#74 孤児院でのお菓子作り
「今が冬で良かったよ。クッキーは油分が多いからね、手の熱で直ぐにベトベトになってしまうから,
暖かい季節にはむいてないの。今の時期だと纏めて外に置いておけば、また固まって形を作りやすくなるから」
笑顔で話すカリダ姉は楽しそうだ。
今日は朝から子供たちの落ち着きがなく、朝食中であったとしても心此処に在らずの体であった。
昨日から運び込まれた大量の小麦と蜂蜜、そしてバターは伝えられていた通り、今日は皆が大好きなお菓子を作る日。お勉強もお休みの日だ。
普段は滅多に食べられぬ甘味が沢山作られるとなると、話題もお菓子作りの事ばかり。
牧師も叱る事無く静かに見守っている。どうやら今日は余程の事がない限りは叱る事は無いのだろう。
ただ掃除や洗濯と言った朝のお勤め事を全て終えた後でとの事。
皆が起きるのはいつも通り、勤めを終えた後でも十分に作れる時間はある。
竈は其処まで大きくは無い為、量を作ろうものなら時間が掛かってしまうのは仕方ないと言えよう。
優先的に作って貰える様に頼んではいるのだが、今日の目的は別にある為、最後まで手伝えないのは少し残念に思う。
机の上に並べられた材料。そして伸ばし棒や竈に薪。
竈にはまだ火は入れられてはいない。材料を全て混ぜ合わせ、冷やし固めている内に竈に火を入れるとの事。
竈の中の温度が上がるまでには、冷え固まり形も作りやすくなる。
そして今、カリダ姉の指示の下、クッキー作りが始まった。
その中にはメアリー修道女とフォスレスの姿もある。
二人に何があったのかは知るところではないが、様子を見るに落ち着くところに落ち着いたのだろう。
メアリー修道女は補助へと回るらしく、子供たちの様子を見て回っている。
フォスレスは子供たちと混じって作るようだ。此処に居候しているときも料理の手伝いをし、子供たちに美味しいと言わしめたその腕前は、ことお菓子作りにも強い味方となるのだろう。
一緒に居る子供たちが嬉しそうに話しかけ、フォスレスも楽しそうにている。
そして俺は、準備こそ手伝いはした、牧師の横で一緒にお茶を啜っていた。
何故か四でもいないはずのミナリスを横目で見ながら。
兵服ではなく、一般市民に溶け込めるように私服ではあるが、朝に此方へ来られた際には皆一様に驚いたものだ。
来た理由を聞いたのだが、「一緒に作りたかった」からだと、兵舎だと男社会でこう言った機会など無く、居ても立っても居られなかったそうだ。
突然の来訪など、迷惑だと分かっていたが気が付いたら此方へ足が向いていたとの事。
普段、奇抜な行動が目立つ為、今回も大丈夫などと大見えを切るが、一応は連絡するよう強く申し出はしはしておいた。
本当に連絡はしたかどうかは分からぬが。
彼女も子供たちに交じり心待ちにしている様子だが、その姿はまるで大きな子供のように思えて仕方ない。
無邪気に振舞うその姿からは、裏表などなくその理由も本当に思えるが、海千山千の兵士たちを束ねる副隊長。其の心根はどう思っているのか、伺う事は出来るはずもなく。
今、其の事を考えた所でどうすることも出来ない。何も出来ないときは後回しをするに限る。
ある意味達観と謂えるが、考えるのを放棄したとも……。背凭れに背を預け湯呑を手にする姿は後者なのだろうが、誰も咎める事がないので気にする事は無い。
「改めてお久しぶりですね。名を取り上げられたとお聞きしましたが」
「迷惑をかけてすまないな、今はネムロスと名乗っている。名を失くした時点で今まで関わって来た全てと縁を切ったつもりだったが、だから此方へは寄らなかったのだが」
「縁とは不思議なものですね。彼女が此処へ訪れなければ荒事に巻き込まれることもなく、けれど今この場は無かったでしょう」
手にした茶を煽り飲む。言葉は幾らでもある、けれど何一つ出てこなかった。
茶で喉を湿らせ、言葉を突き出す
