#5 つかぬ間のひと時
「フェンシオ、忙しそうだが進展があったのか?」
走り回る人たちの中で一人、腕を組み何かを待ち構えているように動かずにいたフェンシオに声をかける。
「やっと来たな。もうすぐ街の兵士たちが到着するそうだ。いいタイミングだったぞ。飯は食ってきたか。これから忙しくなるから食ってないようなら、今、食っとけよ。多分飯を食ってる暇はなくなるだろうしな」
一気に捲くし立てるフェンシオを見るに、余裕がないのが分かる。
無論、街から兵が来る。そのことに尽きるのだろう。
これから始まるであろう兵との対談の場は、村の今後を決めるうえで大事となる。相手の言う事ばかり聞いているだけでは、村に不都合ばかり押し付けられるだけでなく、立場も無くなる。かと言って此方からの言い分ばかりでは、街の兵たちを怒らせるばかりか、領主にどの様な事を吹き込むのか分かったものではない。
フェンシオはどのように進めてゆくか、頭を悩ましている一因だろう。
「それと、これを渡しておく。大切なものだろ」
そう言って差し出してきたのは布に包まれた長い十字の姿をした物。布に包まれているとは言え、その姿に見覚えあった。
「これに関してはどのようなことが起きても驚かぬと思ってはいるのだが……」
いつ居なくなって、どのように戻って来るのか、もう予測不能と言っていいだろう。受け取ると同時にフェンシオが首に腕を回して、小声で話しかけてくる。
「それについては誰にも言うなよ。特に街の兵にはな。あいつらは上に昇ることばかり考えている連中だ。そいつが特別と知ったら、横取りされるだろうし、どのような扱いをされるかわからんからな。村の人たちにも言わなくていい。どこから漏れるかわからんから」
「分かった。しかしどうしてフェンシオが持っているのか聞いてよいか」
「ん? それについては時間のある時にな」
神妙な顔つきで忠告めいたことを語ったと思えば、急に軽薄な笑みを口元へ浮かべる。その変わり身の早さは少し羨ましいと思う。街に属する兵たちだけでなく、各組合との折衝をこなしてきた、彼なりの渡世術と言えよう。自分には真似できない彼の渡世術は、見習わないといけないところが多々あると改めて思う。
無愛想では旅をするに不都合がある。何をするにしても誰かと関わらずにはいられないのだから。旅にせよ他のことにせよ、それは人だけでなく、この世界に生きとし生きる者たちは術からず、実に多くの者たちと関わっている。一人で生きている、生きてゆけれると驕っている者は、決して生きてゆくことは叶わぬだろう。
「飯カリダ姉のところで食べてきた。剣も手に戻ってきた。全て問題ない。これでバケモノたちに集中できる。」
フェンシオが少し驚きを現したが、すぐに楽しそうな顔にかわる。
「良いねぇ……そう来なくっちゃな。村長の言っていた通りに兵士たちは村の守りを中心に動いてもらう。俺たちは原因を探る。頼りにしているぜ、相棒!」
そう言って拳を突き出してくる。俺自身も拳を突き出し合わせながら。
「こちらも頼りにしている、隊長殿」
お互いに笑いあう。これから臨む兵士たちの対談の場にほどよく緊張が解れたと言えよう。
「よっ! 姉ちゃんは元気だったろ。あと子供たちもみんな元気だったろ」
不意に後ろから声を掛けられ振り向く。見廻り組に決まった装備や服装と言うのはないが、それでも村を守るときに着用する装備と、彼が今、身に着けているものでは明らかに違いがあった。それは狩猟するときの装備であり、決して村を守るときに着用するものではなかった。
獣を狩るのに剣や槍では狩ることなど出来ない。獣に気づかれることなくある程度まで近づきはするが、多くは弓を使用する。
その一矢にて仕留めなければならない。仕留め損ねた手負いの獣ほど危険なものはないからだ。
剣や槍では危険な状況に陥った場合、逃げれる可能性が極端に低くなる。
狩人の装備、森に草原に溶け込めるように緑を基とし、草木より体を守るため手首足首まである服に沼地でも動けるようひざ下ぐらいまである長めの靴に、弓と矢筒を担ぐ青年がいた。アロの家の同室者のアミクスだ。
「アミクスまでこちらに回されたのか。カリダ姉とは先ほど会ってきた。アグリコと共に元気だったな」
「こっちは足りないというより、いないと言ったほうが早いからな。もともと他の役目と兼業していた人達が多く、バケモノと対峙したときに恐れてを抱いて、此方よりそっちをするって言い出す始末さ」
恐れ知らずでは、死地に飛び込みそのまま帰らぬ人となる。だが恐怖に心を折られた者を連れ出したところで、足を引っ張られ自身でさえ死地へ踏み入れてしまいかねない。無理に連れて来るより、他に回したほうが良いと判断したのだろう。
しかし、戦う意思のない者やバケモノと相対したときに腰を抜かすような者でも、自身を危うくしてしまう事があり得る。前線に出さず、限定した方策をとる分には狩人の機動力はうってつけかもしれない。
