062 例の魔族が空気を読まない。
少年が放つ、今まで見たこともない(威力の)魔法、それに動けば少女に撃たれるという恐怖。あまりチャキーを恐れる素振りは見られないが、魔族の間にはどうやっても勝てないという空気が漂い始める。
「わ、分かった、参った! もうお前らは襲わない!」
「他の人は襲うんですか」
「俺からは襲わない! そっちが俺たちを襲う気が無いのなら、こっちの話も聞いてくれ!」
ニーナが対峙している方にいた魔族達は、戦意がない事を表す為、両手を上げられる者は手を、その他の者は座るなどしてエインズ達の返事を待つ。
戦意がない……少なくともこの場においてはそう見える者に、追い討ちをかけるつもりは最初からなかった。そもそも襲われていないのだから、正当防衛はおろか過剰防衛ですらない。
それに甘いかもしれないが、エインズとニーナにとって、もう魔族は悪者だからと言って、斬っていい存在ではなくなっていた。
「分かりました。俺たちも、ジタさんと仲良しだってことをきちんと説明したかったんです」
「仲良しと言われても、さっきは脅していたようだが……」
「そういう作戦だったんです。だって手出しされない状況を作らないと、今みたいに強硬手段を取ったでしょ?」
「それは、まあ……そうだが」
距離はあるが、互いに話し合いが出来そうな雰囲気になり、エインズもニーナもホッと一息ついた。
サイクロプスをはじめ、エインズ達に問答無用で襲い掛かってきた魔族達は業火に焼かれた。果たしてそれしか手段が無かったのかと考えるお人好しな3人は、ざまあみろという感情よりは、ガッカリしていると言った方がいい。
ソルジャーを襲うこと自体は魔族として咎められるものではない。ジタの思いに反すると言っても、魔質作戦で誤解させたのもエインズたちだ。
結果的にサイクロプス達は、それが誤解であるか否かなど関係なく襲ってきた。けれどそれは今この場に残っている者たちの総意ではない。ニーナのたった1,2発の威嚇射撃に多くが怯んだように、多くは積極的に争うつもりがなかった。
まあ平たく言えば、ジタさえ戻って来るならエインズやニーナの事はどうでも良かったのだ。
「自分でやっつけておいて今更だけど、ウォーターで流された魔族で、まだ息のあるやつがいるかも」
「トドメを刺しに向かわれるのですか? あまり気乗りしませんが、わたくしも加勢いたしましょう」
「そんな酷い事はしないよ。戦う気がもうないのなら手当てしてあげようと思って」
「まったくエインズは敵にも優しいんだから。まあだからこそ良い人が味方になってくれるんだけどね。私も賛成よ、襲い掛かってきたらまた戦うしかないけど」
「お優しいエインズ様に、悪人や傲慢な取り巻きは必要ありません。それにエインズ様を利用するような輩にとって、エインズ様のこの優しさは意にそぐわないでしょう」
エインズとニーナは自分達が蹴散らした敵を、今度は手当てしようと言い出す。ここまで能天気だとは、降参した魔族にとってもよくもまあこんなお人好しな性格になったものだと、魔族でさえも呆れる程だ。
「私、村まで応急処置に使えそうな薬や包帯を貰いに行ってくるわ! 真っ暗で怖いから一緒に来てくれる魔族さんがいると助かるんですけど」
治療に役立つものを殆ど持ち合わせておらず、ニーナが不安そうに魔族へと視線を向ける。魔族が敵意を隠しているだけという可能性は無くもない。けれどこちらから信用せずに、相手から先に信用しろというのは横暴だと判断したようだ。
そんなニーナの呼びかけに、一瞬魔族たちの身じろぎがピタリと止まった。
「え、な、何? 私は別に闇討ちするとか、そんなつもりは……」
「俺が行こう! さあ村まで行こう!」
「待て待て、俺は容姿が人族型だ。きっとその方があの嬢ちゃんもいいに決まってる!」
「わたしは背中にあの子を乗せられるわ。高い所まで、うんと高い所まで……フフフッ」
数秒の間の後、魔族たちは目を不気味に輝かせ、あるいは光らせて一斉に護衛を名乗り出た。仕方ないから付いていくのではなく、是非ともお供させて下さいと言いたげな面々に、ニーナは不信感を抱く。
「いや、そんなにグイグイ来られると怪しくて躊躇うんですけど」
「ニーナ様は魔族から人気がおありのようですね」
「魔族から見ると、ニーナって美人に見えるのかも」
「エインズ、私の聞き間違いかもしれないけど、『魔族から見ても美人に見える』って言ったのよね?」
「え? あ、うん……」
ニーナは先程、怖いから付いてきて欲しいと頼んだ。
つまりニーナと村まで行く間、歩くだけで新鮮な恐怖を吸い取ることが出来る。だから魔族は我こそと名乗り出ているのだが……。
魔族の間で誰が行くかを決める争いが始まり、どんどん数は絞られていく。2人1組で、互いがそれぞれ爪、牙、角、翼、鱗などのポーズを取り、その完成度なのか法則なのか、それとも他の要因か……その勝敗のルールは全く分からない。
「爪の形!」
「翼の形!」
「はい、ハーピーの勝ち!」
「やったわ!」
「くそ、俺の爪の形もまだまだか」
爪に対して翼が強いなどという訳でもないらしく、更には相手がポーズを出した後でポーズを変える者もいる。詳しいルールを聞きたいが、理解するのは難しそうだ。
そのうち5体の魔族がニーナに近寄り、さあ村までと不気味な笑みを浮かべて歩き出す。苦笑いするニーナがその後を追い、エインズが気を付けてと手を振った時だった。
「エインズ様! 振り向いて剣を構えて下さい!」
「えっ? ……あれは」
「村で魔王軍をまとめていたミノタウロスです!」
チャッキーの声でエインズが振り向くと、遠くから走り寄ってくるミノタウロス、メヌエムの姿が見えた。大きな足で地響きを立てながら、その様子はどうやら降参や、先程の意味不明なポーズ合戦への参加表明ではなさそうだ。
エインズのすぐ手前で止まり、両拳を2度合わせ、ミノタウロスはエインズを挑発する。
「先程の洪水の如き水、天まで上る火柱! なるほど、お前が恐れられる理由が分かったぜ! ここで殺しておけば俺の名も売れる!」
「もう魔王軍の皆さんとの戦いは終わりです! これから怪我した方を皆さんで手当てしに行くところです! あなたも……」
「魔王軍? そんなものどうでもいいわ! 久々に出会った強いソルジャーだ、嬲り殺したくて仕方がねえ!」
「ジタさんや魔王さんの考えに背くんですか? 少なくともジタさんはそんな事望んでません!」