「用事で留守にしていたとは言え、力に成れなかったのが悔しく思う。皆が無事と伺ったが、話を聞いていた途中はどうしたものかと頭を抱えそうになった」
「私も同じですね。子供たちが攫われたと聞かされた時は、無力な自分に落胆したものです。私に出来る事は神に祈る事だけでしたが、皆が無事に帰って来てくれましたからね、嬉しく思っていますよ。無論、彼女にも感謝しています」
朗らかに微笑む牧師に裏は無いのだろうが、最後の言葉には含みがあるように聞こえた。
「あれは特別だ……旅の友として誘われてな、付いて行く事にした。其の所為か名を取り上げられたが其の事については別段恨んではいない。復興も此れからの村を措いて行かねばならなかったのは心残りではあるが」
「人は皆、何かを始めるとき何かを捨ててしまいます。その手に持てるものは有限ですからね。望むもの全てを持つ事など出来ません」
「まぁ、そうなんだがな。ならばその手に持てるのはどれだけが限界か」
「限界を試したくなる気持ちも分からない訳ではありません。持てるからと言って全てを選んだとしても、その先に在る本当に大事なものが持てなければ悔やむばかりです」
「旅は出来る限り身軽で……とは言うがな」
「たった一つ、大切なものがあれば其れで十分かと。もう貴方は其れを持っているのでは」
牧師の言葉に唸る。反論しようにも言葉は出なかった。
沈黙は是なり。其の言葉を返せなかった時点で、俺自身すら気づいておらぬ何かを抱いているのだろう。
素直に認めるかどうかは置いておくとして。
「其れを貴方に話すつもりはない」
牧師は静かに笑う。
「説教は此処までにしておきましょうか。今は皆で楽しく過ごす時間ですからね」
「そうしてもらえると助かる。確かに此方へ頼らなかった俺が悪いやもしれぬが、けじめのつもりでもあったと理解してほしい」
「いえ、ただの先達者からのお節介ですよ。忘れて頂いても構いません」
「此れが最後の説教やもしれぬのだから無下にするようなことはせぬよ。心には留めておくが、果たして何処まで覚えていられるかは自信がない」
「其れで構いません。忘れてしまったとしても、其れは貴方にとって必要の無い事なのかもしれませんから」
「それは……無いと思うが」
迷い、不安、焦り。断言出来ぬのは確信も自信もないからか。
「すいません。其処までするつもりは無かったのですが、私はただ彼女を大切にしていただきたく思っただけです」
その視線は彼女、フォスレスへと向けられる。子供たちと楽しそうに分量を量っており、此方には意も解していない様子。
「まぁ其れは、言われずとも……」
最後まで言葉は出なかった。いや其れを言葉にするのが気恥ずかしさから、最後はすぼんでしまい誤魔化すために頭を搔くしかなかった。
その様子を見てか牧師は微笑む。子を見守る親……か。いつも親は親と言う事か、村では一人前と扱われようともいつも見守られていたことは確か。
頼ろうとしないのはまだ子供の証とよく言われたものだ。肩肘を張らず、素直に頼る事は自身の弱い部分を認める事であり、誰かに頼るのは悪い事ではない。
よもや村を離れ頼るべき誰かなどいないと思っていた矢先の言葉。すぐ隣に頼れる誰かがいる事を悟らせられるとは。
「職業柄とはいえ若者を見ると説教地味てしまいますね。昨日から子供たちの楽しみにしていましたからこれ以上は無粋でしょう」
「まぁ、そうなのだが、説教を始めたのは其方が先だと思うが」
揚げ足を取るも微笑みを返してくるだけで、分かっていたことだけに此方も肩を竦めて返しておく。
「其処! 話はもういいのかな。だったら手伝ってはくれないのかな。作ってほしいって頼んできた御本人様」
牧師と話して手伝いを拒否していたが観念時らしい。カリダ姉が少々ご立腹とばかりに睨んでくる。
「いってらっしゃい、私は此処でゆっくりしていますよ。見守るのも大人の役目ですから」
牧師らしい言葉で牧師は逃げた。