「ま、だから連絡役でもって思ってな、何人かこっちへ回してもらったのさ。実質、村で前線で戦えるのは俺とお前とトマス、ペトルスの4人ぐらいだな」
兼務とはいえ、見廻り組は10人以上はいたはず。一体どれだけ被害があったのか、広場での話し合いは村長の一方的な報告だけで終わった。その後にあった話でも聞けずじまいだった。今を逃すとまた知る機会を逃すだろうと、改めて聞いてみる。
「色々と話がうやむやになったが、確認しておきたい。村の被害はどれほどだったのか。時間はないとは言え兵が来るまではまだ少し時間があるようだ。今のうちに教えてくれぬか」
「それは俺も聞きたいな。俺も村の一員だから、聞く義務も権利もあるはずだよ」
アミクスと二人して、フェンシオに迫る。その表情から軽薄そうな口元が引き締まってゆく。
「フェンシオの知っている限りで構わぬよ」
「……まぁ、別に止められているわけではないしな。俺もすべて把握しているわけではないから、知っている限りで良いなら話すよ」
短く沈黙したかと思えば、観念したかのように村の被害を聞かせてくれた。
「まず、何から話したいいか、難しいな。……見廻り組に関してだが、兼務していたとはいえ役目についていたのは全員で十二名いた。正確に把握しているのは俺ぐらいだろうが、大体の人数は把握していると思う。そのうち五人がバケモノに殺された。後の三人は命に別状はないが、バケモノに太刀打ちできず心が折れた」
やはりというか、状況はかなり厳しくあるようだ。俺とてフォスレスを手にしていなければ心が折れていたのだから、三人を責めるわけにはいかぬ。あのバケモノと対峙し四人だけでも対抗できることを良しと、前向きに考えなければならないだろう。
「農夫が数名、こちらは正確には把握していない。この小さな村にとって数名といっても大きな被害だ。こちらに関してはアグリコのほうが詳しいだろ。まぁ、聞くなとは言わないが、その気持ちは俺たちと同じだ。察してやってくれ」
無言で頷くしかなかった。アミクスも横でフェンシオの顔をまっすぐに見つめながら頷いている。狩人の役目を選んだため、バケモノと直接渡り合っていない。アミクスにとってその被害は予想を上回っていたのだろう。弓を握る手は少し震えていた。
「あとは広場の話し合いを見ていたなら気づいただろうが、人選が変わっていることに。これは俺が言ったとは黙っていてほしいのだが、いいか?」
改めて聞いてくるフェンシオに沈黙で答える。広場で報告をしていた補佐役の人たちは二人とも役目が違っていた。その事を言っているのだろう。アミクスもこれについてはある程度予想していただろう。
「村長の長男、つまり次期村長が亡くなった」
つまりそういう事だ。村長も良い歳なのでそろそろ跡目の話が上がっており、候補として村長の二人いた息子の内、長男の名が挙がっていた。今回の騒動で、長男が亡くなったのであれば、その弟が継ぐのだろうが、長男の方は嫁を娶り息子が生まれている。まだ幼くはあるが、その子が次期村長候補となるだろう。弟の方はその幼子が跡目を継げる十四まで村長代理となるだろう。もっとも十四では継げるとはいえ周りが認めるかどうか難しいところだろうが。ならば代理ではなく弟の方を正式な村長として挙げるか。この村だけでならなんとでもなるだろうが、街を治める領主はどう思うか、どう出るか考えなくてはならない。小さな村だけでは大きな諍いにはならぬだろうが、街の事、主に領主に関することを思うと、その心労は計り知れぬなと懸念する。
だけど、跡目候補が亡くなっただけでは広場での人事、村の補佐役まで変わる説明が付かない。
「それだけではないのだろう」
隠しているわけではないだろが、物事には機と言うものがある。フェンシオはここで話すことではないと考えていたのかもしれない。問われたからか、それとも別の思いがあってか。
「まぁ、少し考えればわかることだからな、隠しても意味がないか。今回は本当に不運としか言えないだろう、バケモノが来た方向の先に村長の家があった。だからあそこまで破壊されていたんだがな。補佐役を担っていた人達も何人かやられた。これについては俺もこれ以上は知らない」
三人の間で沈黙が流れる。無理に聞き出したとは言え、被害の方は見廻り組を上回っているだろう。
これから先、連絡の拙さで行動が後手に回ってしまうと、個々でその時の最善を尽くしてもどこかで歪が出て来るであろう。それが致命傷とならなければ良いのだが。
「色々と考えるところはあるだろうが、それでも動かなければならない。連絡は俺が密にとる。その補佐役としてアミクスを筆頭に他の人たちを回してもらった」
「はぁ…とんでもない役目を引き受けたみたいだね。一番大変なのはフェンシオだけど、よろしく頼むよ。」
事情をようやく察した、アミクスが手を差し出してくる。危険はあるだろうがフェンシオに比べればまだ安全な方と言えよう。
