#30 旅人へ……
ドサッと荷とマントが地に落ちる。
これから先、起こることは荷どころか動きを阻害するようなマントを身に着けていては、フェンシオの動きについて行く事は難しいだろう。
こちらはは左手に剣を持ち正眼の構えに対して、フェンシオは足を開き斜に構え重心は前足に右手に持つカトラスは下段にと、独自の構え。
本来ならば左手にもカトラスを持っているはずだが、今は一刀のみである。
「色々と聞きたいところではあるが、どうせ答えてはくれまい」
「勝ったなら話してやるっよ!」
言い終わるか終わらないかと同時に下段から跳ね上がり逆袈裟から切りかかる。
あいさつ代わりの一太刀。右手から逆袈裟は本来なら悪手と言える。自身の腕が自らの視界を防ぐゆえに。
あえて使ってきたのは、ネムロスが左手に剣を持つゆえだろう。
ここで引いて避けることも出来るが、それでは勝負より逃げることを意味しフェンシオと分かり合う機会を逃してしまうだろう。
だから一歩前に。フェンシオの剣を受けるため剣を振るう。
鋼と鋼がぶつかり合い、火花を散らす。
お互いの剣を交え、相も変わらず皮肉めいた笑みを浮かべるフェンシオに。
「もう一刀は良いのか」
「てめぇ如き一刀で十分だよ。お前の方こそ剣の力を使ってもいいだぜ」
「剣に頼らなくとも、勝って見せるさ」
深蒼の剣の力を使わなければ刃を落としたブロードソートと何ら変わらぬだろう。
だから良い。
深蒼の剣の力に頼って勝っては意味がない。使ってしまってはフェンシオに勝てないと証明しているようなものであり、俺自身一人では何もできないと宣言しているようなものである。
それでは認められないだろう。決して一人ではないにしても、フェンシオとはここで清算しておくため、その皮肉めいた笑みに向かって今まで思っていたことと共に。
「そして、その腹立たしい笑い顔を消してやる!」
笑っていた顔が変わった。皮肉めいた笑みから凶悪な笑い顔に。
「いいねぇ、出来るものならな」
鍔迫り合いから一旦離れ、再度構える。
ネムロスは正眼に、フェンシオは斜に構え剣先は真っ直ぐにネムロスへと向けて。
お互い語ることは語った。挨拶もし終えた。後はやり合うだけ。
実力としてはネムロスが下といえよう。ならばこちらから攻めるのが礼儀。
受けに回ったところで、勝つことは出来ない。迂闊に攻めることは愚かであるが、待っているだけでは勝ちは拾えない。
様子見の一太刀ではなく、勝つための一太刀。
今まで得たもの全てを込めて、一歩踏み込む。
山間に響く鋼同士がぶつかり合う音。
フェンシオのカトラスが上に下に、右と思えば左から迫ってくるのを受け、或いは避けて負けじと打ち込む。
カトラスは片手剣であり、速さでもって敵を斬る。対してブロードソードは両手剣であり、その重さでもって敵を叩き斬る剣である。
手数で勝負されれば、小回りの利くカトラスの方が有利だろうが、一撃でも受け様ならば一発で逆転できるネムロスに分がある。
ネムロスはカトラスを捌きつつ、隙を見つけて打ち込むことを主眼に置いて立ち回る。
たとえ隙を見つけ打ち込もうにも、その隙はフェンシオの誘いであったならば不利になるのはネムロスの方。
されど焦って勝負を仕掛けたところで返り討ちに遭うのは目に見えている。
フェンシオのカトラスを受けながら、そして避けながら隙をつく。と、言うのが定石になるだろうが、それではフェンシオのムカつく顔を殴るに至るにどれほど時間がかかるか。隙を伺っていただけではいずれ押し切られて負けるだろう。
だから、太刀筋を少し変化させる。狙いはフェンシオの持つカトラス。
横薙ぎに迫るカトラスに上から打ち込む。フェンシオもこちらの太刀筋の変化に対応し、力点をずらし受ける。
フェンシオの猛攻が僅かに止まるが、それを確認する前に剣を横にフェンシオの首を狙って薙ぐも、フェンシオは後ろへ飛び回避する。
