#8 義援支援隊 副隊長ラウム バケモノをを視察する。
「そこの黒く穿たれている場所が分かりますか?」
バケモノの遺骸を安置している場所へラウム副隊長を案内する途中、フェンシオが村の所々、穿たれ焼けた場所を指し尋ねる。
「えぇ、分かります。周りの家屋と同じですね。あれらが全てバケモノの仕業という訳ですか」
指し示した場所について、フェンシオの意図の半分を汲み取って答えてくる。地面に穿たれものと家を破壊し焼いたそれが、同じ破砕痕だと理解していた。
「全てのバケモノがこのような不可思議な力を振るった訳ではないが、複数いたのは確かだ。」
ネムロスがバケモノと闘った時のことを思い出しながら、言葉を続ける。
村を囲む森しか知らないネムロスではあるが、獣は攻撃方法は多種にわたるものも、離れた場所に衝撃と同時に火が付くなど見たことも聞いたこともない。まるでおとぎ話にでも出てくる怪物かと思わせるものがあるが、実際に出会ったバケモノと怪物の姿を比べて、大きな隔たりがあり何とも言えない気持ちになる。
フェンシオにも聞いてみたがバケモノの不可思議な力については同じだったとの事。フェンシオが知らなければ村の他の者たちが知り得ている可能性はないだろう。
この村の外部者はその限りではないだろうが。
「副隊長殿は何か知っておいでで?」
「…いえ、特に思い当たるところはないですね。」
少し考えてからの返答。特に怪しむ所はないが、その言葉の中に何か隠しているのではと疑ってしまうのは、彼が街に属する側の兵士だからだろうか。
「あの場所にバケモノの遺骸を置いています」
フェンシオが目線で指し、バケモノの遺骸が置いている場所に着いたことを告げる。
村の主要路より外れてはいるが何かあればすぐに逃走出来る、もしくは他の者たちが駆けつけれる場所にあり、簡易な柵で作られた囲みの前に二人ほど人が立っていた。
フェンシオが一言二言声を掛けると、二人は持ち場を離れてゆく。
「しばらくはここで検分するだろうから、今のうちに飯を食べてきてもらおうと思ってな。」
夕刻の飯には少し早いが、休憩するには丁度良かったかもしれない。彼らが帰ってくる頃には検分も終わっているころだろう。
「では、失礼して見させて頂きますね」
そう言うとラウム副隊長はバケモノを見るために柵を乗り越てゆく。
語気こそ変化はなかったが、明らかに顔つきが変わったのが見て取れた。
初めて見るには異様な光景としか言えないだろう。獣や虫の遺骸だけならばここまで嫌悪感は抱かなかっただろう。それらだけでなく初めて見るような部位まであり、それぞれが混ざり合った姿は一体だけでも異様だと言うのに、それら複数体が柵の内側に並べられていた。
襲撃されてからまだ一日も経っていないのだから、例え遺骸と言えどもその姿を見ただけで嫌悪感がよみがえってくるだろうし、またバケモノゆえに遺骸であろうとどのようなことが起きるのかわからない。見張りについていた二人はどのように言われたのか、良く見張りに従事してくれていたと言えよう。
ラウム副隊長がバケモノを注視する中、フェンシオは明言することを避け続けてきた言葉をようやく告げた。
「そいつらが睨んだ場所が爆ぜ火が付いたのです。」
風が吹き抜け木々を揺らし、静寂だけが辺りを支配しているかのような中にそれは告げられた。
「キメラ…」
ラウム副隊長の言葉がフェンシオとネムロス、二人に響き渡った。
ネムロスがその意味を頭の中で反芻している横で、フェンシオは不敵な笑みを浮かべる。
「ようやっと、話してくれるようになったかな」
その口調は先ほどまでの丁寧なものと違い、普段の軽薄な笑みを浮かべ面白いおもちゃを見つけたような表情と語調をしていた。
対するラウム副隊長も、フェンシオに眼だけを向け、負けじと不敵な笑みを浮かべて。
「それがあなたの本当の顔なのですね。これはなかなか楽しくなりそうです」
「ラウム殿も仮面が外れていますよ。俺としてはそちらの方が好ましいですがね」
「二人して仲が良いのは良いのだが、俺もいることを忘れてもらっては困るのだが…」
二人の思惑が交差する中、ネムロスは一人、空を仰ぎ嘆息をつくだけであった。
「さて、お互い聞きたいことはあるだろうが落ち着こうか。幸いなことに周りに人はいない。手の内まではさらせとは言わぬが、知っていることがあれば話してくれると嬉しいのだが」
そろそろ二人の会話に参加せねば、放置されるどころか脱線し話が前に進まぬ。フェンシオには悪いがまずは俺の疑問を問うてみることにした。
「キメラと言ったな。このバケモノについては知らないという事だが、似たようなものには心当たりはあるという事で良いか。」
「そうですね。一方的に答えるのも問うのもお互い遺恨を残すかもしれません。ここはお互い一問一答を交代で良いならお応えしましょう。」
ラウムの提案に、フェンシオに目配せし。
