邂逅
紛いの黒き森たる異名を冠するこの森が下手をすれば墓場となる。
さまよった挙げ句出口が見つからないという鬼のような森だ。
地主であり管理をしているはずのばっちゃんっも深くは入りたがらないらしい。
風の噂では遺体がそこいらに転がっているなんてものも出回っている。
噂と言い切ればいいがどこか現実めいているようで恐ろしい。
ばっちゃんの話によれば式神はこの森のどこかにいるということ。
一月かかっても全てを捜索しきれないこの森のどこを探せばいいのか。
「勘に頼れ」
俺がもしキレ症の男だったら間違いなく明日の朝刊の一面を飾ったに違いない。
しかし、
あの言葉があながち嘘でもないのかもしれないと先ほどから思い始めたのだ。
というのも奇妙な感覚に陥り始めたからだ。
まるで何かに引っ張られているような、そんな感じを受けている。
俺はただ逆らうことなくその感じに従って足を進めているだけなのだ。
霊力とも魔力とも違うこの感じ。しっくりくる言葉といえば、そう。
魂が引っ張られているような、そんな言葉がしっくりくる。
もちろん今までそんな経験はなかったし、伝え聞いた覚えもない。
ただ本能的に体が覚えているのだ。これは魂が引っ張られているのだと主張するのだ。
人は本能的に知っていることに頓着を感じることはない。
相手はただの式神ではなく、この世を征服することは容易いことに入ってしまうハザードだ。
確信に似た推測がかま首をもたげる。
俺を呼んでいるのだ。
前方を塞ぐように小枝が密生していた。
それを払うと一気に光が差し込んできた。
薄暗いところを歩いてきた俺に直射日光をあてられても反応できりはずがなかった。
あまりの眩しさに目を覆い、光に順応できるまでしばらくの時間を要することになった。
段々と眩しさも薄れ、手で覆わずとも眩しさを感じないようになってきた。
肉眼であたりを確認するとそこは開けた場所になっており、
遠くにはなだらかに続く尾根道が見え、傍にはどこまでも続く草原が広がっていた。
その脇をかためるように二本の清流が流れ、一つの完成された自然が集約されていた。
「遅い」
聞こえた声はよく通る澄んだ声であった。
遠くに見えるあの小さな姿。
小さいながらも、確かにそれが式神だと分かるものだった。
見るもの全てを圧倒するような威圧感がここまで届いているからだ。
遠くにいる分を差し引いても小柄な体型だ。おそらく俺の首ぐらいの身長だろう。
獣神特有の耳があり、柔らかそうな尾が静かに風に揺られていた。
狐の式神か。
式神は元来それぞれの原型を留めるのだが、高位な神は姿を人に近づける。
エルもシンゲンもそうだが、契約を結んだ時点で自らは神ではなく、
契約したその主と対等であらねばならないとの忠義の証でもあるらしいのだ。
「式神、か」
「臆するな。こちらに来やれ」
言葉遣いからかなり古い式神のようだ。
体を纏う着物は白を基調としたものであり、袖口に赤い色がのぞいている。
着物というよりは装束と形容するほうがしっくりくるかもしれない。
漆黒の長い髪は足元まで届こうかという長さであり、
整いすぎた顔立ちは冷徹と称するに些かの躊躇も感じられない。
竦む足を奮い立たせ、一歩一歩と式神に近づいてゆく。
そんな俺の姿を何をするでもなく、式神はじっと俺を見ていた。
間に人一人分ぐらいの間隔をあけ、対峙すると改めて感じる。
これは俺の手におえるような神では、ない。
「久方ぶりだな」
「・・・?」
「そうであろうな。まぁ良い」
「俺を知っているのか?」
「まぁ、の」
「狐の式神、なんだよな」
「あぁ」
「女、か」
「男のほうがよかったか?」
「いや、そういうんじゃなくて」
「こちらの体の方が動きやすいのでな。柔軟性があるほうが好みだ」
そう言うと式神は手を差し出した。
「?」
「お前は覚えていないであろうが、俺はお前を覚えている」
「・・・」
「ここに再会の証を示したいのだ。大きくなったな」
何故か、緊張が薄れた。