フェンシオは差し出された手を握り返しながら。
「アミクスには走り回ってもらうつもりだからな。兵士たちへの報告に連絡、村長への相談事とやることは山ほどあるからな」
「うへぇー、引き受けなければ良かったかな」
そう言いながら肩を竦めるアミクスの表情は笑っていた。
「そして俺とフェンシオはバケモノの原因を調べることか」
「あぁ、来た方向は分かっているから、そちらに向かって調べてゆくつもりだ。ただ、俺たちだけで調べて原因が分かっても、それを証言してくれる人がいないとだめだからな。兵の中でも指揮官か、もしくは指揮官に信頼されている人を連れてゆくつもりだ。その点については向こうさんも嫌とは言えないだろう」
こちらの言葉だけで動いてくれるならば、簡単なものはない。それではいくらでも騙してくれ言っているようなものだ。それでは兵士は勤まらぬだろう。自分たちの目で確かめ、虚偽がないことを確認し、上司へ報告、申請し許可を得て初めて機能する。規律があって初めて巨大な組織は動くのだから。回りくどいがそうでなければ、ただのくずれ傭兵か野盗と大差はなくなる。
「と言っても、すぐに動けないだろうけどな。兵士と言っても着いたとたん休ませろとか、聞いてた話とは違うとか、文句言っては動こうとはしないだろうしな」
思うところがあるのだろうか、フェンシオは口をとがらせ愚痴が漏れてくる。ほっておくといつまででも続きそうだったが、あえて放置しアミクスに話を振る。
「アミクスはバケモノと対峙したのか」
「ん? いや、見ただけだな。皆の避難を優先させていたからな。だけど死体を見た後も思ったが、あれはやばいやつだね。おれじゃ役に立たないと思ったよ。フェンシオたちは良く勝てたなと感嘆したよ」
俯きながらその時の光景を思い出したのか暗く沈む。
「そのようなことはない。皆を避難させるため動いてくれたのだ、だからこそ俺たちは前に出て戦うことが出来る。役に立たないと言われてしまっては、俺たちも同じだ」
皆を守るために見廻り組がある。それは自身を含めたことでもあるのだが、他に犠牲者が出てしまっている。
役に立たないとすれば犠牲者が出た時点で、見廻り組は役に立ってないことになる。不意を突かれたなどと言い訳など誰にするのか、自分自身にするならばその者は次も同じ過ちを繰り返すだけであろう。
起きたことはなくすことは出来ない。誤ったならば次はどうすれば良いか反省し考えなければ、そこで止まってしまう。
「そうだな、バケモノと戦うことは出来ないけど、何かできないかと思って来たんだ。伝令でもなんでもこなすよ」
苦笑いしながら、その言葉の中に前向きになろうとする姿勢が見れる。
「俺とて一緒だ。出来ることを一つづつこなす。まずは街の兵たちとの対談だな。その後は原因の調査……」
そのあとは…と続けようとしたが言葉にすることを遮られた。
「うらぁー! アミクスにネムロス! 俺を放置してんじゃねえ!」
アミクスと二人、後ろから首を絞めフェンシオが叫んでくる。
「ごめん、ごめん。一人の世界に行ったみたいだからね。邪魔しちゃ悪いと思ってね」
「だからと言って放置される方が余計辛いわ! 止めろよ! 止めてくれよ」
自然と笑いがこぼれる。なんでもない事ではあったが、そこには確かにかけがえのない何かに触れた気がした。それがどういったものなのか、言葉にも形にもならぬまま心の深いところへと積もってゆく。その事すら自覚のないまま。
「で、ネムロスって、なに?」
「ぬっ……、それは……」
「こいつの名」
フェンシオの端的な説明に嘆息を突きつつ。
「……フェンシオ、それだけでは何も伝わらぬよ。」
「まぁ、なんだ、色々あってな、これからネムロスって名に変わっただけさ」
「んー、そっかよく分からないけど、大変だったんだな。」
「また、時間があるときに説明をする。すまぬな」
また、嘆息する。その陰でフェンシオ何やら呟いたようだが、こちらへ向かって走ってくる人の声でかき消された。
息も絶え絶えにフェンシオの前で立ち止まると。
「街の兵がもうじき到着する」
伝令からの報告。フェンシオだけでなく周りの人たちも、俺自身も緊張が高まってゆくのが分かる。
ついに街の兵士たちが着いた。長いと思っていたが、着いたと報告を受けると今までの時間が短く感じられる。そして、それ以上に長い対談が始まることを意味していた。
ようやく出来ました。
てか、10日ごとに更新と言うペースになっていますね。
街の兵士との対談まで行けるかな思いましたが無理でした。待っている間の出来事です。
ブックマーク、ありがとうございます。ブックマークをしてくださった方がいたことを知ったときは思わずガッツポーズが出ました。心の中だけですが。
兵との対談、どのようになるのか自分自身、予想できてないです。勢いで書いているだけとも言えます。
少しづつでも早く執筆できるよう、お届けできるよう頑張ってゆきますのでこれからもよろしくです。