080 例の精霊を名乗る怪しい猫の真実。
チャッキーの首輪を取ることが出来ないエインズは、玉座の間でチャッキーを撫でていた。
まだ弱り切ってはいないチャッキーを膝に乗せ、そして片時も離すもんかと頬擦りする。呪われたチャッキー自身は何ともないのか、時折首を後ろ足で掻いてはエインズに大丈夫だと告げた。
「わたくし、本当に何ともないのです。この首輪の効果はきっと物凄く弱いか、消えてしまったのでしょう」
「良かった……チャッキーに何かあったら俺、生きていけないよ。もう俺の力なんてどうでもいい、でもチャッキーだけはだめだ」
「エインズ様……きっとエインズ様の優しさが奇跡を生んだのですね。もしかすると、エインズ様にも奇跡が訪れ、力が弱まる腕輪が見つかるかもしれません。無いことが分かるまでは、あるかもしれないのです」
「そう……だね。みんな、ごめんなさい。俺……もう何もかも終わりだと思っていたけど、もう少し頑張ります。諦めがつくまでは何年だって旅をします」
そう言って先程突き飛ばしてしまったニーナとジタにも謝り、協力してくれた魔王やガルグイにも礼を述べた。エインズが自暴自棄にならず、元の素直で穏やかな少年に戻った事で、ニーナ達もひとまずホッとしたようだ。
「じゃあ、俺は腕輪の情報を探して旅に出ます。お世話になりました、もちろん魔族の秘密の事は言いません」
エインズは外していた小手をはめ、チャッキーを肩に乗せて深々とお辞儀をする。
「ちょっと待って!」
そんなエインズを引き留めたのはニーナだった。
「ねえ、私たちエインズに突き飛ばされて無傷だなんて……おかしくないかしら」
「ああ。俺も、正直死んでてもおかしくないと思った」
「それに外せなかった首輪、さっきは自分で外したわよね? 今は何で外せないの?」
突き飛ばしてしまった事を再度謝りながら、エインズも何かが引っ掛かるようだ。今まで触れるだけで肩を脱臼させてしまうと思って注意していたのに、突き飛ばして相手が無傷なのは予想外だ。
「もしかして、この首輪の呪いはみんな丈夫になる呪い!?」
「首輪まで丈夫になってどうすんのよ! そうじゃなくって、エインズ、今もしかすると力が弱くなってない?」
「えっ」
ニーナは鞄の中からまた回復薬の小瓶を取り出し、「もうお腹一杯なんだけど」と言いながら飲み干した。苦しそうな顔をしながらその小瓶をエインズに差し出す。
「ほら」
「空になってるよね?」
「ええ、試してみて」
「えっ? いやいや、試すも何も、全部飲まれちゃったら回復出来ないじゃん!」
「だー、違うの! 力が弱くなっているか、小瓶を握って確かめてみなさいっての!」
ニーナはエインズの手に強引に小瓶を握らせ、そしてサッと離れる。一応、小瓶が割れて破片が飛んでくることを恐れているのだろう。
「全力駄目だからね! ちょっとよ、ちょっと!」
エインズは小瓶をそっと、今までであれば割れてしまうくらいの加減で握る。だが小瓶は割れるどこかヒビすら入らない。
「えっ、この小瓶すっごく丈夫だ……」
「じゃなくて! エインズの力が弱くなってるのよ!」
「俺の力が……えっ!? 何で!?」
エインズはようやく自分の異変に気付いたのか、おそるおそる自分の持ち物や装備を触り始める。どれも凹むこともなければ潰れる事もない。言い方は変だがまるで普通の人族が触っているかのようだ。
「エインズ様?」
「エインズ、やっぱりお前……力が弱まってるじゃねえか!」
「どうしてだろう……でも、でも、俺……今は普通に物に触れる! 力を抑えようと意識しなくてもちゃんと触れるよ!」
エインズは天の代わりに暗い天井を見上げ、魔王の前だというのに神に祈る。まだ信じられないのか、床を軽く叩いてみたり、飛び跳ねたりもする。
まだ幾分一般的な人族よりも高く飛んでいる気がするが、天井を突き破ったり、高い塀を軽々と飛び越えるような事は出来そうにない。
「俺、俺ちゃんと普通だ! ほら見て、ほら! 握っても壊れないんだ、あははっ、こんなに弱くなった! 見てよ、こんなに弱い! えへへ、なんだかちょっぴり疲れたかもしれない!」
「嬉しいのは分かるけど、なんか腹が立つわね……」
「ああエインズ様、原因は分かりませんが、こんなにも弱々しく立派になられて……。しかし、エインズ様が普通を手に入れたという事は、わたくしはもう……お役に立てないのですね」
チャッキーはどことなく寂しそうにエインズを見守る。魔王はエインズとチャッキーに言葉を掛けた。
「魔獣、そもそもの原因はお前だったのだ。この少年の力は確かに人並み外れたものだろう。だが、それを増幅させているのはお前だ」
「わたくし、エインズ様にはさじ加減を大事にするように申し上げておりますよ?」
「精霊が主人の秘めたる力を引き出すとか、そういう事かしら」
「いや、違う。魔獣は人族を下僕として使役する。おそらく使役して解放しないせいで力が溢れ、この少年が制御できない程の力を注いでしまっているのだろう」
「つまり、チャッキーがエインズの力の根源って事だ。エインズは強くなり過ぎる呪いを掛けられた状態だな」
魔王とジタが魔獣の詳しい説明をはじめ、その特徴を挙げていく。
魔獣は人族を自分に依存させ、自分の身に危機が差し迫ったり、怒りがこみ上げてきたりすると、下僕を使役して身を守る。
ドワーフやサイクロプスとの戦いで見せた、力を制御せず闘志を剥き出しにした様子は、つまりはそういう事だったのだ。
「そんなチャッキーの使役能力が、弱くなる首輪によって低下した。だからエインズの力も弱くなった……。チャッキーから流れる力がある限り、エインズが弱くなっても意味がなかったのね」
「そ、そんな……今までのエインズ様の苦労は、すべてわたくしのせい? わたくしは、魔獣なのですか?」
チャッキーはエインズの枷であったのだと理解して落ち込み、悲しそうにエインズの傍を離れる。
「わたくし、首輪は生涯外しません。もうエインズ様はわたくしという呪いから解放され、普通の生活を送れるのです」
「えっ、そ、そりゃあビックリしてるけど、今更チャッキーと離れるなんて嫌だよ」
さっきまでとは正反対のようなやり取りに、ニーナとジタもどう励ましていいのか悩んでいる。魔王は余計な事を言ったかと眉を下げていた。
表情を変えず、特にこの場を危機とも思っていないのはガルグイだけだった。
「魔獣に使役されている、つまりそれは少年が使役される事を望んだという事です」




