#44 教会孤児院と隠れ家と
情報屋からは五日、待ってほしいと言われたが、その間何もせずにただ待っているわけにもいかず。
かと謂って無闇に歩き回る訳にもいかず。
日が在るうちは黒い服は目立ち、裏通りはどころか貧民区でさえ歩くことは憚れる。ウルラの黒服を脱いだところで隠す所など無く、手に持ち徘徊するなど通報されること間違え無しなので、やはりどこか身を隠すところが必要である。
日が出ている内は巡回兵の目が厳しく、一度目立った行動をしている為すぐに見咎められるだろう。
さて、どうするか思案どころではある。
情報屋のところで身を隠せる場所も聞いてくれば良かったかと思うほどである。さすがにそこまでは出来ないのだが。
日が落ちるまでのに出来ることを考える。身を隠す場所を探すか、まだ探索していない場所へ足を運ぶか、貧民区へ戻り現状を確認しに行くか。
剣の姿をとって隠れるのは一番楽しくない方法なので却下とする。
貧民区へ戻ったところで何も得ることはないだろう。巡回兵に見つかり追い立てられるのが関の山だ。
身を隠す場所を探すにしても、当てもなく徘徊するのは悪手としか謂えない。
ならばまだ探索していない場所へと足を踏み入れるのも悪くない。
まだ見ぬ発見が必ずあるはずだから。
街の中央を通る大通りを挟んで反対側の街並みは職人外ではなく、住宅街が多く少し広い道には個人商店も軒を連ねていた。
貧民区とは違い細い路地はあれども不快に思わない程度に整備され、人の目が良く行き届いているのがよく分かる。
どうやら兵士たちの目は貧民区やその周辺に向けられており、此方に配置されている人数は少ない。
だからと謂って汚れた黒づくめの服ではどこかのお店へと足を運びゆっくり時間を過ごすことはできないし、そもそもお金もない。売り払う物もなければ怪しい人から買ってくれる人もいないだろう。
街の外へと出るにも入るにも検問を通過するに難しく 止めといた方が良いだろう。
万策尽きた。いや、大した策は立ててないが、このままでは人気が少ない路地を歩いているとは謂えど何時かは誰かと遭遇するだろう。
着いた場所は公園と思しき場所。そしてどこにでもいる貧民区出身の浮浪者。
これ幸いとその片隅へと身を置く。浮浪者たちも初めは怪しげに目を向けていたが、何も害はないとわかると興味を失ったのか、何処かへ行ってしまった。
決して広くはないが、木々に囲まれており周辺の住人たちの憩いの場として訪れる人がいるが、私を見てもまたかと顔をするだけで気にすることなく自身の日常へと戻っていった。
夜が更けると貧民区へと足を運んだのだが、兵士たちの見張りが強化されているらしく、現場を見回ることは断念するしかなかった。
街の外へと通じる地下通路を確認したが、扉が頑丈に打ち付けられ使用できなくなっていた。
馬車でさえ入れる倉庫は、封鎖こそされてはいなかったが、遺体は片付けられ血痕だけが戦いの名残を残しているだけであった。
結局はウルラと一度の接触もなく時間だけが過ぎて行く結果となった。
昼間は姿を隠すところが無く、屋根の上で隠れていようか再度浮浪者の公園へ向かおうかと思ったが、良い隠れ蓑を得ることが出来た。
街の教会が運営している孤児院である。
倉庫よりも貧民区ある場所より大通りを挟み、街壁沿いにある小さな教会。街の中心から遠く足を運ぶ人はいないに等しい場所へと追いやられているかのように建てられていた。
屋根に飾られた十字架がなければ教会として見落としてしまいそうな質素な外観をしており、中も長椅子が左右に三脚づつしかない小さな教会であった。
中央には十字を祀られた祭壇はあるが、教会の威厳など無視したかの方に簡素に祀られている。
敬虔なる神の信徒ではないため神に祈ることはないが、ここには在ることが出来なかった者たちへ話しかける事はしている。
それが神の手前で在るか無いかは些細なことであるが。
そこに修道女に声を掛けられた。
「神は声を掛けることはなくとも、全てを見守ってくれています」
驚くことはない、教会内は少々古びてはいるものの綺麗に清められ、生活感あるれている。
静かな聖堂は人の足音が響き、ゆっくりを木霊する足音は敵意がないことを現していた。
「神に祈っていたわけではない、故人に語りかけていただけでね」
「その方は大事な方だったのですね。その方の冥福をお祈りしてもよろしいですか」
修道女が微笑みながらも許しを請う。
「……そうですね。お願いします」
フォスレスも修道女へと顔を向け微笑みを返しながら許した。
「そのような格好で現れましたので少し驚きましたが、お体の方は問題ないようで安心いたしました」
わずかに冥福を祈ってたとに、けがの心配をされ故人の身を案じられた。
どうやら獣に襲われ仲間が亡くなったのかと勘違いされたみたく、そう言われて自身の姿を改めて確認すると、黒い外套や服は切られていたり返り血が付いていたり、土埃でかなり汚れていた。