「答えたくないもしくは答えられないときの拒否権は」
「虚偽の返答でなければ、拒否権は認めましょう。私の方も私の権限だけでは言えないこともあるでしょうから、それは理解していただきたい。」
「了解した。まずは…」
「キメラについて知っているか否か、と言うのであらば知っているが実際見たのはこれが初めてです。貴方方はこのバケモノ…キメラと闘ったようですが、先ほどの不可思議な力以外にどのような攻撃をされたのでしょうか」
フェンシオが口を挟む前にネムロスの問いに口早に答え、問うてくる。
「キメラだったかな。こちらもこれからキメラと呼ばせていただくとして。あとは火を吐いたな。どうやって火を吐いたかはまだ調べてないけどな」
「それは初耳だな。俺の時はいなかった。後は頭突きに噛み付き、体当たりに尻尾を振り回してきたりもした。その辺りは獣と同じであった」
「こっちの番だな。キメラとはなんだ」
「キメラとは、人造合成生物のことです。このバケモノの様に他の動物の部位を繋ぎ合わせ、別の新たな個体を作り出す技術の一つです。これらのキメラはその産物の一つでしょう。これらキメラは貴方がただけでどうやって倒したのでしょうか」
「一人では倒すのは難しかったが、複数人で当たればキメラの意識は分散されたらしく隙が出来る。継ぎ接ぎされた部位が自身の動きを阻害していたらしく動きに精細さがないのが相まって後ろから切りかかれば、なんとか倒せた。村を襲ったバケモノがキメラだと知っていた訳ではないようだが、その可能性はあったと予測していたのか?」
「…それはないですね。可能性としてはないものと思っていました。これ以上は私からは申すことが出来ませんが、我々としてはバケモノは特異種と予測していました。だからこそこの今回の人員だったのです。不可思議な力を使ったというバケモノはどれになるのでしょうか」
「そこの首が長いやつになるな。後、何体かいたが正確には覚えてない。他の個体も使えたのかもしれないが、そこまでは分からない。」
「その不可思議な力について、知っていることは」
ネムロスの問いかけに二人が振り向く。フェンシオは仕方ないなぁと笑いつつ、ラウムは少々困り顔をしながら
「聞いただけでは何とも。憶測でよろしければお話し致しますが」
フェンシオに目配せするも、肩を竦めて好きにしろと言ってくる。
「それでかまわぬよ。あれがどういったものか少しでも知り得たい」
「ま、良いでしょう。少々話が外れますが、魔眼についてお話をいたしましょうか」
「マガン…?」
ネムロスとフェンシオが聞きなれない言葉に首をひねる。
「えぇ、魔族、悪魔の魔に眼と書いて魔眼と言います。人外の力にとも言われていますね。あまり知られていない様ですが、逸話としては数多くあります。例を挙げれば淫魔の魅了、メドゥーサの石の瞳、その眼を見れば死に至る邪眼、邪視とも言われていますね。神器や神剣とは神かその御使いが用いる器物ですが、それ以外は魔と仇されています。そしてもう一つとして忌みなるものと言う意味で魔と呼んでいます。今回はバケモノに付与された正しく忌みなる力ですね。」
「ほぅ、人が使っていたというのはないのか?」
「文献の中にはあるのですがね。とある英雄が使っていたとか、隻眼の剣豪が実は魔眼の持ち主だったとか…確証はなく、そしておとぎ話の中に多いかと」
「バケモノが使っていたのがその魔眼という訳か」
「そもそも魔眼とは、そのような力を簡単に付与できるものではないのですが。もしくは擬きだったか」
「擬きと言えど、そんなもんを簡単に付けたりできるものなのか。」
「難しいでしょうね。ですがキメラが実在し使っているのです。どこかに工房があり実験しているとしか思えません。そして不完全なキメラが大量に出てきて、その後は何の音さたもなし。単に脱走したとは思えませんね。」
「必要が無くなったから放逐、とはさすがにないか」
「必要が無くなったからと言って放逐してしまえば、自身を隠し立てすることが出来なくなりますね。被害が出ているのです。討伐隊を組まれる可能性ぐらいはすぐに至るでしょうし。」
「まぁ、それについては今ここで考えていても答えは出ないだろうし。明日以降の調査で何か分かればよいのは。ここまで派手にやってくれたんだ。なんとしても見つけてボコボコにしないと気が済まねぇからな
」
「それは結構ですが、私からは最後によろしいですかな」
「あぁ、すまんね。何が聞きたい」
「このキメラを倒したのは誰でしょうか。正確には一刀の元、キメラを切り倒したのは誰でしょうか。フェンシオ殿、もしくはネムロス殿でしょうか」
語調こそ先ほどと変わらぬがそこに込められている気迫は、フェンシオも一瞬押し黙らせるも。
「…さて、ここは言えないと答えておこうか」
ラウム副隊長はフェンシオに眼を向けてくる。対するフェンシオはラウムの言葉に気圧されたことに憤慨しているのか、その表情は険しかった。
