065 例の勘違いコンビの勘違い。
「どうやらチャッキーが私たちに隠してるって訳じゃなさそうね。ジタさんも何も言わなかったし。ハーフリングさん、チャッキーは精霊なんです。魔獣じゃないの」
「いやいや、魔獣ですよ。先程の戦いで見事に人族を使役なさったじゃないですか! 偽り続けるとは魔獣さんも『魔が悪い』ですなあ」
「チャッキーは魔獣なの? それとも精霊?」
チャッキーは確信を持って魔獣だと言われると、果たして自分は何なのかが分からなくなってくる。今まで精霊だと自身でも思って生きてきたし、エインズの精霊である事に喜びを感じてもいた。
それがもし実は違った、エインズを使役する魔獣だったとなれば、チャッキーのアイデンティティーは崩壊だ。
「わ、わたくしは……精霊じゃないのでしょうか」
「俺、チャッキーが精霊じゃない可能性なんて考えた事もなかった」
「あ、あー……チャッキーはチャッキーよ、それは変わらないわ! そうでしょ? エインズもチャッキーもずっとこれからも一緒にいたいんでしょ? じゃあそれでいいじゃない」
自分の馬鹿力が特別だという自覚がないエインズと、自分が精霊だと思い込んでいたチャッキー。なんとも似たもの同士というか、揃いも揃ってと言うべきか。
ただ、チャッキーは魔獣であると言われた事で、エインズとの関係が崩れる事を恐れてしょんぼりしている。それを見る限りではチャッキーは嘘をついているつもりはなく、むしろ魔獣である可能性にショックを受けているようだ。
ニーナはそれを理解し、同じように落ち込んでいるエインズにもフォローを入れた。
「おっと……ひょっとして、俺は余計な事を言ってしまったのかな」
ハーフリングも、チャッキーが本当に自分を魔獣だと思っていなかったと気付く。エインズを慕うのは演技ではなかったと分かると、木靴を脱いで「おっと靴が脱げた!」とわざとらしく立ち止まり、姿をくらました。
「チャッキー、大丈夫? 俺チャッキーがいないと生きていけないよ、一緒にいてくれるよね?」
エインズの悲願である「弱くなりたい」がもう目の前にあるというのに、それよりも目の前にいるチャッキーの方が大事らしい。このまま歩き続け、魔王城に着いてしまえば腕輪を貰う事になる。
そうするとエインズは普通の生活を手に入れ、ソルジャーである必要もなくなる。チャッキーは当然のように、引き続き喋る精霊猫として傍に置いてもらえるつもりだったが、魔獣と分かれば村では警戒されるだろう。
「魔王の腕輪をいただいた後は、エインズ様は何でもお1人で出来るようになるのですよ。わたくしなんて、きっとお役に立つことはないでしょう。それに弱さを手に入れたエインズ様が、いつわたくしに操られてしまうか……」
「いいよ。ずっと撫で続けろとか、ツナ缶を寄越せとか、何でも言ってくれたらいいんだ!」
「そのような無理難題、み、魅力的ですがエインズ様にさせるはずがありません! しかしながら、いつかわたくしはそのように命じてしまうのでしょうか。わたくしがこんなにもお慕いするエインズ様に」
チャッキーにとって、今まではエインズが全てで、これからもエインズが全て。精霊という身分を失い、更にエインズの力にもなれなければ、存在意義を見失ってしまう。
エインズが腕輪を手に入れられなかったら、今まで通りエインズが自分を頼ってくれるのにとさえ考えてしまう。そんな自身の浅ましい心にも落胆していた。
「俺、腕輪貰いに行くのやめようかな……」
「えっ!?」
「だって、チャッキーが可哀想になってきたんだもん」
「わたくしの為に夢を諦めるなんていけません! そのような事をされたなら、わたくしは罪悪感で肉球がカサカサになってしまいます!」
「その時はハンドクリームを塗ってあげるよ」
「エインズ様……そのお優しい心に甘えたくなるわたくしの、なんと愚かなことか」
勝手に悲運の物語風な会話が始まり、もうチャッキーと一緒にいるにはそれしかないとでも思っているようだ。その波に乗り遅れたニーナは呆れたと言う代わりにため息をつき、そのやり取りを中断させた。
「ねえ、歩きながらでいいから聞いて。そもそも何でチャッキーは自分を精霊だと思っていたの?」
「えっ、それはわたくしの意識がハッキリした時、生まれたばかりのエインズ様のベッドにいたからです。わたくしを見て、エインズ様のご両親や村の方々は精霊だと」
「って事は、言われるまで精霊だという認識はなかったのね。じゃあ精霊がどんな存在かを知ったのはいつ?」
「精霊についての本を読んでいただきました。わたくしはそれを受け入れたのです。自分の存在意義が確立され、体が中から震えたのを覚えております」
ニーナは、チャッキーが自分で自分を精霊だと思い込んでいるだけのような気がしていた。自分にエインズを操るような気が無いだけで、ドワーフ、ミノタウロス、計2体を倒したエインズは、チャッキーが無意識のうちに操っていたのかもしれない。
ただ、それをここで言ってしまうとまた焦点が合っていない悲しみの劇が始まってしまう。
「精霊、魔獣、それをどうにかして判定する手段を探さなくちゃいけないわね。まだチャッキーは精霊なのか、魔獣なのか、長生きで喋るただの猫なのか分からないわ。とりあえずは魔王城まで急ぎましょう」
「……わたくしもそれに賛成です。エインズ様が幼い頃よりずっと悩んできた事が解決するのですから」
勘違いに勘違いを重ね過ぎて、そもそもエインズとチャッキーの関係すら勘違いだった可能性も出てきた。あと1つや2つ、衝撃的な勘違いが明らかになったところで、きっともうニーナは驚かないだろう。
「そうだよね、もしもチャッキーが魔獣なら、元々魔獣だったってことだよね。それでも俺たちは一緒にいられたんだ。これからハイ魔獣! って変わる訳じゃないんだ」
「チャッキーだって、エインズを傷つけられたくなくて一緒に戦ったようなものよ。気にしちゃだめ。チャッキーもよ? いいわね?」
「そうですね。自分が何者かに捉われ過ぎて、わたくしの意思やこれまでの行いを忘れる所でした。わたくしは精霊チャッキー。これからもわたくしはエインズ様のためにあるのです」
「怪力くんに魔獣猫。仲良しでいるにはお似合いよ」
暗い森を歩くこと数時間。気持ちが浮上していくとともに夜が明ける。清々しい朝日が差し込む森の中、これから1日が始まろうという所で、魔族が皆を洞窟に案内する。
陽も昇った事だし、ひと眠りするかという提案に盛大にずっこけた2人と1匹は、数時間後、陽の光に弱い者を残して再び魔王城へと歩き始めた。




