#54 アゲウルブス教会孤児院とエファー村の子供たちとカリダ
ルミナリスとの夜会があってから数日が経った。
その間は特に何もない日常が流れ、護衛兵からの定時連絡も「特になし」の一言で、救護を受けている姉妹の状況も連絡なし。そして傭兵団もウルラも襲ってくることもなく……。
そして今日は本格的な冬に入る前に、エファー村の子供たちを保護受け入れする日になった。
予定ではもう村を出てこちらに向かっており、子供たちの足の速度から考えて昼過ぎには到着するだろうとのこと。
お役所の書類仕事がようやく検認され援助金及び食料や備品も揃い、教会孤児院の受け入れ準備は整っている。
本日から冬が明けるか村の倒壊した建物が建て終わるまでここで預かることになる。わずかな時間ではあるが、私も村の子供たちの面倒を見ていた女性、カリダと部屋を一緒にすることになる。
危険に巻き込む可能性が増えてしまうが、受け入れる事は私が来る前から決まっていたこと。
私一人が反対したところで、代案すら出せない部外者の意見など聞き届けてくれる訳もなく。
「この街に残っている傭兵団については、私たちが知る範囲内ではいないことを確認しています」
残存兵が居ないことからある程度は安全と言うのが、護衛兵の、いや兵士たちの共通認識らしい。
どうやら私は本当に暴れ過ぎたらしい。
ウルラは動ける人数が減り、傭兵団を身辺警護で固めているのか、街の中は何も変わらず日常を謳歌している。
孤児院の子供たちは年近い子が来ると謂うことで、心ここに在らずなのか勉強にも今一つ身が入らない状態である。
なので今日ぐらいは勉強を取りやめ、少しでも綺麗にして迎えようと全員で清掃をしている。
まぁそれも街の入り口方面を気にして、ごみを掃き散らかしてはいるのだが。
お昼時も気が漫ろになりがちになり、修道女に叱責される一場面があった。
昼食後の片付けも終わり、高ぶっていた感情も落ち着きを取り戻したかと思うと子供たちは眠気に襲われ始めていた。
もはや今日は何をしても無駄だと悟ったのか修道女はため息を吐くばかり。
その時に兵士が駆け込んできた。伝令兵である。
村の子供たちが街の門まで来たと、出迎えの準備をとのこと伝えに来た。
其の言葉を聞いたときに子供たちの眠気は去り、沈静化していた感情が再燃する。
修道女と目があると、疲れた顔はしていたが「仕方ないですね」と微笑みながら呟いた気がした。
此の後は孤児院の前に皆が整列し、都会の子供たちがどれ程出来るのかお披露目の場となる。
此のような時は初めが肝心、その教育が行き届いているのか燥いでいた時とは雲泥の差で大人しく、そして子供らしく凛々しくしていた。
やがて声が聞こえてきた。一人二人の声ではなく、多くの子供たちの声である。そしてその声を従えているのは聞き覚えのある声。
懐かしくはない。しかし覚えている。旅の相方、ネムロスの。その名はカリダと。
両の手に子供たちの手を取り、先頭で兵士に引率されながらその姿を見せた。
孤児院の子供たちは気配でわかる。これからの事を想像してか胸を高鳴らしている。
村の子供たちは緊張した様子でカリダの後ろに隠れようとしている。
牧師と修道女は優しく微笑み、カリダはさすがに年の功と言ったところか、村にいた時と変わらず子供たちに寄り添う彼女が居た。
村の子供たちが牧師たちの前へと並ぶと。
「お久しぶりです、アケルブム先生。本日は子供たちの受け入れて頂きありがとうございます」
「久しぶりですね、カリダ。お元気そうで何よりです」
「再び出会えたことを感謝いたします、カリダ姉さま。」
どうやら三人は知り合いだったようだ。
「そして貴方が新しい方ですね、カリダと申します。臨時と聞き及んでおり、僅かな時間ではありますがお世話になります」
「フォスレス。そう呼んでいただければ結構ですよ」
私の名前を聞いたとき、カリダは少し顔を傾げ。
「失礼ですが、何処かでお会いしたことはありませんか」
「いえ、初めまして……ですね」
どうやら少し感が鋭いらしい。しかし実際に人の姿では初めて会う。カリダは少し苦笑いを浮かべると。
「えっと……ですよね。ごめんなさい、変な事を聞いて」
「良くある事ですから気にしていませんよ。それより子供たちが待ちきれないようですが」
「え? あぁ! ごめんね。では先生、お話は後程にして子供たちをお願いします」
子供たちも「よろしくお願いします」と唱和し、修道女が子供たちに案内をお願いする。
騒がしかった孤児院は多くの子供たちを迎え、さらに賑やかになった。
「カリダ姉さまも此方へ、お疲れでしょうから部屋へ案内いたします。一息ついてからこれからの事をお話いたしましょう」
「ありがとうね。フォスレスさんも後でお話ししましょう」
