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030 例の少年、居眠りでやり過ごす。




「な、何って……休憩よ、休憩!」


「こんな所で? さてはソルジャーだな」


「いや、この格好見て分かるでしょ。そういうあなたは何者?」



 色黒というより、どこか灰色にも近い肌色の少年は、ニーナを見下ろす格好のまま、横で寝ているエインズをチラリと見た。強そうとは全く思えない幼げな寝顔、おまけに腹の上にはだらりと伸びた猫が寝ている。


 少年……それはつまり魔王の息子ジタなのだが、彼の知るソルジャーはこんなリラックスした遠足気分の少年少女ではなかった。ゴロツキ同様で人相の悪い悪党のような人物こそソルジャーだと信じていた。



「ソルジャー? ははは! こんな緊張感のねえソルジャーがいてたまるかよ。ペット連れて湖畔で昼寝? 魔物にでも食われちまえ」


「あなたこそ初対面のくせに失礼ね。私達に用事がある訳じゃないんでしょ? さっさと行けば?」


「おめー可愛いのは顔だけか? まあいいや。お前最近やたら強いソルジャーがいるって話、知らないか?」


「ほんと失礼な人ね……で? 例えば?」



 例えばと言われるとジギは返答に困る。具体的に何かを成したという報告が一切上がっていないからだ。



「なんかこう、大地を揺るがし、岩をも砕き、口から火を吐くって噂の奴だよ!」



 大地を揺るがし岩をも砕きと聞いた所でニーナはドキッとした。そのどちらも出来そうな少年なら今横に寝転がっている。ただエインズは火を吐いたりはしない。少なくとも見た事は無い。


 人違いだとホッとしながら、ニーナは首を横に振った。



「魔族じゃあるまいし、口から火を吐くですって? 何かの手品でも見たんじゃないの?」


「……確かに口から火を吐くって聞いたんだけどな。サラマンダーでもねえのにおかしな話とは思ったんだ。心当たりはねえか」


「無いけど、大きな町の方が情報は入り易いでしょ? このすぐ南に町があるし、ソルジャー管理所にでも尋ねたら分かるかもよ」



 ジタはソルジャーの巣窟かよと呟くと、気持ち悪そうにおえーっと口にし、はるか遠くに見える町を見てため息をつく。



「んじゃあ聞いてみるわ、有難うな。あんた名前は」


「名前? ニーナよ、ニーナ・ナナスカ」


「ジタだ。お礼にまた会えたらジュナイダ特別自治区を案内してやってもいいぜ、じゃあな。魔族に気を付けろ、奴らは怖いぞ」


「知ってるわよ魔族が怖い事くらい」



 ニーナが馬鹿にしないでよと鼻で笑う。それを見てジタはムッとする……のかと思いきや、くるっと背を向け、そのまま歩き出した。



(魔族が怖い事くらい知ってる……だってよ! く~っ、やっぱ魔族は恐れられてんじゃねえか! 怖いって面と向かって言われるとこんなにも心地良いもんなのか、そりゃ襲撃ツアーが人気なわけだ)



 ニヤニヤとした笑顔が少し気持ちの悪い……ある意味怖いジタは、強いソルジャーとやらを怖がらせにでも行くかと意気込む。ニーナの横にその目的の少年が居たと気づくのは、どれくらい後になるのだろうか。



「……ちょっとエインズ、まさか本当に寝たんじゃないでしょうね」


「……ふぁぁ、エインズ様、魔族の出る平原で……ん~っ、お昼寝はまずいですよ。エインズさふァ~っ」


「伸びするのかあくびするのか起こすのか、どれか1つにしなさいよねチャッキー」


「これは失礼しましたニーナ様」


「ん……あ~目瞑ったら寝ちゃってた」



 ほんの10分程だが、エインズは本当に寝ていたらしい。緊張感のないエインズに小さく笑いを零すと、ニーナは先程現れた少年の事を伝えた。



「さっき変な人が来たの。顔はかっこよかったんだけど、 なんだか何だか上から目線っていうの? あれ私すっごく苦手!」


「目線が変だったの?」


「いや目線は変じゃないけど。強いソルジャー知らないかって、魔族は怖いから気をつけろだって」


「魔族が怖いなんて、そんな当たり前の事をわざわざ言いに来てくれたのか。変な人じゃなくて優しい人だね」


「え、そう? いやあそれで、その強いソルジャーってのは大地を揺るがし岩をも砕き、口から火を吐くんですって」



 エインズは上半身を起こしながら頭の中で想像した。しかし大地を揺るがす方法が分からずに最初で躓く。岩を砕くのはエインズにとっては誰でも出来る事という認識であり、強さの基準にそもそも含まれていない。



「口から火を吐く人族なんているわけないじゃないか、そんな人見つかりっこないよ」


「私もそう言ったんだけどね。今度会ったらジュナイダ特別自治区を案内してくれるんですって。その時に無事に会えたか聞いてみましょうよ」


「ますます優しい人じゃん! 駄目だよそんな良い人を変な人なんて言っちゃあ。俺も見たいなあ、強いソルジャー」



 エインズの目が輝き、よしっと掛け声をかけると出発するため分厚い手袋で器用にリュックサックを背負う。



「そろそろ行こうか。チャッキー、リュックの用意できましたよ」


「有難うございます。なんだか運んでいただくなんて従僕として情けない話ですが、わたくしこの狭さがたまりません」



 リュックキャットと呼ばれているとは露知らず、チャッキーはエインズの肩飛び乗ると器用にリュックサックへと潜り込み、頭だけを出す。



「さあ、ジュナイダ特別自治区まであと……2週間くらいかな? 頑張って歩こう!」


「国も怠慢よね。橋が落ちた、崖が崩れた、運河が干上がったって、すぐ街道を通行止めにしちゃうんだもん」


「4日前は軍の演習をするから封鎖って言われたよね。終わるまで待っていようとしたら見るのは禁止だなんて」


「まるで私達の旅を邪魔してるみたい。嫌になっちゃうわ」



 邪魔しているみたいではない、しているのだ。


 ガイア国は少しでもエインズ達が魔王城に向かうのと遅らせるため、橋はわざわざ落とし、崖はわざわざ崩し、運河はわざわざ堰き止めた。砲撃演習まで行って北上を諦めさせようともした。


 けれど演習が終わるまで手前でのんびり休憩しようなどと言い出したエインズ達。砲撃演習はちょちょいと形だけやるつもりだったのに、目の前で見学されたならしっかりとやらなければならない。


 意味のない砲撃演習は朝から夕方迄続けられ、終わると同時にエインズ達が足止めを食らっていた商人達と共に悠々と通り過ぎていった。


 その様子を見ていた軍の大尉がどれ程歯痒い思いでいたのか、知る者は殆どいなかっただろう。


着実に魔王城に近付いているエインズ達を、足止めしようとする動きは本格化している。今やそれはガイア国において極秘の国家級重大プロジェクトとなりつつあった。


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