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081 その日、例の少年と猫のような何かの出会い。

 

【8】ソルジャーエインズ、戦う。




「この子がすくすくと丈夫で強い子に育ってくれたら……」


「ああ、賢くなれだとか、天才になれという訳じゃない。健康で丈夫で、優しく力強い男に……」



 15年前、ガイア国エメンダ村。



 例年穏やかな気候だというのに、その日ばかりは大荒れの天気だった。


 強風と大雨は未だかつてない程の規模。村人が畑や家畜、家屋の心配をしている中、1人の赤ん坊が生まれた。付けられた名前はエインズ。この地方で「あらゆるもの」という意味だ。


 おそらく、大雨も強風も稲光も、何もかも来ちゃってさあ大変! 橋まで落ちた、塀が壊れた、納屋が飛んだ……もう何もかもお手上げだ! という事で付けられたと思われる。


 赤ん坊を思う両親の思いは、普通の家庭のそれと同じ。子供の健やかな成長を願った、ただそれだけだった。


 ようやく外は静けさを取り戻したものの、こんな嵐の中で無事に生まれてよかったと、数人の村人達と喜んでいた。


 そこに、急に見知らぬ旅人が家に駆け込んできた。



「早くこの子猫を!」


「な、なんだ?」


「こいつは精霊だ! 早く名を付けさせろ、赤ん坊の命に関わる!」


「何を言って……あんたは誰だ!」



 母親はまだベッドから起き上がれない。父親が不審そうに見つめる中、旅人は子猫をテーブルに乗せ、しきりに精霊だ何だと喚く。


 その時だった。



「あなた、赤ちゃんが、赤ちゃんが大変よ!」



 生まれたばかりの赤ん坊のエインズが急に衰弱し、ぐったりしてしまう。母親は悲痛な叫びを響かせた。


 旅人は言わんこっちゃないと父親を叱りつけ、精霊をすぐに会わせないからだと指示を出し始める。



「精霊を、早く! 赤ん坊の名前を教えて、赤ん坊の手で撫でさせて、精霊に名を付けろ!」



 見た目は子猫。しかし赤ん坊の命がそれくらいの事で助かるなら安いものだ。訳も分からず言われた通りにすると、エインズは何事も無いかのように寝息を立て始めた。



 その両親が藁にもすがる思いで迎え入れた子猫。それがチャッキーだ。





 * * * * * * * * *





「エインズはチャッキーが傍にいると大人しいな。もうチャッキーの事が分かるんだろうか」


「兄弟みたいにすくすくと育ってくれたらいいわね。生まれた順番で言えば、チャッキーの方がお兄ちゃんかしら、エインズかしら」



 数か月が経ち、まだまだ目を離せないエインズも、時折周囲をぼんやりと見渡すような仕草をし始めた。その視界にはよくチャッキーがいる。


 同じ赤ん坊でも子猫の方が成長は早い。チャッキーはヨタヨタと走り回っては、エインズが起きるとすぐに傍へと駆け寄ってくる。



「チャッキーも、エインズをじっと見つめている時があるのよ。何かこの時期にしかない意思疎通があるのかしら」


「エインズ、チャッキー、どんなお話をしているんでちゅかー? んー?」


「人族の赤ん坊と共にどこからか現れ、その子を守るように寄り添うっていう、伝説の精霊のお話通りよ。さ、私は鉄の小手をはめなくちゃ。この子ったら本当に力が強いの」


「はっはっは! チャッキーは本当に精霊なのか? エインズは精霊さんとお友達になったのかなー?」



 少々強面な父親が、柄にもない喋り方で顔を近づける。


 その時、子猫がくるりと体を父親へと向け、そして父親に対し、はっきりと言った。



「お父様。エインズ様は暗い、と仰っております」


「……はっ、えっ?」


「エインズ様は周囲を見たいのです。お父様が視界を遮るため、今から泣いて意思表示をしようかと思われておりますが」



 子猫は当たり前のように喋り、そして当たり前のようにエインズの気持ちを代弁する。本当にエインズがそんな事を思っているのかは分からないが、確かに子猫は言葉を喋り、エインズはぐずり始める。



「ね、猫が喋った……やっぱり、やっぱり精霊だった!」


「ああ、うちの子に精霊の加護がつくなんて! チャッキー、あなたは本当にエインズの精霊だったのね!」



 チャッキーは喋らなければ子猫そのもの。首を大げさに傾げてエインズの両親を見上げる。



「わたくしは……精霊なのですか? 精霊とは一体何でしょう」





 * * * * * * * * *





「それがわたくしとエインズ様の出会いです。エインズ様を使役するなどというつもりはなく、ただ、エインズ様が暗いと仰るので、わたくしが代わりにお伝えして差し上げた……それが初めてわたくしが喋った瞬間でした」


「へえ、俺全然覚えてないや」


「そりゃそうでしょ、エインズは赤ちゃんだったのよ?」


「チャッキーは親とはぐれたのか?」


「そこはよく覚えていないのです。気がついた時にはエインズ様の隣でした」


「親もなく仲間もいなくて、エインズと契約を交わした自覚もなかった……自分が何者かを知る機会が無かったわけか」



 チャッキーがなぜエインズと共に暮らしだしたのか、ようやく皆は納得した。何が契約のきっかけだったのかは分からないが、迷い込んだチャッキーに、エインズは何らかの頼みごとをしたのだろう。



「それからエインズの怪力人生が始まったのね」


「わたくしは今まで自身が精霊だと思い込み、エインズ様に無用な力を与え続けていたのですね」


「そうとも言い切れないぜ。魔獣に目を付けられるっつう事は、何か命に関わるような危機があったはずだ。チャッキーと出会っていなかったら、エインズは死んでいたかもな」


「えっ!? じゃあやっぱりチャッキーは命の恩猫なんだ! チャッキー、俺、ちゃんとチャッキーの下僕として頑張るから」


「滅相もございません! わたくしをこれからもお傍に置いて下されば、わたくしはそれだけで本望なのです」


「まあ、色々と真実が分かって、しかもエインズの力も抑えられるようになって、一件落着ってことね」



 魔王はようやく倒される心配がなくなり、ガルグイに遺物を貯蔵庫に戻すようにと伝える。そして人族2人に再度提案をした。



「この地で生きていく気はないか? できれば今の世の理を外に漏らさずにいたい」


「でも、今の状況を不満に思っている魔族もいるみたいですし、真実を知って、魔族退治を装うなんてできません!」


「うん、俺も……魔族退治に行こうとする人を黙って見過ごせないです」


「それに、私たちソルジャーになったのは魔族退治だけが目的じゃないですから」


「えっ、俺は魔王様を倒して腕輪を貰う事だけが目的だったけど」


「もう腕輪貰ったんだからいいでしょ?」



 エインズとニーナはこの地にとどまるつもりはなく、更にこれ以上の争いを避けたいと伝える。けれど魔族はそれでは困る。人族は怖がらなければ存在意義がなくなるのだ。


 このまま友好路線に舵を切られる訳にはいかない。



「お前らの正義は分かる。けれどジタと一緒にいたのなら分かるはずだ。魔族は人族の恐怖がないと生きてはいけない」


「知っています。だから人族を襲わなくちゃいけない、人族は恐れなくちゃいけないって」


「そうだ。俺たちは俺たちが生きるため、己の正義で人族に恐怖を与えている。そして、人族の恐怖を吸収している」



 魔族の代表として、エインズとニーナが外に真実を広める事を許すことは出来ない。これからしっかりと諭そう……魔王がそう思っていた時だった。



「……ねえ、なんだか部屋の外が騒がしくない?」

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