「えぇ、まずはゆっくり休んで下さい。明日から忙しくなるのですから」
カリダを連れ修道女が孤児院の中へと消えて行き、騒がしかった場は中へと移っていった。
「私たちも戻るとしましょう」
牧師はそう促し、フォスレスは後に続いて中へ入っていった。
世話をする子供は倍になったが、手間は三倍にも四倍にもなる。
食事の支度は材料の下ごしらえだけでも時間を要し、火にかけるには元からあった鍋では小さすぎた。
大きな鍋に変えるも小さな竈では火力不足であり、けれど小さな調理器具では煮込む、炒める、焼くなど調理するだけでも二度、三度と分けなければならなくなる。
予想される事態に対応すべく用意してきたが、不測の事態と謂うのは往々に異なるもの。
其れは悪くもあれば良くもある。
良いことは護衛兵が昼に此方へ来てくれること。フォスレスの監視役として派遣されてきたが、子供たちが来たことにより兵舎へ戻っていった。今は連絡役兼監視役として朝から夕方まで孤児院に常駐している。
昼は孤児院で持参のお弁当を食べて、朝と夜は兵舎の方で食事をとっている。
孤児院の食事は援助品であり、兵士である彼が一緒に食事することは援助品の横領と見なされる為、出来ないそうだ。
ならば笛吹兵がどうだ。一口であったとしても口にしたと聞いたところ。
「話を潤滑に進めるためならば許容範囲かと思います。それに実際には断っておられる様ですか、規則は破っておられないかと判断しますよ」
との事。断る体も事前であり疑問に思うところなどなかったが、どうやら笛吹兵に一杯食わされたようである。
私自身が思うだけで、笛吹兵はそのようなことを考えての行動ではないと思うが、聞いてみなければ分からないだろう。聞いたところで惚けられるかもしれないが。
少し話はそれたが、護衛兵がいることにより孤児院の仕事を手伝ってもらえることが出来た。
主に力仕事や、普段出来ずにいた整理に高所部の掃除。そして私自身が目の届かない場所への子供たちの監視護衛。
護衛兵としての役目を超えて働かされてはいるが、文句の一つも出てこないところはさすがと言うべきか。
それとも普段の鍛錬に比べれば大したことないのか。
けれど其の様な事は関係なく、今は此処で役に立つかどうか。
その点で言えば彼は十分に活躍してくれている。やはり男手があるのとないのでは断然違い、増えた孤児院でのお仕事を担ってくれていた。
そして今日は護衛兵を連れてカリダの陣頭指揮のもと、教会と孤児院の修繕を行っている。
本来ならばもっと早くに行うべき事柄ではあったが、人手が牧師と修道女、後は子供たちしかいない中、手が回らずに放置するしかなかった。
本格的な冬に入る前の人が増えた今が機会であり、専門ではないにしても村で慣れたカリダと鍛錬で鍛えられてきた兵士。少し話しただけでやる事は分かっているのか、必要な部材を集め修繕を進めて行く。
何も知らない私だけが、二人の指示のもと動くしかない。
孤児院は二階建て、一階には子供たちが揃って勉強をする大部屋が一つと居間に食堂と厨房、牧師の執務室兼寝室があり、二階には修道女の部屋と子供たちの部屋がある。
今は子供たちと修道女は大部屋にて勉強中である。
少々目を離したところで、何かあればすぐに駆け付けられる。それに屋根の上であれば遠くまで目が届きやすい。
屋根上に上るのは護衛兵なのだが。
まずは護衛兵が屋根の上へと昇り傷んでいる個所を見つけ、カリダの指示に従って私が修繕道具を護衛兵へ届ける。
私が一番つらい役どころと文句の一つも言いたい所ではあったが、なら指示役か修繕役のどちらに就けるのかと謂えば、何方も熟せないので素直に従う他なかった。
「見た目に反して傷んでいる個所が多いみたいですね」
「まだ雨漏りはしていないみたいだから、今のうちに直しておけば大丈夫だよ」
今日は恒久処置ではなく、傷みぐらいの確認と痛みが激しい場所の応急処置。
処置に必要な部材にかかる費用を算出し、経費に計上。部材の購入と修繕作業の計画を立てる事。
大まかな手順ではあるが、完了まで七日ぐらいで実施する予定だそうだ。
「教会側は造りが特殊だから専門家に頼むしかないけれど、孤児院の方は何とかなりそうだね」
「ならば良かった。私では傷んでいることは分かっても、修理に関しては手を出すことは出来ず、二人が居て助かりました」
「私も得意ではないのだけど、村ではなんでも出来ないと暮らせないからね。でもやっぱり本格的にやろうと思ったら詳しい人に頼んで居たけれどね」
「素人の下手な修理は余計な手間を増やしてしまいますからね。それが賢明かと」
カリダは少し苦笑いすると。
「手厳しいね。まぁ本当の事だから仕方ないか」
そう言いながらも楽しそうに笑うカリダが気になり。
