#81 フォスレスと物見の塔 前編
皆で旅の買い出しから一日と少し。時刻は街中全てが眠りにつく真夜中。
ネムロスは防寒具を着込み懐には石を温めた懐炉を忍ばせ、隣には同じく防寒具をしっかりと着込んだフォスレスが居た。
向かう先は物見の塔の一つ。其の中でも最も高く重要度が高いとされる塔。
此の街へ来る外敵を一早く見識し、遠方との連絡を受け持つ。武具の保管は此処では無いが、他にもいくつか重要な機密を有していると説明は受けた。
連絡時間は決まってはいるが、見張りは交代制。二組が一刻程で順次交代で見張りを務めており、調整して連絡時間は正規兵を配するようにすると。
見張り役は二人で一組。本来ならば新人と教える兵で組むのだが、ラウムが無理を通しフォスレスとネムロスの二人を配してくれた。
見張り役を務める代わりに物見の塔へと昇る事が出来、フォスレスとの約束を果たす事が出来る。
今回は特別処置として、本来務める兵士の二組に組み込まれ三交代制で見張り役をする事となる。
先に兵士二組が物見の塔に立ち、ネムロスが立つのは其の後。一刻程で交代し再度立つのは二刻程経った後。
見張りの兵士が最も役得と感じる其の時間帯に、フォスレスとネムロスが務められるようにしてくれた。
此れは新しく配属された兵士に、辛い事ばかりでは無いと教える為のものでもあると、説明された。
指定された時間、物見の塔に入る為の扉を叩くと、小窓から此方を見据える兵士。
連絡はなされている為、確認すると中へと招き入れられた。
「話は伺っています。ネムロス殿とフォスレス嬢ですね。お待ちしておりました、どうぞ中へ」
「今日は世話をかける。無理を言って申し訳ないがよろしく頼む」
「其の分此方も楽をさせていただきますから、気にしないで下さい」
案内されたのは簡素な部屋。机と椅子、部屋を暖め体が冷えぬようまたは冷えた身体を暖める為の暖炉。
火事にならぬよう総石造りの物見の塔ではあるが、この部屋は暖かい。疑問もあるがまずは挨拶が先。
「まずは此方の無理を聞き届けてくれた事に感謝する。俺はネムロス、此方がフォスレスと申す」
「私はドルスス、彼方に居られるのがグイド、クレメンス、マニウス。今夜はよろしくお願いします」
人当たりの良さそうなドルススと名乗った兵士が今夜の責任者であり、一番の古株であるグイドと共に分からないことが在ればすぐに聞いて欲しいと挨拶と共に注意を受けた。
中堅のクレメンスと新兵のマニウス。以上が今夜見張りに立つ面子との事。
もう少しで昼勤と交代となる時間、ドルススが対応するが後ろに並んでいて欲しいとの事。
時間が来たのか皆揃って上へと昇り、物見台の上で引継が行われた。
昼勤の兵士が下りて行くと、本来ならば見張りに立つ兵の身残し、内勤へと果たすべく下へと降りるが、ネムロスらへの仕事内容の説明を受けている間も残っていた。
どうやら説明をしている間も見張りをしない訳にもいかず、ドルススとクレメンスが見張りをしている間にグイドとマニウスが教えてくれた。
時折仕事内容を覚えているか試すかのように新兵のマニウスに説明をさせて。
一通り説明を終えると下へ戻り書類仕事。
書類仕事も新兵が覚えなければならない業務の一つ。
新兵が覚える事は多く、また雑多な業務も割り振られる。
此処での新兵は誰かと言われればネムロスと誰もが言うだろう。
ラウムの特別な計らいで割り込ませてくれた訳で、雑多な業務、つまり掃除や片付け、書類整理に薪運びに暖炉の火の管理などの仕事をしなければならない。
雑務であるがゆえに急ぐものでは無いが、集中もすれば時間も直ぐに過ぎる。一度交代があり、新たに雑談交じりに話をするも、お互い共通の話題などそうは無く直ぐに尽きた。
後は沈黙だけだが、見張りは其の様なものだとドルススの言。
地味で悪くすると暇を持て余す事があるかもしれないが、重要な役目の一つだと教えられた。
実際にネムロス等の番となり見張り台に立つと思い知らされる。