快活に動けていたとは謂え、何も知らい人が見れば目を疑うばかりの姿である。
これでは驚かれるのも無理はない。怖がられたとしても不思議ではない姿であった。
亡くなったのは昔であり、たまたま見つけた教会へ気まぐれで足を運んだと、僅かな真実を含めた虚言でうやむやにしておいた。
「これは確かに……驚かせてしまったみたいですね。怪しく見えますがお目こぼしを頂きたい」
修道女は少し驚いたように目を見開いたと思うと口元に手を当てて微笑みながら。
「このような場所へと来られる方は色々と抱えてる方が多くおられます。貴方の心を癒す場所となれば幸いです」
「ここは教会と謂うに随分と辺鄙な場所に建てられているようだが」
「そうですね、ここは孤児たちも居りますので、このような場所が丁度良いのです」
「あぁ、そうでしたか。肩身の狭い中央より、子供たちにとって闊達に過ごせる場所なのですね」
修道女は微笑んで肯定した。
「丁度良い。少々相談したいことがあるのだが、聞いては貰えるか」
「迷える子羊の声を聴き道を示すのも私の務め。私に出来る事であれば」
「気ままな風に吹かれてこの街へ着いたのは良いのですが、雨露を凌ぎ疲れた足を休ませる場所をお貸し頂きたいのです」
「まぁ、それは大変でしたね。ですがここはお客様をお泊りさせるような場所が無く、心苦しいのですがお力に成れそうにはなく」
「確かに突然のお願いにしては不躾でしたね。ではこちらのお仕事をお手伝いさせてはくれませんか」
「ありがたいご相談なのですが、皆さんのお心遣いで運営していますのでお支払でき……」
「給金は必要ありません。ついでに神の恵みも不要です。服をお借りしたいのと、数日間だけ過ごさせていただければ十分です」
修道女の言葉を遮ってこちらの要望を一気に告げる。
「そう申されても、ここには子供たちも居ります。何かあれば私だけでなく牧師様にもご迷惑をおかけしてしまいますし、数日後には災害を受けた村の子供たちを預かることになっています。今はとても……」
「そうですか、では仕方ありませんね」
修道女が安堵の息を吐くが、そこに差し出されたものについて理解できなかったようで、「えっ」と言葉を漏らすと目を見開いて固まった。
先ほどと変わらぬ微笑みを浮かべながら、短剣を修道女へ突き出すフォスレスに、何をしようとしているのか尋ねるべく
「あ、あの……」
修道女とは少し距離がある。首元へではなく、ただ短剣の切っ先が彼女へ向かっているだけである。
荒事には慣れていないのだろう、街の辺鄙ではあるがそれでも街の中。盗賊や物取りなどは来たことがないのが狼狽えようからよく分かる。
「これ以上の交渉は少々面倒になりまして、此方の方が楽かなと思ったのです。これでまだ断られるようであれば、次は子供たちを人質に取ろうかと思いますが、如何でしょうか」
「ぼ、牧師様にお聞きしますのでお待ちいただけますでしょうか」
「あぁ、それならご一緒いたします」
「そちらの事情まではお伺いいたしませんが、要望は分かりました。まずはそちらを仕舞って頂けると、これより先のお話もお互い気兼ねなく進めるかと存じますが」
修道女に連れられ牧師の部屋へと案内されたときには、すでに起きており朝のお勤めをしていた。
初めは何事ぞと驚いていたが、修道女の話を聞いて今に至る。
短剣は抜身のまま手にしていた為か、仕舞えば前向きに話を聞いてくれるとのこと。
または、まずは此方の話を聞いたのだから、向こうしては物騒なものを仕舞えるのが要望でそれから話を進めようと言っている。
こちらとて異論はない。元々短剣を使って脅すのは予定外であった訳で、話し合いで済むのであればそれに越したことはない。
「それと、ここは私の私室でね。応接間があれば良いのだけど無いので申し訳ないが食堂の方でお願いできますかな」
「えぇ、このような場所でする話ではないかと思いますので構いませんよ」
「ではメアリー、案内をお願いします。私もすぐに参りますので」
「分かりました。では、こちらへどうぞ」
案内と謂っても教会孤児院としては大きくない。牧師の私室へと行くときに通った食堂へと通された。
メアリーは案内よりも、牧師自身が準備するための時間を取る為なのだろう。
「では、此方でお待ちください。お茶の用意をしてきます」
メアリーがお茶の用意を終えて戻ってくる頃には、牧師も身なりを整えやってきた。
僅かながらも黒髪を名残が見受けられる白髪を後ろへと流し、深いしわを湛えて柔和に微笑んでいる。
六十にはなろうかと思えるが姿勢は整っている。服は黒に白の縁取り、性格なのか職業柄なのか襟元まできっちりと閉めている。
「お待たせして申し訳ないです」
「無理を申したのは此方です。まずは先ほどの非礼をお詫びさせて頂きたく」
「受け取りましょう。確かに驚きはしたものの、貴方にも事情があるのでしょう。まずは場を改めて……」
