068 土産物と例の猫を切り札にして。
「あ、あの! わたしたちジタさんの友人なんです! ジタさんはバターサンドが大好きだし、魔王様にもお土産で持っていこうかなって」
「ほう、ジタ様の好物を知っていると。我々と人族の秘密の協定も知っているようだね」
「はい。俺達、手前の村までジタさんと一緒で、そこから魔王軍の方と一緒に来たんです」
ヘルはエインズたちをじっと睨んで品定めする。何が決めてかは分からないが、不気味に笑顔を浮かべて警戒を解く。
「嘘じゃないようだね。ジタ様の知り合い、それにバターサンドを買いに来たとなりゃあ、あんたらツイてるよ。ここは魔王家御用達の有名店だからね」
そう告げるヘルは、正常な手にトングを持ち、ショーケースの上の段をトントンと叩く。もう衛生面だとかそんな話が通用しそうにないのは諦め、2人はその場所へと視線を向ける。
そこには自分たちの知らない色のバターサンドが置いてあった。
「黄緑色のクッキーに、茶色いバターが挟んである……」
よくよく見れば、ショケース内には黒い炭にしか見えない何らかの塊、白いクリームにドス黒いソースがかかったケーキなどが並んでいる。
虫が丁寧にまぶしてあるクッキーまであり、魔族の食生活は人族と重ならない部分もあるようだ。
「魔貨で支払いかい? それとも人貨かい?」
「あっ……えっと、人族のお金しか持ってないんです」
「そりゃあいい。人族の通貨は貴重だからね。さあバターサンドは幾つだい? 味見したいならサービスするよ」
味見と言われても、今までに見た事のない色の食べ物を口に入れる勇気はない。チャッキーもヘルが差し出した1つを嗅いで中身が分からない様子だ。
「あの、失礼ですが原料は何でしょうか」
「そりゃあ小麦、卵、砂糖、生乳さ」
「えっと……まったくそれを感じさせない色してるんですけど」
「その辺で小麦を刈ってきて、すりつぶして、水と砂糖と卵と混ぜ合わせ、生乳と卵と砂糖を混ぜて中に塗り込む。そして焼く」
「なんか順番がおかしいけど……小麦は多分茎ごと全部すり潰しているのかしら。でもクリームの色がどうみても普通の色してないわね」
卵と砂糖と生乳で、なぜ茶色になるのか。黒砂糖とも思えない色に、ニーナは首をかしげる。
「あの、何の卵と生乳なんでしょう?」
「そりゃあ季節によるさ。魔物か鳥の卵を見つけて、そして発情したメスの魔物を捕まえて乳を搾りあげる」
「あー……こだわりは無いのね。えっと、その種類は」
「卵ならなんでも卵、乳が出りゃあ何でも搾ればいいだろう。ジタ様も魔王様も、このバターサンドが大好きでね」
あまりにおおざっぱ過ぎる。おそらく今日の商品につかった卵は何の卵なのか、訊ねても答えられないだろう。
魔族には栽培や牧場のようなものは存在しない。自然にあるものをそのまま使うだけだ。エインズもニーナも味見は笑顔でお断りし、バターサンドを30個買った。
「あんたら、今から持っていくのかい?」
「えっ、いえ、夜分にお邪魔すると失礼でしょうから明日の午前中にでも」
「はっはっは! そりゃ人族の言い分さね。魔族にとっては夜があんたらの言う昼みたいなもんさ。別に太陽の出ている時間に行動するのも苦ではないけどね。朝から行ったところで相手にはしてくれんよ」
「へえ……」
「町を見てごらん、今から開く店がほとんどさ。夜しか動けない魔族も多いからね、あんたらも人族のお偉いさんのように昼間ばっかり狙って会いに行かないこった」
「分かりました、有難うございます」
ジタがエインズたちに合わせていたせいか、2人と1匹はそのような昼夜逆転を知らなかった。村で見かけた魔族たちも、人族を驚かすツアーで来ていたために、昼間の散策を楽しんでいたにすぎない。
2人と1匹は丁寧にお辞儀をして店を後にし、再び魔王城の門へと向かった。
「魔族って、俺たちの考えているよりも大半は全然悪い奴じゃなくて、それで色々とおかしいんだね」
「そうね。人族よりも普通に暮らすには緩いのかも。食べ物は口に合いそうにないけど、友達になれそう」
「エインズ様もニーナ様も、きっと仲良く出来ると思いますよ。見た目という器が変わっていても、心は変わらないのです」
「チャッキー、良いこと言うね。魔王にちゃんと事情を話して、ジタさんにも会わせてもらおう」
3人は門の前に立ち、衛兵と思われる魔族に声を掛けた。石像の横にはデュラハン、もう片方にはケンタウロス。きっと村で見かけていなかったなら声など掛けられなかっただろう。
「あの……すみません」
「……なんだ、お前たち。人族が入り込んだと噂になっておるぞ」
「えっと、ごめんください。あの、魔王様とジタさんに会いに来たんです。魔王様いますか?」
「人族の使いか? いや……ジタ様に会いに来たと言ったな。確かジタ様を洗脳して魔王様を討とうとしているソルジャーがいるという噂だが」
エインズが声を掛けたのはデュラハンの方だった。片手に持たれた頭……もしくはただの甲冑の兜から声が聞こえ、首のない馬がこちらへと顔を向けた気配がする。
「ジタさんを洗脳!? そんな事をいったい誰が」
「私たちがそうじゃないかと疑われてんのよ。あの、違うんです! 私たち事情を話に来たんです! その、これはお土産なんですが……」
そう言ってニーナはさっき買ったばかりのバターサンドを見せる。
「バターサンド! なるほど、魔王様とジタ様の好物は心得ていると。しかし……」
デュラハンの表情が分からず、エインズたちも強気で出ていいのか、引き下がるべきなのかが分からない。とそこへ、後ろから別の魔族がやって来た。
「ややっ? 魔獣様にその使いの人族たちじゃないですか。まだ魔王様にお会いしていないのですか?」
「えっ、あ、先程のハーフリングさん」
「ああ、ランルンって名前だ、宜しくな。俺が案内してやろう。おそらく城はソルジャーの2人組を警戒しているのだろう? それはこの2人だ」
ランルン、お前もか……と言いたくなるほど、変な名前の魔族にしか出会わないのはなぜだろうか。
ともかく、ハーフリングの言葉に、デュラハンとケンタウロスから殺気のようなものが漏れ出し、ピリピリとした空気になる。だが、ハーフリングはそれを気にもせずに陽気にデュラハンへと話掛ける。
「ジタ様は洗脳されたというのは何かの勘違いだ。それを魔王様にもお伝えしたくてね。それにクニャリンコさんとメヌエムさんが魔王命令に背いた」
「なんだと?」
「それを説明したくてね。『証魔』なら今日帰って来た兵に訊けば幾らでも。それに聞いて驚け、実はな」
ハーフエルフはニヤリと不気味なほど大きな口で笑みを作り、チャッキーへと視線を向けた。
「その猫は、魔獣様なんだ! 人語を操り、人族を操る、我らが崇める魔獣様なのだ!」
チャッキーはビクッとして咄嗟にエインズの肩に飛び乗った。そして急いで顔の毛を前足でなでつけた後、落ち着いたふりをして澄ました表情で前を向く。
「いえ、違いますが」




