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079 荒ぶる例の猫に首輪を。


「えっ、ちょっと、エインズ?」


「魔族のみんなは俺達の事を知ってる。ニーナも帰りは安全だと思うよ」



 エインズは拳を握りしめたまま、振り向かずに鼻声でニーナへと返事をした。


 騙されていたと知って、悔しさが少しもない訳ではない。けれどニーナが一緒にいてくれた事で助けられたことも多かった。恨むつもりなど毛頭ない。


 けれど自分の秘密を知ったからにはもう一緒にはいられない。


 今までは周囲も本当は強い人ばかりなんだと思い込んでいた為、他人を避けたりはしていなかった。しかし何かの拍子に怪我をさせるのではないか、そう考えるととてもニーナや他の人と一緒に行動できない。



「ちょっと待て、故郷に帰るのか? 帰ってどうするんだ? 帰って何をするんだ?」


「……何もできないよ。俺はみんなのような生活は出来ないんだ。そのうち危ない奴だからって、俺を討伐しにソルジャーがやって来るのかも」


「そんな訳ないじゃない、ねえエインズ、方法を考えましょう?」


「そ、そうだエインズ! 麻痺の腕輪とかも試そうぜ! 麻痺の具合がちょうどいいかもしれねえぞ」


「2つを組み合わせたら予想外の効果が生まれたりして!」



 励まそうとしているのは分かるが、必死に呪わせようとするのは何かがおかしい。死の呪いすら、焦る2人は「ちょっとしか死なないかも」などと言い出す始末。



「そうだわ! 旅をしてすっごく硬い物質を探して、エインズ用の生活用具を作ったり、ね?」


「もう、どうでもいいんだ! いいんだよもう!」



 エインズは元気づけようとするニーナ達へと振り向く。その目からは堪えきれない涙が筋となって流れた。



「硬いって何? 硬いか柔らかいか、違いなんて今まで1度だって分かった事はないよ!」


「……」


「プリンと干し肉の歯ごたえの違いを真剣に教えられた経験ある? 未だに小石とジャガイモ袋の重さの違いが分からない気持ち分かる?」


「それは……」


「扉は開けられない、触れない、食事も作れない、誰ともハグできない。俺がまともに触れるのはチャッキーだけ、それが一生続く気持ち分かる?」


「エインズ……。でも、あんたがどうでもいいって言っても、私はよくない! 絶対に何か手段を考える!」


「もういいんだってば! ニーナの分からず屋! いぃィーだ!」



 怒り方が幼過ぎる事はさておき、エインズは小手を脱ぎ捨て、袖で涙を拭きながら背を向けて歩き始める。


 魔王でさえもこの状況でエインズに掛ける言葉が見当たらない。他に心当たりがあると嘘をついても、時間稼ぎにしかならない。


 チャッキーもエインズを追うべきか方法を探すべきかを迷い、その場でくるくると回っている。エインズがどんどん遠ざかっていく中、チャッキーは何を思ったのか、鑑定が終わった呪いの道具の傍へと駆け寄った。



「エインズ様! わたくしの一生のお願いでございます。お役に立てなかったこのチャッキーの身を犠牲にしてでも、エインズ様に合う呪いを検証いたします! ですからもうしばらく望みを捨てるのを待って下さいませんか!」



 そう言うとチャッキーは、どれが何の効果を持っているのかも確かめずに、手当たり次第に呪具を触っていく。



「ああああいかん! その指輪は駄目だ! ああその腕輪は周囲の者が死ぬ! おいそれは毒が噴出されるぞ!」



 魔王が慌てて止めに入り、あからさまに危険なものを避け始める。ジタもガルグイも急いでチャッキーを捕まえようと立ちはだかった。



「ニーナ! 捕まえろ!」


「チャッキー、ちょっとチャッキー! 何荒ぶってんのよ! やめて!」


「止めないで下さい! わたくしはエインズ様のために出来る事なら何でもやる所存です!」


「止めるわよ、そりゃ止めるわよ!」



 周囲の者が死ぬ、毒が立ち込めて死ぬ、全員が災厄に見舞われて死ぬ……とばっちりでそんな呪いを受けたくはない。ニーナはアイテムの散らばった床にダイブしようとするチャッキーを寸前で捕まえた。



「ああああもう! 暴れないでチャッキー! ジタさん! さっきの弱らせる首輪を早く! チャッキーが暴れて手当たり次第に呪いを発動させたら全員死ぬわ!」



 背に腹は代えられない。チャッキーにどれ程の効果があるのかは分からないが、ジタは先程エインズに対して効果がなかった首輪を、嫌がるチャッキーに無理矢理着けさせた。


 その様子を見て、顔色を真っ青にしたエインズが慌てて駆け寄ってくる。



「駄目だ! チャッキーに何をするんだ!」



 エインズは思わずチャッキーを押さえつけていたニーナと、無理矢理首輪をはめたジタを突き飛ばした。



「チャッキー、チャッキー! 今取ってあげるから!」



 力なくその場にうずくまっているチャッキーの首元を確認し、エインズは長い毛に隠れた赤い首輪に指を掛ける。すると、チャッキーはおもむろに後ずさりを始めた。



「……チャッキー? 何をしてるの?」


「何かに首が挟まったような感じがします、なので抜け出そうと思いまして」



 まるで服の袖に顔を突っ込み、抜けなくなってどこまでも服を引きずりつつ下がっていく家猫のようだ。チャッキーは姿勢を低くして淡々とした表情で「ほふく後進」を続ける。


 後ろに下がれば首の輪っかから抜け出せる、そう考えているのだろう。



「チャッキー、落ち着いて! 俺が悪かった、ちゃんと方法を考えるから! 早くしないとチャッキーが呪われちゃう!」



 そう言いながらチャッキーを捕まえ、その首輪を外そうとするエインズ。だが、その首輪は金具を外そうとしても、どんなに引き千切ろうとしても外れない。



「ど、どどどどどどうしよう、どうしよう!」



 焦りからか頭を抱えるエインズ。そのすぐ近くでは、突き飛ばされたニーナとジタが打ったひじや背中を庇いながら立ち上がる。



「あ痛たた……いくらチャッキーが心配だからって、突き飛ばすことないじゃない! あんたが本気出したら私たち呪いなんかなくても死んでしまうわ……よね?」


「あれ、何で俺達なんともないんだ? おい……」


「チャッキーが、チャッキーの首輪が外れない、外れない……! はずでないい……!」



 ニーナとジタは奇跡的に無事だったようだ。いくらチャッキーの為でも一歩間違えば死人が出るところだった。文句の1つも言いたくなるのは当然だ。


 だが、エインズが大泣きしながらチャッキーの首輪を外そうとしているのを見て、ニーナもジタもひとまず苦情と躊躇いを飲み込む。そして咄嗟にはめてしまったチャッキーの首輪を覗き込んで確認した。



「うう、首の毛が逆立ってとても気持ちが悪いのです。首輪とはたいへん忌まわしいものですね」


「そりゃ呪い……なんでもないわ」



 呪いの首輪をはめておきながら、忌まわしいも何もないのだが、そんな感想を呟ける状況にはない。



「エインズ、さっきは自分で首輪を腕から外したじゃない」


「でも外れないんだ! 金具がぁぁ……はずでないいぃ……」



 エインズは泣きながらも、渾身の力で首輪を引き千切ろうとしているように見えた。こんなにも全力を出しているエインズの姿を、ニーナ達は見た事がない。



「……ねえ。もしかして」


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