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011 例の少年と面接。p02


 


「失礼します!」



 部屋に入るとそこは、壁と天井が真っ白な狭い部屋だった。


腰の高さほどの机に資料を広げた、女性の若い面接官が椅子に座っている。他に置かれている物がない所を見ると、受験者用の椅子はないらしい。


 奥には入り口と同じ木製の扉が1つあり、そこが出口という事なのだろう。エインズが普段着で猫を連れているという情報は流石にもう伝わっているのか、面接官は特に風貌に驚く様子も見せない。


 そして長い黒髪を掻き上げ、メガネのフレームを触る仕草をした後、事務的に質問を開始した。



「はい、お名前は」


「エインズ・ガディアックです!」


「受験票の内容を確認いたします。エメンダ村出身、15歳、村立学校を出てすぐの受験……その猫は精霊ですね。人族の言葉が分かるそうですが、本当ですか?」


「はい! 本当です!」


「我が主がお世話になります、宜しくお願い申し上げます面接官様」



 チャッキーは丁寧にお辞儀をする。特に難しい質問をされた訳でも無いため、エインズははにかんだような笑顔で元気よく受け答えをし、印象良く見せようと努めているようだ。



「ソルジャーは協会や個人、自治体からの仕事を請け負うものです。腕が立つのは前提条件でしかなく、顧客との信頼関係が最も重要。秘密を喋ってはいけないし、依頼は必ず遂行する。分かりますか」


「勿論です!」


「あなた達は口が堅いですか」


「はい!」


「……じゃあ試します。質問をしますので、答えを言わないようにして下さい。私は訊き出すためにあなたを誘導します」


「分かりました!」



 エインズの自信満々の笑みに、面接官は表情一つ変えず質問事項を読み上げた。



「でははじめに、その猫の名前は何ですか」


「チャッキーは猫じゃないです、精霊です。名前は絶対に教えられません」


「なるほど……えっ?」



 無表情を貫いていた面接官が、ついにその表情を崩した。エインズの顔から資料へと視線を移し、そしてエインズの顔を驚いたように二度見する。


 エインズは自信満々の笑みを崩さない。今自らがチャッキーと口にした事に気付いていないようだ。


 まさか誘導を開始する前に名前を喋るとは思っていなかったのか、面接官は複数個ある質問を慌てて読み飛ばす。



「コホン、それでは精霊にお伺いします。エインズさんの秘密を何か知っていたら教えて下さい」


「そんな事は出来ません。エインズ様はお食事の際、わたくしにツナを内緒で分けてくれる程お優しいのです。そんな心優しいエインズ様を裏切る訳にはいきませんので」


「えっ……と、あの、今えらく流暢に秘密を喋ったのですが……自覚がありませんか?」


「自覚? わたくしは常日頃から、忠実なるエインズ様の精霊として自覚を持っておりますよ」



 まさかの事態に面接官は戸惑いを隠せない。あの手この手で口を割らせようと意気込んできたのに、質問された事に最初からきちんと答えてしまうなどと誰が想像できただろうか。


 面接官はよほど今の受け答えではまずいと思ったのか、資料の束を机に置き、最初の固そうなイメージはどこへやら、心配そうな表情でエインズに諭すように話し始めた。



「あの、いいですか? エインズさん。この部屋に入って来たのはあなたで3人目です。この部屋に通されたのは合格が決まっている人なんです」


「え? じゃあチーム戦はしなくていいんですか?」


「え、チーム戦? な……何を言っているのかよく分かりませんが、面接にチーム戦なんてありません」


「そうなんですか、良かった、各部屋対抗で何かするのかと」



 エインズが一体何を思ってそう言っているのか疑問に思ったものの、それより重要な事を伝えなければならない。面接官は眼鏡を手の平で支える仕草をし、合格と言われて喜んでいるエインズに忠告する。



「あなたは今、私にチャッキーという精霊の名を教えました。チャッキーさんはあなたがコッソリとツナをくれるという秘密を明かしました」


「……えっ、どうして分かったんですか!?」


「あなたが『チャッキーは猫じゃないです、精霊です』と」


「あっ! ほんとだ、しまった!」


「うかつでした、エインズ様の人柄を伝える際についわたくしだけが知る秘密を」



 ようやく自分達のミスに気付いたエインズとチャッキーは、互いの顔を見ながら口に手を当てている。


 面接官は深くため息をつき、少なくても武器防具を持たせてはいけない類の危険人物ではない事を感じ取った。



「どうしよう、秘密喋っちゃったから不合格になっちゃいますか? 依頼内容を喋らないようにとか、そういうのを注意するだけで大丈夫ですか? 次は頑張ります!」


「その、エインズ様はとても素直で良い方なのです。どうしてもエインズ様はソルジャーならなければならない理由があるのです。落とさないでいただけませんか」



 小動物が2匹で懇願するような状況は、むしろ面接官が試されているのではないか。長い髪を眼鏡にかからないように横に流しながら、面接官はくれぐれも注意するようにと忠告した。



「落とすための質問じゃないんですよ。確認とアドバイスだけです。ところで、ソルジャーにならなければならない理由というのは何でしょうか」


「えっと、秘密なので言えません!」


「これはもう試験とは関係ないので、もう秘密にしなくてもいいですよ」


「さっき『答えを言わないようにして下さい。私は訊き出すためにあなたを誘導します』って、だからもう引っかかりません!」



 初回は引っ掛かる以前の問題だったが、記憶力は良いのだろう。そして意外にも慎重なところがあり、同じ失敗をしないようにと早速気をつけている……つもりのようだ。


 エインズが何を目標にしているのかを聞きたかったが、質問の順番を間違えたようだと笑いながら、面接官はそれではお気をつけてと言い、試験を終わらせた。



「くれぐれも用心して下さいね。自分にも、相手にも」


「はい、有難う御座いました! 失礼します!」


「エインズ様、受け答えも大変ご立派でしたよ。わたくしは誇らしく思います」



 黒い丸のハンコを押され、エインズは面接官から受験票を返してもらった。


 精霊が何を誇りに思おうが《《個霊》》の勝手だとして、立派だったかどうかと言われると、ミスがある以上頷けない部分はあった。出来ていたのはハキハキと良い返事をしていたことくらいだ。



「はぁ、あんな純粋そうな良い子を、無骨な荒くれ者が多いソルジャーにしちゃっていいのかな……」



 嬉しそうにニッコリとお辞儀をし、チャッキーにドアノブを回してもらったエインズが面接室を出ていく。


 呟く面接官の声は、部屋の外までは聞こえなかった。


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