火を灯せば遠くまで見えなくなる。相手側に此方の存在を示してしまう。可能性は限りなく低いが弓などで狙われたならば良い的でしかない。見張り台に明りは厳禁との事。
見張り台の特性として外への警戒は厳にしているが、逆に内側からは弱いと言う弱点もある。
例を挙げれば暗殺や奇襲。何らかの方法で敵が内部へ入り込んだ場合、大した抵抗も出来ず殺されるだろう。出来て襲撃されていることを知らせるぐらいだろうが敵も馬鹿ではない、真っ先に狙われるのは連絡役だろうか。
ただ想像でしかない。そうなった時の対処法もあるやもしれぬし、なにより何処に重きを置くかは組織が決定する事。部外者が口出す事ではない。
今できる事は暗闇の中、遠くへ目を凝らし務めるしかない。
「それほど夜目が効く訳では無いので、地面の黒と空の深い藍色の対比が此れは此れで良い風景とも言えますね」
確かに遠くに見える地は暗闇だけだが、空は星が瞬くも深い藍色。
地上を歩いていれば闇色の中。同じ夜と言えど地と空では見える景色が大きく異なる。
「少し見方を変わるだけで見える景色が大きく変わる。世界とはかくも不思議なものだな」
「何を言います。たった一つの事を知っただけで、世界はまだまだ広いです。見るべき世界は如何様にも変わってきます。今は一つを知っただけですが二つ知れば比べて見たくなるもの。比べてしまえば他にも無いかともっと知りたくなります」
「そういうものなのか。だが、其れは楽しみではあるな」
肌を刺すような風が吹き抜ける。首元に巻いていた布で鼻や口を覆い冬の寒さから身を守る。
フォスレスは寒さを気にした様子はなく、防寒具は来ているものの顔は寒風に晒したまま遠くを見つめている。
その目は外を警戒しているよりも、此処にはないどこか違う場所を見ているようで。
何処を見ているのか問いかけようかと口を開こうとしたとき。
「あ、あぁ……お二人さん、雑談も良いが見張りもしっかりと務めて下さいね」
階下へと降りる階段から上半身だけをのぞかせ、ばつが悪そうに告げてきたのはドルススであった。
「此れは申し訳ない。つい見慣れぬ夜の景色に燥いでしまいました」
「気持ちは分からない訳でもないですから。新しく配属された兵は皆同じように騒ぎ、そして叱られます」
「同じような事をしていると、そう予想して見に来たか……。以後気を付けるとしよう」
「何かあるとしたら暗い今が狙われ時ですからお願いしますね。夜明け前であれば少しは目を瞑れますので」
そう言い残して下へと戻っていった。注意と共に助言とは、気が利くと言うか……良い纏め役なのだなと。
また、夜明け前が一番気を抜く時になるのではと疑問も沸いたが、夜明け前に攻め入る事は、攻める側としては利が少ないか。余程の理由が無ければ攻めるとしたら、やはり夜しかないか。
今は隣国との諍いの火種はない。隣国と関係が良好かと言われれば、良くないと言う者が多いだろうが、すぐに戦いへと発展する程仲が悪い訳ではない。
「景色を満喫するのは次に此処へ立つときのお楽しみにしておきましょう」
明け方の時間帯にもう一度此処へ立たねばならない。ドルススも其の時ならばと許可をくれた。其の気遣いを無駄にせぬためにも、今は闇色の地上と深い藍色の空へと目を向けるとしよう。
其の後は会話もなく、交代要員が来るまで見張りに専念した。
一仕事を終え、物見の塔にある執務室へと戻って来た。
今、見張り台に立っているのはドルススとクレメンスの二人。グイドとマニウスが机に向かい、筆を走らせていたが。
「上は寒かったろう。まずは火に当たって暖まるがいい。其の後は掃除と片付けだな。俺たちが仮眠を取っている間に頼むよ。時間に成ったら起こしてくれ、後退した後はあんたたちが仮眠を取る番だ」
「あぁ、了解した」
重要な情報が記載されている書類等は部外者に触れさせるわけにも行かず、与えられた仕事が片付けと掃除と言う訳だ。