横目で恨めしそうに睨み意を唱えておくが、牧師は微笑みお茶を嗜むだけである。
言葉を尽くし、策を講じようとも動く事は無いだろうし、動かないことに文句を言う者はいない。見守ると謂うのであれば、俺とて文句はない。子供たちの面倒は忙しく心休まる日は少ない。ゆっくり出来る日に労うのも大人になった子の義務か。
意識を切り替え調理場へと目を向ける。
子供の数から見るに大人が三人だけでは手も回らないだろう。俺一人増えた所で足手まといが増えるだけやもしれないが、混ぜるだけであれば問題なかろう。
別段、料理を作った事など無い訳では無いのだ。ただ其れが男料理であるだけで。
「お菓子作りは分量が大事です。そして手順。今日は分量こそ多いですが材料自体は少ないです。中には自分たちで取って来た木の実など入れる子もいますが、分量は此方で量ります。後は混ぜて焼くだけですから難しく構えないでよろしいですよ」
「あぁ、そうしてくれると助かる。獣の解体の仕方は知っているが菓子作りとなると勝手が違うのでな」
「其れと一緒にされても困るのですが……」
少し苦笑いしながらも手元へと材料を置いてくれるルミナリスを横目に周りを見渡す。
すでに生地を捏ねている子供たちの姿がある。牧師と話している内に出遅れたであろうが、窯の順番待ちなどを考えるに今から作ったとしても十分に間に合うだろう。
作るのは良いが、俺が作った物を彼女らへ送ったとしても微妙な気がしてならない。
カリダ姉が作ったのを分けて貰い持って行くかと、其の分は俺が作ったのをカリダ姉に渡せばつり合いは取れるかと思っていると。
「姉妹たちの分は私のを持っていけば良いですよ」
顔に出ていたのか、助け船はフォスレスからであった。
「私は作るだけで楽しめますし、其れに其の為に二人分の材料を頂いていますから」
子供たちから不満の声が上がる。どうやら自分たちに分けて貰えると期待していたのだろう。其れが外れて残念がる子供たちに、「ごめんね」とあやしていた。
中々に食い意地が張った子供たちだが カリダ姉は分かっていたとばかりに。
「ほら、始めに言ったでしょ。今日は配った材料分で作れるのが自分たちの分なるって。フォスレスさんのは約束分だって」
子供たちへ言い聞かせた後、俺に向かって「そう言う訳だから、上げちゃダメだから」と釘を刺すのも忘れない。
俺自身も全て食べる訳ではなく、子供たちに分けようかと思ったが其れは止めといた方が良いと思いなおす。
ならばと少しでも恩を返すべく、牧師に渡せば丸く収まるか。
「分かった。姉妹の分についてはフォスレスに任そう。俺は世話になった牧師と分け合う様にしよう。もちろん貰ってくれるよな」
参加していないとは謂え、牧師は此処に居る子供たちから少しずつ分けて貰えるだろう。其れこそ一度に食べきれないぐらいに。其れを承知の上での提案。
意趣返しにはならない程の……意地悪な言葉であったが。
「えぇ、もちろん。楽しみにしていますよ」
当然断れるわけもなく。此方の意図をどの様に取ったのかもわかりはしないが。
「小麦粉とバターと蜂蜜、此れを二対一対一の分量で順番に混ぜて行けばいいですよ。好みでバターや蜂蜜を増減して結構です。多かったり少なかったりすると失敗しますが、少しぐらいでしたら大丈夫です」
一人分というには少し分量が多いような気もするが、遠慮などしなかった結果なのだろう。
小麦粉に少し火にかけ溶かしたバターを入れ木ベラで混ぜて行く。少し難じた所で蜂蜜を入れさらに混ぜながら一つへと纏めて行く。
纏まったら円柱形に成形し濡れた布巾をかぶせ日陰へと寝かす。
寝かす工程は必ずしも必要ないが、窯の順番待ちの為に、そして最後の成形をしやすくするために油分を少し固めている。
手の熱で油分が解けていると、成形のしやすさが全然違うとの事。
