066 例の魔王様まで勘違い。
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「どうだい? あれが魔族の住む町、奥に見えるのが魔王城だ」
「みんな、魔獣が人族を従えてやって来たと知れば大喜びするぞ」
人族の村からは歩いてわずか1日の距離。森がわざとらしい程に深くなり、周囲の山々がわざとらしい程に険しく黒く映る。夜になってたどり着いたのは、魔王城とその城下町だった。
魔族たちはテンション高く駆け出し、夜だけはやたら元気なレイスが物凄い速さで空を飛んでいく。
特に外壁もなくまばらに家が見え始め、町の中には夜だと言うのに……いや、むしろ夜だからこそ魔族が大勢出歩いている。
石のブロックを積み重ね、モルタルで固められた家々は、人族が住む家の様子と変わらない。聞けば、この町は「人族が放棄した町」という設定になっているらしい。
急に現れた人族に、町の魔族たちは一瞬驚いたような目をするが、事情が分かるととてもフレンドリーだ。
「なんだか人族の町と変わらないわね」
「人族の町には『ねえ、どうだい、こんな感じで現れたら怖いかい?』なんて言って来る人はいないよ」
「怖さを競い合うように見せに来るのやめて欲しいわ……実際怖いし」
「敵じゃない人族の登場が嬉しいんですよ。さあ魔王城はあちらです」
とうとうやってきた魔王城……と言っても旅立って数か月。ソルジャーになってから魔王城に乗り込むまでの最短記録を更新しようとしている2人は、数名の魔族に案内されつつ、もう間もなく城の敷地内に入ろうとしていた。
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「なんとかしてジタの洗脳を解かなければ。人族に与してソルジャーを城に差し向けるとは」
「あんなにも不気味で愛らしいジタ様が、今ではすっかり人族のようになって……」
エインズたちが魔王城に着くよりも半日ほど前。
魔王の自室には、ソファーに座ってピンク色のクッションを腕に抱き、ちっとも可愛らしくない風貌でいじける魔王の姿があった。側近のガルグイも落ち込んでいるようだ。
「プレゼントも要らない、大好物も要らない、あの人族2人を助けに行かせろとばかり」
「サイクロプスのクニャリンコと、ミノタウロスのメヌエムが向かったんだ、ぬかりはない筈だが」
あのサイクロプス、クニャリンコなんて名前だったのか……と驚くのはさておき、一方の連れ帰られたジタは自室ではなく、格子と監視付きの独房のような部屋に入れられていた。
魔王はジタが洗脳されていると思い込んでいた。
大切な息子とはいえ、反逆者となっては庇ってもやれなくなる。何よりも自分に刃を向けるような行為はジタの本心ではないと思いたかった。
まあ、それ自体が勘違いなのだが。
「ジタは怒って俺と目も合わせてくれん。解術も分からん、洗脳が時と共に弱まるのかも分からん。どうしたらいいのだ……おのれ許すまじソルジャーエインズ!」
魔王は鋭い爪を備えた拳を握り、憎しみに満ちた顔でエインズたちが来る方角を見つめる。そこへふいに廊下から慌てる何者かの声が聞こえ、次の瞬間にはノックも無いまま魔王の自室の扉が開かれた。
「魔王様! 魔王様、大変です!」
「魔王様のお部屋だぞ! ノックをしないとは不敬な!」
「し、失礼しました! 魔王様、ガルグイ様! 大変でございます!」
慌てて入ってきたのは鳥型の魔族ストリクス。人族と変わらぬほどの大きさ、見た目は黒っぽいフクロウ。ぎょろりとした目がなんとも不気味で恐ろしい。
不気味ついでに、趣味は動物や魔物の死肉漁りだというが、この際それはどうでもいい。
「何だ、何かあったのか」
「貴様、ジタの救出後、ソルジャーを討つために残ったのではなかったか」
「は、はい! その、例のソルジャーの討伐に向かった魔王軍は……残念ながら壊滅でございます」
「壊滅?」
「村人を人質に取る前に、向こうがジタ様を人質にして脅してきましたが、ジタ様を取り戻した後で奴らの仲間を攫ったところ、追いかけられ……」
魔王はストリクスを睨み、そんな筈はないと呟く。ピンク色のクッションを膝の上に置くと、話の続きを促す。
「天にも昇りそうな火柱によってクニャリンコは倒され、大洪水を起こされ戦っていた仲間は全員やられました……。メヌエム殿が残りましたが、おそらくは」
「人族が気をつけろと警告してきたのは、この俺を侮る発言ではなかったということか」
魔王は少し考えるような素振りをし、戦いの詳細を訊ねた。攻撃を仕掛けようとし、間一髪で火柱を避けたストリクスは、飛び上がった後に現れた大洪水を免れ、そのまま逃げかえって来たのだ。
よって、その後残った魔族とエインズ達が意気投合した事も、メヌエムが魔王を裏切るような発言をした事も知らない。
「それで、今そのソルジャー2人組はどうしている」
「おそらくはこちらに向かっていると思われます」
「クニャリンコとメヌエムが敵わないとなれば、他の誰を差し向けても結果は同じ……」
「魔王様、どうかお逃げ下さい。ジタ様の事はお任せ下されば」
「逃げる事は出来ん、それこそ俺が魔族からの信頼と忠誠を失う。まったく人族の奴らめ、足止めに全力を尽くしただと? 僅か数か月で城まで来られたではないか」
魔王は自らが戦うしかないとため息をつく。
「マッホイ、お前は城に残った軍に厳戒態勢だと告げろ。ガルグイは城内の演出の最終確認に行け!」
マッホイと呼ばれたのはストリクス。どうにも不気味さに欠ける名前だが、やはりこの際それはどうでもいい。
「お言葉ですが魔王様、城下町の者に知らせなくても良いのですか?」
「人族の村では魔族を殺さなかったと聞いている。野蛮なソルジャーなりに、最低限の礼儀は備えているようだ。向こうから手を出さない限り、問答無用で殺しにかかることはないだろう」
「では、このまま黙っておくという事ですね」
「奴らがどこまで情報を入手しているか分からん。既にこの町の調べもついている可能性はある。ジタから色々聞きだしているだろうから、その様子と異なれば我々の警戒にも気づかれる」
そのような鋭い洞察力を全く持ち合わせていないだけでなく、魔族に城へと連れてきて貰うエインズたち。
こうして魔王がどう深読みした所で意味がないと気づくのは、一体いつになるのだろうか。
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「ジタ様、ジタ様!」
魔王たちの会話の数時間後、ジタは魔王に再度説明をするも分かってもらえず、不貞腐れていた。切り石で覆われた壁や床、温かみの無い粗末なベッド、それらが一層ジタを不機嫌にしている。
そこへ、1体の幽霊……もといレイスが現れ、格子をすり抜けて中へと入って来た。
「ジタ様、お話がございます」