ラウム副隊長が指し示したキメラ、一刀のもと断たれた頭があり他の傷は見当たらないに比べ、他のキメラは矢傷に切り傷、刺し傷と一様に如何に闘いが熾烈だったかを物語っており、そのキメラだけは異様を呈していた。
「他にも数体、見受けられます。複数人で倒したなら遺骸は無残な、正に周りのキメラの様になっているのですが、数体だけ肉だけでなく骨までも断って殺されています。どうすればこの様な事が出来るのか知りたかったのですが、残念ですが諦めます。いつか機会が来るでしょう。」
張り詰めていた空気が和らぐ。諦めていないようだが、これから先キメラの原因を探るうちに、こちらの手の内を晒す機会が訪れないとは言えないだろう。むしろその可能性のほうが高いと言える。
フォスレスはどうなのだろう。誰かと関わることは自身の存在も明るみに出るという事。その事については俺より賢しい彼女のことだ、やはり全て承知の上での行動だろうか。
さりとて全てが知れて困るのは彼女の方ではなく、俺たちの方だけかもしれぬ。だがそれでも憂いを残すことなく旅立つには、事実を知る者は少ないほうが良い。村長にフェンシオ、後何人に知られるのだろうか。そしてそれはどのような結果をもたらすのか。
どう考えても災難しか引き寄せないように思えるが、それでも手放す気にはなれない。それは傲慢なのかもしれないが。
「こっちから最後にいいかな。キメラ技術をどうする気だ」
フェンシオが鎮火しかけた火に油を注ぐが如く問いかける。
「それはまた早計と思いますが。まだ見つけていないものに対してあれこれと言うつもりはありません」
「まぁ、そうか。こちらとしては見つけ次第、火にかけて燃やしたい所なのだが」
「それは少々困りますね。きちんと調査しなければ犯人も、その意図、原因から対策まで立てられません。出来れば調査が終わるまで待っていただきたいのですが」
「まぁ、確かにな」
「それに仮に技術が残っていたとしても知識のない我々からしてみれば、ガラクタにしかなりませんね。利用できるならば人に恩恵をもたらせれるかもしれませんし、決して悪い事ばかりではないはずですよ」
「そうだな、少し先走りすぎたかな。被害者なだけに神経質になったってことで忘れてくれ。明日の合同調査の方はよろしく頼む」
「えぇ、こちらこそ。そろそろ議談の場も整っているころでしょう。ここで見るべきものは見終えましたし、現状の整理と明日からの対応について、隊長や村長殿を交えて話し合いましょうか。きっとその場においてもう少し詳しく話せるかと思いますし」
「ここでグダグダ言っても始まらないか。」
「そのようだな。これは答えなくてもよいのだが、隊長殿は魔眼について詳しいのか」
魔眼のことについて少し執着しすぎてるかと思いつつもネムロスは聞いてみたが。
「本件における権限は全て隊長にあります。それらを含め言外には隊長の許可が必要になります。」
「もう答える気はないってさ。気にすんなよ、この後が控えているんだ。そこで聞いてやるよ」
軽くあしらわれたネムロスにフェンシオが慰めの言葉をかける。
もう少ししたら、休憩に入った二人も帰ってくるだろう。次は義援支援隊隊長グレコリア殿と村長に交え議談が行われる。村の復興に向けて街の代表としてどのような支援をしてくれるのか。俺自身は発言することは許されぬのかもしれない。その場に入れないのかもしれない。不安と緊張が押し寄せてくる。
村長やフェンシオ達に頼らなければならないのは、少しもどかしくもある。
ラウムが柵を乗り越え帰投に入る。その先には先ほど休憩に入った二人組がこちらへ向かって歩いているのが見えた。
見張り役が帰ってきたのが見えたのか、その察しの良さに感嘆していると
「丁度帰ってきたみたいですね。では戻りましょうか」
「道は…って聞くのは野暮ってやつかな。俺は二人と少し話して向いますんで先に向かっててください。ネムロスもラウム殿について先に戻っといてくれ」
「分かった。すぐに始まるだろうから、遅れぬようにな」
フェンシオは手を上げ答えただけで、見張り役の二人に向かってゆく。
「では、戻るとしよう」
「ネムロス殿、帰りの案内、よろしくお願いします」
その口調は丁寧ではあったが、やはり信用は出来ぬなと抱きつつも、村長の待つ義援隊の駐屯地へ向けて歩き出した。
かなり遅れての投稿です。
全て目に見えない敵がいるので、そいつが悪いのです。すいません、ただの花粉症を言い訳にしました。
ラウム副隊長の視察がようやく終わりました。相も変わらずフォスレスが出てこないですが。
その代わりフェンシオが頑張っています。ここまで頑張る方とは思いませんでした。
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次はもうもう少し早めに投稿したいと思います。