迷惑をかけているのは此方側。無茶を言われている訳でもないので否と言う事は出来ないし、物見台に立つまでの間の時間潰しにもなる。
其れからは出来うる範囲で指示された場所の掃除と片付け、その他の雑務をしていると、後退の時間が来た。
二人を起こし、物見台へ送るとドルススとクレメンスが下りてきた。
「ご苦労様です。お仕事の方はどうでしょうか、分からない事はありませんか」
「掃除と片付けだ、そう難しい事ではない。其れより少しお聞きしても良いか」
「ん? あぁ大丈夫だが……そうだな、体が冷えたので暖まりながらで良いかな」
「構いませんよ。お願いしているのは此方なのですから」
ドルススは暖炉へと薪をくべてお茶を入れてから話を聞く態勢へ取ってくれた。
「させ、お聞きしたい事とは」
ずっと気になっていた。しかし聞く相手は少なく、その時間もなかった。彼の評価は自身だけであり、信じても良いとは思っている。
だが其れは一方的であり、客観的では無く。だから他者の意見もまた一つの見解、参考ぐらいはなる。
「ラウムについて、あれはどの様な男なのかと」
「あぁ成程。あの腹黒の事ですか……」
「……あぁ、そうだな」
一瞬言葉を詰まらせた。中々直球な言葉だった故に。
ドルススは笑って続ける。
「彼と俺とでは部署が違うからな。同じ警邏隊と言えど部署が違えば自ずと接点は低くなってゆく。見方が変わるとも言えるな」
先ほどの……どうやら随分と聞かれていたようだ。まぁ聞かれて困るような話はしていない。
ドルススは一口茶を啜り。
「ラウムの野望は聞いたか」
聞いたも何も、其の夢に乗せられたのだ。ドルススは多分予想はしているのだろうが、確認の為か。
此方が頷くのを見ると、一息吐き。
「確かにあの地図には俺たちも助かっている。あそこまで正確な地図など、旅商人ですら持っていないだろう。其れだけに警邏隊の中でも重要機密扱いとなっている。何処まで見たか知らないが、あれが出回れば色々と変わってきてしまう。が、しかし……」
「便利になると言う事は、良くも悪くもあります。地図はいずれ作成され世に出回り世界の姿は人々の前に晒します。早いか遅いかの違いですよ」
ラウムの話しが出たところで耳を傾けていたのは分かっていた。フォスレスの言葉はドルススの確信を付いたものであったようだ。
「新しい道を開拓するには事前の下調べが重要だ。あれはその手間を失くしてしまう。闇商人にとって喉から手が出るほど欲しいだろうな。其れだけではない、隣国との戦争になってしまえば、容易に地の利を取ってしまうだろうよ」
「其の様な危険性など初めから織り込み済みでしょう。分かっているからこそ対策をしないはずはありませんし」
「利便性もあれば危険性も含んでいる。其れはどれも同じだ。俺は旅人になる前は狩人であった。弓や剣を使って獣を狩っていたが、どれも人を傷つけることも出来る。規模は違うやもしれぬが結局は使う人次第なのだろう」
「地図に関してはまだ良い方ですね。秘匿性の高いものは載せなければ良いだけですから。どんなに文明が発展しようと、世に正確無比なモノは出回る事はありませんから」
それは……そう口に出そうとして、一瞬早くドルススの言葉に遮られる
「中立派。利用できるのであれば其れで構わないし、失敗に終わった所で俺の懐は痛まない。進んで協力は出来ないが、邪魔もしない。其れが分かっているから彼は、自分の力を最大限に利用しています。今回のようにね」
「今回とは」
「本来はこの物見台に部外者など入れてはいけない規則。貴方たちは臨時兵扱いであり、何方かと言えば部外者とも言える。無理を通した理由がラウムの地図を俺たちも使用している、つまり借りを返せと言われたからだな」
「断ると」
「何もない。あまりに断ると頼って来なくなるから、此方も頼みにくくなるが」
「こうして慣れあいが出来上がってゆくのです」
「……言い方」
「結局、其れも良し悪しなのですよ。組合が違ったところで完全に切り離す事などできはしませんし、だからこそ組合連合が在るのでしょう」
