078 真実と現実と例の少年。
エインズが、もしも自分だけ馬鹿力を持って生まれたのだと知ってしまったら。悲しみに浸っている状態で真実を知ってしまったら。
大砲で撃たれても大丈夫なのではないかと思われるエインズが、自暴自棄になって悪堕ちしてしまったら。
「お、俺がやろう」
「ジタさん、駄目ですよ素手じゃ!」
「エインズはな、孤独感っつうもんがあるんだよ。どうして自分だけ、どうして周りはって」
「魔族はな、人族が思ってるような極悪非道な存在じゃない。腕輪が無いと嘘をついている訳でもない。俺はお前らを気に入ったんだ、せめて心くらい助けてやりたいじゃねえか」
そう言うと、ジタは二ーナから小瓶を受け取り、右手で小瓶を握る。割れたなら手の平は傷だらけになるだろう。けれどエインズはそんな事は全く考えていない。周囲の者も強いと信じているのだから。
「わ、私もやる。回復薬を飲み干すからちょっと待って」
ジタに続いてニーナも覚悟を決める。傷ならばあとでどうにでもなる。回復薬をのんで治らなければ魔法使いへと依頼し、治癒術でも掛けて貰えばいい。
その覚悟を見せつけられ、エインズの精霊であるチャッキーが何も思わないはずはない。分厚いガラスの小瓶をたとえ割ることが出来ても、2人が怪我をすることは分かっている。
チャッキーは1つため息をつき、2人の行動を止めた。
「お二人ともお止め下さい。その覚悟、エインズ様の精霊であるわたくしが引き受けます」
「チャッキーが小瓶を割るの?」
「いいえ、そうではありません。わたくしは……今までエインズ様を信じ切れていなかったのかもしれません。エインズ様が悲しんだらどうしようか、自暴自棄にならないかと」
「チャッキー……?」
落ち着き、何かを決意したチャッキーの言葉に、エインズも思わず声を掛ける。そんなエインズに、チャッキーは親愛の気持ちからかそっとすり寄り、それから少し距離を取った。
「チャッキー、あなたまさか、本当に……」
「やっぱりお前」
チャッキーは大きな目を瞑り、そして薄目を開けると床を見つめながら口を開く。
「エインズ様。わたくしは今までエインズ様に嘘をついておりました。エインズ様のためを思っての事ではございましたが、わたくしは覚悟が出来ずにおりました」
「チャッキー……嘘って、なんのこと? 嘘って……」
「エインズ様。制御できないその力……それは」
魔王とジタはやはりそうかと腕組みをする。ニーナは嘘が下手なチャッキーが自身の事を隠し通せていた事に驚きつつ、チャッキーの告白を見守った。
「……その力は……他の人族や魔族の皆様には備わっていないのです」
「あっ、そっちの秘密の方!?」
「いや、いやいやいや! お、お前が魔獣だって事じゃねえのか」
ニーナ達は全員肩透かしを食らい、思わずツッコミを入れてしまう。チャッキーは胡散臭そうにジタを睨み、首をひねった。
「魔獣? 何度も申し上げましたが、わたくしは忠実なるエインズ様の精霊です。エインズ様、ジタ様もニーナ様も、お父様やお母さまだって、本当は力を抑えてなどいらっしゃいません」
「えー……それ言っちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫って、どういう事? 力を抑えていないって、どういう事!?」
魔獣である事を全否定するチャッキーに対し、脱力するニーナたち。しかしエインズの反応は違った。エインズは言われた事の意味が分からず、不安そうに皆の顔を見上げている。
力を抑えていないのなら、何故ジタやニーナは物を壊さずに持っていられるのか。
エインズがそう思う気持ちはチャッキーも察していた。エインズが取り乱さないよう、言葉をゆっくりと続ける。
「力が強いのはエインズ様だけなのです。それを知ってしまえばエインズ様が自暴自棄になってしまうのではないか、その力を悪用するような子になって欲しくない、その一心で皆さまは今まで嘘をついていたのです」
「本当の力を、隠している訳じゃないってこと? 俺だけが変だってこと? みんな俺の事を……」
エインズには衝撃が大き過ぎたのか、その場に座り込んだまま、放心状態で暗い天井を見上げる。
「そうか、だから大事な試験なのに、みんな木人をちゃんと攻撃してなかったんだ。だから他所の家の親は赤ん坊を抱いていても甲冑を着てなかったんだ」
「ご、ごめんなさいエインズ。でも、黙っていた方がいいと思って」
「そうだぜ、エインズが思いつめないように、みんなエインズを大事に思っていたから嘘をついていたんだ」
皆でエインズを宥めるも、エインズの心はここにあらずだ。チャッキーの呼びかけにすらうわの空で、その目は少しも動かない。
人族の少年に魔族の秘密をバラした挙句、何の成果もないまま帰らせる……よりによってソルジャーに。
失意の底にいるエインズが、このまま死なば諸共と秘密を言いふらし回る可能性だってある。そうなれば魔族を恐れず魔族が滅び、そして人族も恐れを吸い取る存在がいなくなって滅びる。
だが、エインズを何とかしようと魔族が束になって襲い掛かっても、勝てる保証はない。
何とかして思いとどまらせる必要がある。魔王は考えた末、自分も1つ、真実を打ち明けようと言ってエインズの目の前に立った。
「お前たちに打ち明けておく。何故この自治区に魔族の真実を知る人族が住んでいるのか、不思議に思ったことは無いか」
「えっ、まあ、それはこの地が故郷だからと」
「違う。いや、違うと言うと語弊があるな。正しく言えば彼らのルーツは皆、魔王討伐にやって来た者たちだ。その子孫がこの自治区の各地に点在する村の住民だ」
「えっ!? じゃ、じゃあ魔王討伐から帰って来た者はいなかったって……私たちが勝手に殺されたと思っていただけ!?」
「そうだ。我ら魔族に敵わなかった者も、我らより強かった者にも、真実を伝えた。討伐する理由が無くなった彼らは存在意義を失った。そこで我らの方から世界を巻き込んだ茶番のため、協力を乞うたのだ」
ニーナは驚きで立ち上がり、エインズは開けっぱなしだった口を閉じる。反応は悪いがどうやら聞いてはいるようだ。
「少年よ、故郷に帰らずこの地で暮らしてみてはどうだ。力が強すぎて困るのであれば、他人を傷つける事を恐れるのであれば、人族が少ないこの地で生きていく事を勧める」
外に秘密を洩らさないようにという魂胆ではあるが、エインズにとってはそれがいいようにも思えた。
「わたくしも賛成です、エインズ様。エインズ様とわたくしとで、何か方法を見つけましょう。新しい効果を持った呪具を開発するのも宜しいかと」
「私、秘密は守るわ。エインズのご両親には、私から力と向き合って生きていく事を伝えてもいい」
チャッキーやニーナが優しくエインズへと声を掛ける。エインズはそれに応える気があるのかは分からないが、ゆっくりと立ち上がった。
「……俺、帰る。普通でいるのは諦めた。もういいんだ」