牧師は一口、お茶を飲み一息ついてから。
「初めまして。私はアゲウルブス教会孤児院の牧師を務めさせていただいておりますアケルブムと申します。彼方に居りますは修道女のメアリーです」
「私は……フォスレス。旅人のフォスレスです」
一瞬、正直に応えるかどうか迷ってしまった。ここで偽名を使っても特に問題は起こらないのだろうが、何となく誠実さに掛けるよう思えた。一瞬言い淀んでしまったのは拙かったが、彼の心象に悪い印象を与えてなければ良いのだが。
「旅人……ですか。まずは事情をお聞かせ願います。全てはそこから判断いたしたいと思います」
「詳しくはお話しできませんが、宿に泊まるにもお金が無く。女の身、石畳を寝所とするには避けたく思い彷徨っているところに此処を見つけました。数日で良いので奉仕させていただければと」
「甚く大変でしたね。今までお一人で旅されていたのでしょうか」
「最近までは一人でしたが、道中共に居てくれる方が出来ました。しかし訳在って別行動となっており、今しばらくはこの街に滞在する予定となったのです。その際に荷物のほとんどを預けていましたので受け取る暇もなく」
「その身なり、色々とあったでしょうがお聞きしても」
「路上を歩いていると絡まれることも多々あります。その際に荒事になることはありますから。そして私は旅人ですからね、服が擦れるのは仕方ありませんし、日々の糧を得るためには獣を狩れば解体せねばなりません」
嘘ではないが真実でもない。もしくは真実が多分に含まれた嘘とも謂える。
最もこの様な話は信じてもらえるわけもなく、お互いに腹の中を探り合いするかのようにアケルブム牧師は話している途中、フォスレスの目をずっと見ていた。フォスレスもまた目を逸らすことなく、牧師に正対しながら言葉を紡いでいった。
フォスレスが言葉を終えた後はわずかなばかりの静寂が場を支配したと思うと、牧師が一息吐くと共にお茶を一口含む。
何かを考えているのだろうが、問うことは出来ない。牧師の言葉を待つばかりである。
「分かりました。これが最後の質問です。このお話をお断りすると今度は私に剣を向けるのでしょうか」
「出来るならば話し合いで終えたいですが、無理なようでしたらそれも吝かではありません。しかしそれでも決裂するならば諦めるしかないと思っています」
牧師の顔が怪訝に歪む。判断するに理解が追い付かないのか言葉が出てこない様である。
彼に対する答えは私でも少し楽しい答えであったと思う。何せ話し合いで断られたのならば力で脅し、それでも無理ならば諦めると伝えたのだ。
力で訴えるのならば従えさせるのが前提であり、断られたら諦めると謂う選択肢は普通はない。
からかっているわけではないが、牧師の頭を抱える姿が楽しく思えてしまう。
やがて意を決したのか。
「……分かりました。貴方の条件を飲むと致しましょう」
「ありがとう存じます」
様々な思いを抱えてだろう、此方の言葉が全て嘘だと気付いているやもしれないが、それら全てを言葉通り飲み込んで受け入れてくれた。
断られても仕方ない願いを受け入れてくれたものは一体何だったのか、聞くとことは出来なかった。
「メアリー、フォスレスに服をお願いします。」
「アケルブム先生、一つ確認させて頂きたいのですが、例の村の子供たちを受け入れるにあたって部屋数が足りなくなってしまいますがどういたしましょう」
「それに関してはまた後程考えましょう」
「そこまでご迷惑をお掛けする訳には行きません。それまでにはお暇出来る様に都合をつけてみます」
「こちらにも事情で申し訳ないが、そう言って下さると助かります」
「分かりました。では部屋にご案内いたしますので、お着換えの方もそちらでお願いします」
村の子供たちを受け入れると言ったが、エファー村の子供たちに違いない。
村に居た時も街で一時的に預かることとなっていたので、その先がここだったという訳だ。
奇妙な縁と謂うのか、必然と謂うのか……ネムロスが聞いたならば会えることに喜ぶのか、旅だったのにすぐに会うのは気恥ずかしいと思うのか。その時の顔が見ものではあるが、実際に遭える時間が取れるのかは分からないかな。
部屋に案内してもらい修道女の服へと着替える。姿見がない為どのような感じなのか分からないが、晒しているのは手と顔、余程でなければ似合わないという事はないだろう。
寝台の上に畳んだウルラの黒服見る。これからも必要となってくるため処分は出来ない。汚れている為洗濯はするが、外に干しておくことは出来ない。
まぁ、しばらくはここで大人しく過ごさせてもらうとして、その間彼女らの身が心配ではあるが今のところどうすることも出来ない。
無事を祈るしかないだろう。今後の情報屋の仕事ぶりに期待しつつ、部屋を後にした。
ひと月に一度の更新、遅い更新にも関わらず
いつも読んでくださりありがとうございます。
これからもよろしくです。