「なんだか嬉しそうですね」
「少し……ね、昔を思い出して……。村に悪戯小僧が二人いてね。よく悪さをしては怒って、でもそんな二人も今は大きくなって、一人は村から出て行ったのだけど、本当に色々な事に興味津々で珍しいことがあれば観て真似て、そして失敗しても懲りずにまた同じことを繰り返して。出来なかったことは多かったけれど、出来た時は楽しそうに燥いでたね。でもやっぱり素人作業だからすぐに壊れたりして余計な手間が掛かっていたね」
それが誰の事を言っているのかすぐに分かった。それは私も見ていた。
しかし遠くで見ていた者と、近くで見守っていた者では言葉の重みが違う。
だからこそ其の思いと言葉には興味が尽きない。
「思い入れがある二人なのですね。その失敗談について興味があります、お聞かせ願ってもよろしいですか」
此方の言葉を咀嚼しているのか少し困惑し固まっていたが、困ったように笑うと。
「えっと……そんなにも面白い話じゃぁないのだけど」
「えぇ、それで結構です。無理にとは言いませんが」
「無理って、事はないよ。そうだね、ならちょっとだけ。あまり話すと怒るから」
「黙っていれば分かりませんよ」
「それは一番ダメな奴だと思うけど……ま、いいか。なら少しだけ」
そう言うと、目を閉じ少し昔を思い出すかのように思いを馳せているのか、何処から話すのか考え込んでいる様にも見えた。
「村では自分で色々出来ないと生活できないからね、先達者に教えてもらうのだけど、教えてもらいながら作ってみるのと、出来たから作ってみるのでは全然違うから、実際に使ってみたら大事な時に潰れて。一番困ったのは弓かな」
「獲物を狙っても思うように飛ばなかったのですか」
其の言葉にカリダは笑いながら
「もっと酷かったよ。弦を引いたらそのまま弓が割れてね、獲物に逃げられるわ怪我をして帰ってくるわで大変だったね」
「試射はしなかったのでしょうか」
「したらしいよ。試射は耐えられたけど、それまでだったようだね。素人が実践では通用しないってことを学んだのなら良かったのだけど、同じことを繰り返すのが子供だからね」
「しかし馬鹿な子ほど可愛いと言います。その辺りはどうなのです」
「確かに手間がかかる分、構っちゃうからね。他の子供たちが妬いちゃって宥めるのに大変だったね」
「若かりし頃の失敗ですね。他にはどのような事がありましたか」
「そうだね……剣の稽古していた時に、自分の足にぶつけて蹲っていたよ」
「習いたての人には良くあることですね。刃が付いていたら大変なことになっていたでしょう」
空に掛かる僅かな雲。蒼天とは言い難いが、冬に入ろうかとする季節のわりに日差しは暖かく、屋根の上に座り空を見上げる護衛兵は一息ついていた。
周囲を警戒しながらも、横目で楽しそうに話す二人の姿をみて。
「子供たちはメアリー子女と大部屋で勉強中、先生も執務室でお仕事中。そして居候二人は庭で井戸端会議にいそしむと。中々に平和な時間ですね」
女性の話は長いと聞きますが、今は彼女らの話に水を差さずに此方もひと時の休息を満喫しますか。
その後に機を見て話しかければいい。
警戒を怠ることは出来ないが、時には休むことも重要。
小さいながらも暖を取る設備、暖炉があり屋根には煙突が伸びている。その煙突に背を預け見る街は、更に高く伸びる建物に阻まれ遠くまでは見渡せることは無い。
周囲の建物からは矢で狙われる可能性はある。怪しい人影が建物の間を走り抜けるかもしれない。狙われるのは此処ではなく、別の場所かもしれない。
考えればキリがないが、それら全て頭の中から追い出すこともまた重要である。
どの様な事が起こるのか、想定されていたことが起こればすぐに行動を起こせるだろうが、想定外の事が起これば一瞬の迷いが生じる。
どの様な事態にも対応できる体制を整えるのならば頭の中を空っぽにし、起きたことに対して受け入れすぐに動けるようにする。
少人数で動いているからこそ取れる手ではあるが今は一人。いや、二人と言うべきか、ならば考えるより動いた方が早い。
どちらが主導権をとるかはその状況次第。どちらがいち早くもう一人へと命令できるか。
緊急事態に不謹慎化と思うが、命令するも、されるもどちらであろうと彼女の力量が分かると謂うもの。
休息のひと時を邪魔されたくはないが、何か起きてほしいと思っている自分もいる。
何も起きないのが一番良いと謂うのに。
けれど何か起きる訳もなく、冬を感じさせる冷たい風は頬撫で吹き抜けて行った。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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