導入
思いだせるかぎり、最後にある記憶は他愛のないものだった。
見覚えのある人物と、見覚えのあるバーで雑談をしながら酒を飲む、そんな光景がかろうじて思いだせるが、今のこの状況にどう結び付くのかは甚だ疑問だ。
薄暗い照明、殺風景な内装。
フリーゲームの冒頭でもあるまいし……。
見慣れない一室で目を覚ました俺が最初に考えたのはそんなことだった。
記憶を頼りに憶測はしてはみたが、その上でも疑問は残る。酔いつぶれて、一緒に飲んでいた人物の家に厄介になっている、あるいは病院の類に輸送された、考えられる線といえばそれらが妥当なところだが、この部屋はそのどちらとも考えられない。
記憶にある人物の家はこのような内装ではないし、病室にしては設備の「せ」すら見当たらないほど殺風景だ。どんなに設備が整っていない病院だとしても、せいぜいベッドぐらいはあるだろう。窓とドアが一つずつあるだけの部屋の率直な印象としては、まるで牢屋だ。見知らぬ場所で目をさまし、記憶もおぼつかないとあれば疑問には事欠かない。
おまけに……。
むにゅん。むにゅん。
何かの間違いでなければ、あるいは俺がおかしくなったのでなければこれは……。
女性の胸だ。
それもそこそこのサイズの。
「あー、あー」
声も自分のものとは程遠い。髪も肩に触れる程度には長い。
状況が状況なら心躍っていたシチュエーションかもしれない。目覚めた場所が自宅であったりすれば――とも思ったが、自分(?)の胸を揉む自分の手首の『それ』を見た途端、全身の血の気が失せる。
左手首にあったものは、無数のためらい傷の痕だった。
見たくないとばかりに俺はそれから目を逸らし、同時に今おかれている状況が全然笑えないことだと再認識する。男性器があればわかりやすく反応をしめしていただろう、普段あるものがないのは中々に気持ちが悪い。
「……仕方ねぇ」
声色には似合わない独り言を吐きつつ、俺は部屋にあるドアノブへ手をかけた。




