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002 例の少年、ソルジャーを目指す。



* * * * * * * * *


 


「いいこと? どうしても走らなければならない時は歩くように走りなさい」


「分かってるよ」


「物を掴むときは、握っちゃ駄目」


「分かってる」


 ガイア国エメンダ村。


 この村から今日、1人の少年が旅立とうとしていた。


 青空にたなびく雲、村の周囲には風薫る草原が広がっている。旅立ちにはもってこいの天気だ。


 清々しい陽気の中、数百人しかいない村の百人近くが村の入り口にある門に見送りのために集まっている。


 少年の名はエインズ・ガディアック。15歳になったばかりで人懐っこい表情の、田舎者にしては顔もスタイルも小ざっぱりした男の子だ。


 茶色く癖があまりないミディアムヘア、鼻筋が通ってアーモンドのような目に黒い瞳、ほっそりとした輪郭、一見すると優しそうで普通の純朴な少年なのだが……


 どうにも送り出す母親の幼子に言い聞かせるような言葉が気になる。


「他人には出来る限り触らない」


「うん」


「お勉強以外は常に全力の5%で取り組む事」


「分かってるって」


 エインズは幼い頃から少し手のかかる子だった。いや、それは性格的にどうだという訳ではない。落ち着きが無かったとか、そういう訳でもない。そういう面ではいたって普通の子供だった。


 だが、恐ろしく身体能力が高かった。


「ほら! 手に力を入れない!」


 乳児の頃には握力で哺乳瓶を割ってしまうので特注の鋼の容器を用意、おもちゃや日用品も、極力握りつぶせそうなサイズのものはエインズの手が届く範囲に置かなかった。


 彼の握力を測定できる計器は未だに見つからない。


「ちゃんとおもり入りの靴を買うのよ、運動靴は絶対にダメ」


「ソルジャーになるのに運動靴なんて履いてる人いないよ、大丈夫」


 寝返りを覚えついにハイハイを始めると、突進して父親を何度も病院送りにした。そのため両親は子守の際には常に甲冑を着てマウスピースを付けていた。


 掴まり立ちの際には握った部分が粉々になり、テーブルや椅子などは何度も作り直した。


 歩くようになると両親はエインズが出来るだけ体を動かさない遊びに興味を持つようにと、お絵かきや読み聞かせに全力を尽くした。


「ぶつからないように歩くのよ。ちゃんと前を見て」


「大丈夫だよ」


 色鉛筆は握りつぶし、クレヨンは粉砕、本を捲れば破れる。そのうちヨチヨチと駆けるだけで大人は全力疾走しなければ追いつけなくなった。


「物は投げない」


「あれだけ怒られたんだから、もう投げないよ」


 ボールで遊ぶような歳になると、ちょっと投げたこぶし大のボールが150メータ(1メータ=1メートル。単位:m)先の家の窓を直撃。


 8歳の時、試しにと全力で投げたボールは、800m先の森の大木の中に埋まった形で発見された。彼はそれ以来球技を禁止された。


 10歳の時、ジャンプしたはずみで天井を突き破った。彼の垂直跳びは当時既に6m。それ以来、彼は屋内で飛び跳ねる事を禁止された。


 12歳の時には静止状態からの100m走で5秒を叩きだし危険と判断され、少年学校(6歳から14歳まで通う学校)の運動場以外で走る事を禁止された。


「魔王が持っているという、人の力を弱める夢のような腕輪……それさえあれば俺だって普通になれるんだ」


「ほら駄目よ、意気込んだような顔をして。力を入れた拳が何にぶつかるか分からないでしょ。気合なんて入れちゃいけません」


「分かった」


 両親はいたって普通のじゃがいも農家で、何故このような子が生まれたのか全く不明だ。見た目は父親にそっくりで、生まれる時も村の産婆が取り上げた。間違いなくガディアック家の子供だ。


 なにも、エインズはソルジャーになりたいから志願するのではない。自身の身体能力の高さがゆえに、畑の手伝いも満足に出来ないため、かつて魔族が人を弱体化させたという腕輪を手に入れたいのだ。


 エインズはそれを夢のような腕輪だと思っている。周囲の大人はそれを決して「ばーか、そりゃ呪いの腕輪だよ」などとは言わない。まるでこの世で一番価値のある宝物のように信じ込ませてきた。


 目的が変われば見方も変わる。呪いの腕輪もまさか自分で填めたい若者に渇望されるなど、考えた事もなかっただろう。


「チャッキー、エインズの事を任せたぞ」


「ええ、承知しました。エインズ様の事はわたくしがしっかりと指導いたします」


「俺もう子供じゃないんだから、力の加減くらい出来るって」


 エインズの足元には1匹の大きな猫がいた。名はチャッキー、15歳の猫だ。


 別に老猫ではない……もっと言えば実は猫ですらない。毛足が長く白とグレーのメインクーンのような見た目だが、『本猫』いわく特に見た目が何猫だというものはないそうだ。


 この世界では人族が生まれる際、ごく稀に精霊を身近に誕生させる者がいる。魔族と反対の存在だというが、人と同等の知能を持ち、言葉を話せる事以外は基本的に普通の動物と同じで、寿命は無く、主の死と共に消える。


 魔族のように感情を吸収するという訳ではなく、たまたま猫の姿をしていることから普通に虫やネズミ、魚やキャットフードも食べる。


 ただ、忘れてはならないのがチャッキーはエインズの精霊であるという事。


「常にわたくしを抱っこしていれば、何も掴む事が出来ませんから何も壊しません。そうすれば安心です」


「あ、そうだね! 名案だ、チャッキーってば冴えてるよ!」


「お褒めに与り光栄です、エインズ様」


 つまり常識などの感覚はエインズが元になっている。博識でエインズを導くなどという道先案内人ではないのだ。つまり、生活に困る怪力こそないものの、この少年と一匹は所詮エインズが2人いるような知識レベルなのである。


「ソルジャーの試験、本当によく(力を抑えることを)頑張るのよ。もし試験で人を相手にするのなら絶対に攻撃しない事」


「もう、分かってるってば! じゃあ行ってくる」

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