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044 例の少年、怒る。



 ジタの右ストレートで数メータ程吹き飛んだドワーフは、仰向けに倒れたまま呻いている。それをまるでゴミでも見ているかのように感情の無いジタの表情に、エインズたちは掛ける言葉が見当たらなかった。



「騒ごうとしたから殺した? 不可抗力以外の殺しは厳罰って掟を破って言い訳なんぞクズの戯言だ」



ジタはそう呟き、くるりとエインズたちに向き直った。そして少し悲しそうな顔で頭を下げた。



「あ、あの……ジタさん」



 エインズがジタへと恐る恐る声を掛ける。そのニーナとチャッキーも駆け寄り、何と声を掛けていいのか迷いつつも心配になって少し座りませんかと提案した。チャッキーはジタの手を舐めて癒し作戦に出ているようだ。


 そんな3人と1匹の後ろでは呻きながらドワーフが起き上がり、憎悪を込めた顔でジタへと視線を向けていた。



「くっソ……魔王の子だからト威張りやがっテ……テめえが居なくナれバ喜ぶ連中モいるんダぜ」



 そう言ってドワーフは静かに懐から短剣を取り出した。気落ちしているジタと、見るからに新米のソルジャーくらいなら、一矢報いることが出来ると踏んだのだろう。


 勿論、短剣であっても鍛冶の匠とも言われるドワーフが作った武器で刺されたら、無事では済まない。しかしまだエインズたちはドワーフの行動に気づいていない。



「ジタさん、俺たちが不甲斐ないばかりに……俺たちを守ってくれたんですね」


「……悪い、騙しているつもりはなかった。お前たちが本当の俺たちを知らない事も分かってる。でも、こういう魔族ばかりじゃないんだ! 憎まれたいんじゃない、ただ恐れられたいだけ……」


「死ねェェ!」


「はっ!?」



 ドワーフが駆け出した足音と向けられた敵意、そして声。それらに3人と1匹が気づくと、もうそこには短剣を突き刺す構えで目の前に迫ったドワーフの姿があった。



「危ない!」


「コイツふざけやがって!」


「エインズ!」



 ジタを庇おうとあえてその場を動かなかったエインズ。ドワーフの短剣による突きが風なりのような音を立てて空気を裂き、エインズの防具の背へと垂直に刺さる。



「エインズ! うそっ、どうしよう!」


「お、おいエインズ?」


「エインズ様……エインズ様、しっかりなさって下さい! おのれ、よくもエインズ様を……!」



 新米の貧弱な防具を貫通した短剣は、刀身の半分程までが埋まっていた。いくらエインズが怪力の持ち主と言えど、剣で刺されて無事ではいられない。少なくともニーナとチャッキーはそう思っていた。


 チャッキーはいつものすました顔など何処へやら、歯茎をむき出しにして口を開き、ドワーフを噛み殺さんばかりに威嚇している。



「エインズ……ぬ、抜けないわ! 短剣が抜けない! どうしよう、早くお医者さんに!」



 ジタは庇ってくれたエインズが刺されて放心状態、ニーナはパニックで泣きながら防具の背から短剣を抜こうとしている。



「3人でモ、4人でモ、どうせ変わらねえ。どうせ俺はそいツに処刑される。それなら最後まデ楽しませてもら……ウ」


「え、エインズ? ちょっと、駄目よ動いちゃ……」



 エインズは中腰の体勢から俯いたままゆっくりと立ち上がり、そしてゆっくりとドワーフへと体を向けた。


 防具の下でエインズの背中に埋まっていたはずの刀身が折れ、そして地面に落下して刺さる。エインズには幸い深く刺さっていなかったらしい。



「……許せない、お前みたいな奴は、許さない!」


「エイン……ズ?」



 エインズからは先程ジタが見せた、空気が凍るような恐怖感とはまた違う、燃え盛る業火のような怒りがニーナたちに伝わってくる。


 炎など何処にも見当たらないのに、その場を少しでも動けば焼かれてしまうのではないかとすら思うほどだ。その横では同じようにチャッキーが猛獣のように唸り、時折シャアアと威嚇を続けていた。



「ヒッ!? し、新人ソルジャー……じゃねエのか! なんダこいつ!」



 エインズは動揺するドワーフの鉄製の胸当てを掴むと、全く加減をしないままドワーフを持ち上げた。掴んだ部分がエインズの握力によって紙屑のように曲がり、ドワーフの重い体は紙人形でも摘まみ上げたかのように浮き上がる。



「悪者は退治する! それだけだ! 世の中にはやってはいけない事がある!」


「こ、こいツ! な……」


「許されちゃいけない事があるんだ!」



 エインズはそう怒気を孕んだ声で告げ、そしてドワーフの胸当てを掴んで持ち上げたまま、その体を思いきり地面に叩きつけた。



 ドーンなんて軽い表現では足りない、まるで巨石が降ってきたかと思うような突き刺さる衝突音と、地の底が揺れたような振動が響き渡る。目の前は土煙で覆われ、暗い事とは無関係に視界が奪われていた。



「キャッ!」


「な……何だ、何をした!?」



 一瞬凄まじい風が吹き、土が周囲にまき散らされた。ニーナとジタは、エインズがドワーフを背負い投げした瞬間まではきちんとその目で確認していた。けれどジタはエインズの本当の力を知らない。


 本気でエインズが地面に何かを叩きつけたなら、どんな事になってしまうのかを想像すら出来ていない。



「どうした! 今の衝撃は何だ!」



 衝撃の発生源を立ち上る土煙で特定した町の住民や、魔族を探し回っていたソルジャーが集まって来る。


 土埃が収まり、そこに現れた光景を見て、ジタはいったい自分が今まで何に怒りを感じていたのかすら忘れてしまった。



「お、おいエインズ……?」



 ジタは声を掛けようとしてハッとした。先程自分は確かにエインズに庇って貰った。けれどその前のドワーフとの会話で魔族である事を明かしてもいた。


 この状況でエインズに声を掛け、自分がどう思われているのかを反応で知るのは傷つく。



「大丈夫? エインズ! ……ああ、そうよね、大丈夫よね」



 立ち尽くすエインズと、エインズを中心にして抉れた巨大な穴。それはニーナやジタのいる場所のすぐ手前まで広がっていて、ここが空き地でなかったら周囲にどんな被害が出ていたか分からない。


 その穴の中心には、生きているのか死んでいるのか分からないドワーフが横たわっていた。



「え、エインズ? ドワーフはもう十分よ、後はソルジャー管理所に任せましょう?」



 優しく声を掛けると、エインズはふうっと息を吐き、静かにニーナへと顔を向けた。その顔は酷く落ち込んでいるようで、少なくとも成敗したとしてスカッとしたようではなかった。


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