手を額に俯くドルスス。一呼吸おいてから。
「だから俺たちはラウムの事を腹黒と呼んでいるのさ」
その一言がラウムの評価を現していた。
「成程、よく分かった」
「私たちも体よく利用されているようですね」
「だが、貰えるものは貰った。今更返すことも出来ぬ」
「其れで良いと思う。商人には『損をして得を取れ』との言葉が在る」
「つまり私たちが持ち込むものに先行投資した以上の利用価値が在ると見ている訳ですね」
「この国の地図だけでも、その恩恵は大きい。この大陸の地図ともなればどれほどあるか、俺には想像できない」
「彼は世界地図を作ろうとしていますよ」
「無理とまではいわないが、今のままでは不可能だろうな」
「其の見解は」
真っすぐに見つめる視線を受け、ドルススは怖気づいたのか姿勢を直し。
「足りないモノばかりだな。此の街ぐらいであれば気にしない程度だが、作成するに当たり確度、精度共に荒い。この大陸だけでどれほど人員が必要となるか、其れが世界ともなればどれほど必要か。その金はどこか出るのか、国家単位の出費が予想される。完成するまで何年、何十年でかかる。膨大な情報量をどの様に処理するつもりだ。作った後はどうやって管理する。此の街だって変わりつつある。森は削られ新しい道は作られ村は街となってゆく。作っている間に消えて行くものもあるだろう」
「最後に関しては今心配しても意味はありませんが、ラウムには其れ等全てに解決する策が在るみたいです」
驚くドルスス。俺とて半分も分からなかったが、フォスレスは理解出来ているのだろう。だからこそラウムの野望に乗った意味がある。
「礼を言います、色々と話を聞けて楽しかったです。ネムロスもそろそろ仮眠を取り次の見張りに備えましょう」
フォスレスが席から立ったと思うと、一方的に話しを打ち切られる。
機嫌を損ねたとかいう訳では無く、これ以上は聞くことないと判断したのだろう。
俺としてはもう少し話を聞きたい所であったが、フォスレスの言う通り仮眠を取り次の見張りに備えなくてはならない。
反論しても無駄だろうし、大人しく従うべく席を立った。
「話しもそこそこで済まぬが、お開きとさせて頂きたく」
ドルススは頷き、「ゆっくり休んで下さい」と見送ってくれた。
二人が仮眠室へと消えて行くのを見送ると、虚脱感がのしかかって来た。
温くなった茶を一気に飲み干し。
「小さな火であれば冷えた身体を暖めるのに丁度良いでしょうが、身を焼くほどの炎は逃げ出すもの。平然と飛び込むのは勇気か蛮勇か。……どのみち小心者の俺には関係の無い話か」
「其れが普通の反応かと。彼らは生き急ぎ過ぎていると思いますよ。其れに戦場では勇気ある者から死んでゆき、小心者が最後まで生き残ると言います。何が間違えで何が正しいのか答えなんてないですよ」
ドルススは笑う。どこか達観した様な乾いた笑い。
其れを見て少し楽しそうに、けれどクレメンスは続ける。
「結局のところは選ばず後悔するか、進んで後悔するかのどちらかです」
「どちらにしても後悔はするのか」
「後悔が少ない方を選ぶ、などと言う者はいるがどちらが一方しか選べない以上は比べる事など出来はしない。後悔なんて所詮過去に囚われた妄執に過ぎない。立ち止まらず進めば自ずと悔いの無い人生が送れよう」
その通りかもしれないとドルススは思うも、心のどこかで話の筋が違っているとも思う。
反論することも出来たが、面倒もあり「そうだな」と曖昧に返事しただけに留めた。
最早彼らにしてやれることなど旅の無事を祈るだけである。
ドルススは心の中で旅の無事を祈りつつ、クレメンスと執務へと取り掛かっていった。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
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