさせなければならない。



「そうだわ、何かを投げたら、チャッキーが追いかけるかも!」


「その行動が攻撃と看做される可能性があるだろ、危ない橋は渡れねえ」


「あー他に何か……」



 ニーナが頭を抱えてチャッキーを抑える方法を考える。そして鞄の中を覗きこみ、回復薬が入っていた紙袋に手を入れた時だった。



「おいニーナ、チャッキーの耳だけお前が何かを探す音に反応してるぞ」


「音? そうだわ……紙袋!」



 ニーナは回復薬が入った紙袋を鞄の中で逆さにすると、空になったそれをわざと音がなるように軽く揉みながら取り出した。



「ほらチャッキー、紙袋よ? カサカサ音が鳴るわよ~、舐めても被ってもいいわ、ほらほら」



 チャッキーは牙を剥き出しにして睨んだまま、ニーナが振る紙袋へと視線を向ける。そっと床に置いてニーナが離れた後、チャッキーの視線はソルジャーではなく紙袋に向けられていた。


 姿勢を低くし尻尾とお尻を振りつつ、チャッキーは紙袋へと飛びかかるような体勢を取る。



「いいぞニーナ! これでチャッキーの注意は逸らせた。ソルジャー達! いいか、死にたくなかったら武器を床に置け! 脅しじゃなくて本当に死ぬぞ」


「そっと置いてよ? チャッキー……いえ、あの猫のような魔獣の注意があなたたちに向いたら、もう色々と終わりなんだから!」



 ソルジャー達はまだ事態を飲み込めていないが、必死の形相で指示を出す若者2人を見て、今は従った方がいいと判断したようだ。武器を置く事を渋る者も、周囲に説得されてゆっくりと銃や剣を下ろす。


 皆がエインズを見つめて不安そうに唾を呑む。1発であれば、魔法障壁によって防ぐ事は可能だが、1発で済むのかはもう誰にも分からない。


 禍々しくどす黒い殺気がこれ以上増幅しないことを願いつつ、皆がチャッキーの怒りが収まるのを待つ。



「チャッキー、ほら……」



 ニーナが紙袋に再度近寄り、カサカサと鳴らした。するとチャッキーの目が少し丸みを帯び、同時にエインズの放つ殺気も和らぐ。



「成功、か?」


「もう少し……ほら、紙袋が逃げちゃうわよ」



 ニーナが傍を離れて数秒、チャッキーは紙袋の中に滑り込むべく駆け出した……が。


 次の瞬間、それと同時に皆の視界が一気に明るくなり、そして肌が焼けるような熱に見舞われた。



「うおおっ!?」


「えっ、何、何?」



 チャッキーの目の前で黒煙に変わったものがファイアだと分かった時、魔王でさえ目を大きく開いて驚き、エインズへと視線を向けていた。


 そこには右手の平を紙袋があった位置へと向けつつ、立ち昇る殺気が嘘のように消えたエインズがいた。



「え、エインズ、何……してんの?」


「……あれっ、俺今何をしてたんだっけ……そうだ! 肩当てを撃たれて、それで……」


「チャッキーが怒ったの。もしかして、チャッキーの注意が紙袋に向いちゃったから、エインズの狙いも紙袋に移ったの?」


「紙袋? こんな時に何言ってんのニーナ。ソルジャーが大勢攻めてきて、俺達が防がなきゃいけないってのに……あれ、みんな武器を置いてるみたいだけど、何があったの?」



 1人だけ状況把握が周回遅れしているエインズのすぐ横には、ふさふさの尻尾が普段の3倍膨らんだチャッキーが佇んでいた。


 目の前で爆発のような炎が現れてビックリし、急停止したのだ。


 その目は、今の今まで紙袋が置かれていた場所をじっと見つめている。潜り込む気満々だった紙袋が失われ、どこか悲しいようなその目に、もう怒りの色は見えない。



「ちゃ、チャッキー? チャッキーが狙いを定めたものをエインズも攻撃しちゃうみたいね。わぁー新発見だわ、ねえ!」


「お、おう、そうだな。紙袋なら幾らでもやるからよ、ほら……誰か紙袋持ってないか? 出来るだけ大きい紙袋がいい!」


「紙袋1つでチャッキー……いや、魔獣の気持ちが落ち着くの! 命が惜しければ紙袋をすぐに出して!」


「いいか、紙袋だ! 持ってる奴は出さねえとどうなっても知らねえぞ!」



 ジタとニーナの良く分からない脅しに、ソルジャー達は困惑しながらも鞄の中を漁る。


 エインズも、自分が良く分からないうちにチャッキーの大事な紙袋を燃やしてしまったのだと気付き、慌ててチャッキーを撫でた。



「ごめんチャッキー! 俺、自分が何してるのか分からなくなってたみたい! 帰りがけにちゃんとザラザラした紙袋をくれるお店に寄ろう? ね?」


「……いいえ、こんな非常時に好奇心と欲望に負け、戦いを疎かにしようとしたわたくしを、エインズ様が止めて下さったのです。わたくしは……もっと強い意志を持たなければならなりません。意志を強く持ち、不届きなソルジャーを差し違えてでも止める所存です」


「もう十分、十分よチャッキー! あなたの意志がある意味この場を救ったの! ほら誰か、出来るだけザラザラした紙袋持ってないの!?」



 討伐対象だった魔王が心配そうに見守る中、本来の目的などそっちのけで紙袋を探すという、とても異様な状況。


 そんな中、勇敢……? な1人が手を上げる。チャッキーが入るのにも十分な大きさの茶色い藁半紙の紙袋を受け取ると、エインズはチャッキーが落ち着くよう、床に紙袋を置いた。


 匂いを嗅ぎ、恐る恐る紙袋に入っていくチャッキーは、もう怒りに燃えていた事などすっかり忘れたようだ。



「良かった……。ソルジャーの皆さん! 聞いて欲しいことがあります!」



 ニーナは玉座の間から入ってすぐのスペースに固まっている者達へと手招きする。


 紙袋へとスライディング練習をするチャッキーと、その出来栄えを褒めているエインズを無視して、皆は玉座のすぐ下に集まった。


 武器は入口付近に置かれたまま。本当に丸腰なのかは分からないが、念のためにとエインズとチャッキーが脇に立てば、まさかこの期に及んでまだ討伐を企てるようなことはないだろう。


 ……そのエインズとチャッキーをニーナが大声で呼ぶと、1人と1匹は背中をビクッと震わせて恥ずかしそうに玉座へと小走りした。


 エインズもスライディングして紙袋にすっぽりと入るチャッキーを、上手だねなどと呑気に褒めているような場合ではない。


これから魔王はこの世界の一般人の常識を、根幹から覆すような発表をするのだから。

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