後は窯の順番が来るまで少し待つだけと、焼く時間は長くはない。パンを焼くより気持ち低めで四半刻の半分ぐらいの時間で良いとの事。
昼には持っていくと姉妹たちに約束している為、フォスレスのを優先的に窯へ入れてもらい。持って行くと約束した俺も分も次に窯へ入れて貰える事になった。
少し冷めるが、十分作りたてを持って行けるだろう。
後は子供たちの楽しみの時間。小さな子の分から焼いて、出来たてを一枚、そしておやつに食べるそうだ。
まだ固まってはいないが、そろそろ最後仕上げをしなければ窯入れが遅れ叱られるだろう。
円柱形に成形された生地を包丁で等分に切り分けて行く。少しだけ形を整えて鉄板の上へと並べる。
皆より少し大きめに作った為か、枚数的には少なく大きさも微妙に違っているが気にはしない。
売り物ではなく、皆で楽しく食べる為のものなのだから不揃いのクッキーも愛嬌があると言うもの。
鉄板の上に並べ終わると、焼きあがったのか窯から取り出している。
生地を成形し鉄板の上に並べ窯の前へ持って行くと、メアリー修道女が受け取り窯の中へと入れて行く。「ありがとう」の一言を忘れずに。
窯の中を少し覗き、どの様に焼きあがるか少し楽しみにして扉が締められる。
程なく窯から取り出され机の上へと鉄板が置かれる。焼きあがったクッキーを見に行こうも子供たちの生け垣に阻止されることしばし……。
メアリー修道女と目が合うと「こんなものでしょ」と目で訴えかけられるも、出来の確認も出来ぬまま問われたところで返答など出来ず、笑って誤魔化すしかない。
少し離れ、修道女がクッキーの生地を構えへ投入し終えると蓋を閉め子供たちへ作業の続きを促す。
ようやく完成したクッキーを見ることが出来ると、カリダ姉が一枚を半分に割り修道女へと差し出した。
完成したと言っても味が悪ければ持って行く事など出来ない。食べることが出来ないフォスレスは美味しいか美味しくないかの判断が出来ない。
だからか差し出されたクッキーを試食するメアリー修道女とカリダ姉の反応に、フォスレスも緊張の色を隠せずにいる。
カリダ姉と修道女が笑顔で頷き合うと「美味しい」との一言。
子供たちの間にも期待が膨らみ、声が伝播する。
初めに焼く分については温度が安定せず、焼き過ぎたり生焼けだったりすることが多いがどうやら上手くいったようだ。
使い慣れている分、温度調整もお手のものか。
何より上手くできたのは良かった。これで姉妹たちも満足してくれるのであれば、少しは心を開いてくれると良いのだが。
しばらくすると俺の分も焼き上がったらしく、窯から出てきた。
初めに置かれ分だけ少し長い時間焼かれていたせいか、端に焦げが目立つが味の方はどうか。
少々焦げが目立つクッキーを二枚、皿へ乗せて残りは冷ますために別の皿へと移す。そして牧師の下へ置き、隣へと座る。
気を利かしてか、ルミナリスが新しく入れたお茶を置いてくれた。「すまない、ありがとう」と気が付かなかった事への謝罪と、入れてくれたことへの感謝を告げて。
申し合わせたかの方に、牧師と共に一枚ずつ口へと運ぶ。
少々苦くはあるがバターの香ばしい香りが強く、ほんのりと口中で残る蜂蜜の甘さも相まって此れは此れで悪くはない。此れならば冷めてもおいしいだろうと思うと。
「うん、とても美味しいですよ」
「俺はただ捏ねただけだがな」
「味だけの話ではありません、歪ではありますが心が籠ったクッキーです。大きくなりましたね」
其の言葉にただ沈黙で応えた。
次に焼きあがるのはまだかと燥ぐ子供たちの声は何処か遠くの風景か。もう戻れない居場所への憧憬か。
「世話になった」
ただその一言だけが出ただけであった。
牧師もただ微笑みながら頷くだけであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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