着地した足を軸に一歩踏み込んで袈裟切りも、ネムロスは剣の切っ先を返し弾く。
お互い距離が開いたところで。
「やるようになったな」
「いつまでもお前の後ろを歩いていると思うな。それにいい機会だ、そろそろおにいちゃん離れをしよう」
「面倒かかる弟を持つと苦労するというが本当だな。だけどな、まだ教えてないことがあるからな、それを教えてからだな」
言いたいことは終えたのか、ネムロスとの距離を一足で詰めそのまま右薙。
ネムロスは一歩前に出て振り下ろして弾き、その反動かフェンシオの体が崩れる。
その瞬間を好機と捉え左切上げ。
たとえ刃落ちの剣であろうと、それが木剣であろうと、当たり所が悪ければ死んでしまう。
このまま切り上げれば刃は確実に頭を捕らえるであろう。
防具もなく鉄の剣がぶつかれば、待っているのは死。例え死ななくてもこれから生き行くには難しいほどの障害が残ると思われる。
が、躊躇していては負けるのはこちら。一気に振り上げる。
手に伝わるのは肉を裂き骨を砕く感触とは別物。
聞こえる音は鈍く低く響き渡る。見えるは飛び散る血ではなく、わずかな火花。
フェンシオの頭と深蒼の剣との間には、腕があり剣を受け止めている。
フェンシオは叩きつけられた勢いを殺さずに起き上がり態勢を整える。
笑っている。いつも笑っている。そして今も。
そして笑いながらカトラスを左薙。
回避するも受けるも渾身の一太刀を防がれ、崩れた態勢では間に合わないし受けきれない。
ならば、さらに前に出てフェンシオに体当たりを敢行する。
ここで体当たりなど予想していなかったのか、押されて後ろへと下がるフェンシオ。
お互いに剣の間合い。再度振り下ろされるカトラスと、振り上げられる深蒼の剣。
ぶつかり、弾かれたのはフェンシオのカトラス。
このまま振り下ろしても避けられるのは目に見えている。これ以上続けても千日手とはいかぬだろうが無駄に時間を消費するだけである。
勝負をかけるべく、腰に括り付けていたファキオの短剣を引き抜き刺突。
フェンシオは予想していなかったはず。剣の勝負に剣以外を使うのはと思うもしれぬが、剣の腕を競っているわけではない。そしてここがこれからの分水嶺。フェンシオに勝つべく……。
だけどネムロスの刺突より一瞬早く体を丸め体を捻っている。
体当たりならば体を捻る必要はない。この近距離と体より突き出した左肘。来るのは肘鉄。
狙いは分かったが、こちらも短剣による刺突を止めることは出来ない。
フェンシオの肘とネムロスの短剣が交差する。
短剣がフェンシオを肩を霞め、服を裂き肉を切るが止まることなく、フェンシオの肘がネムロスの鳩尾へと入る。
重い一撃が、肺の空気を全て吐き出させる。動こうと藻掻くも動けず、その一撃を見上げる形となる。
ゆっくりと振り下ろされるカトラス。遅いと思う。これならば息を整え避すことが出来る。
だけどどれだけ体を動かそうとしても動かず、ゆっくりと迫るフェンシオの剣を、フェンシオの顔を見ながら。
「てめぇに剣士なんてむいてねぇ! 旅人になるんだろ、ネムロス!」
言葉と共に衝撃が一気に駆け抜けた。
気が付いたら、地面に寝ていた。
どこまでも吹き抜ける蒼い空を見ながら、それはよく似ていると思った。
だけど、それは夜明け前の夜と朝が混沌した、東雲色の空だろう。フォスレスにはそれが一番似合っていると思った。
体中が痛いと言えば痛いが、主にと聞かれると鳩尾と左肩と答えられる。
そしてまだ痛みは芯に残っており、気を失っていたのは短い時間と思われるが、怪我が思いのほか深く痛みが引いていないのやもしれぬ。
動く右手で左肩に触れ、傷の具合を確かめる。フェンシオの剣で切られたはずであるから、普通であれば出血多量で死に至ったとしても不思議ではない。
服が血でにじんでなければ、骨も折れていないようである。
確かに切られたはずだが軽傷で済んだのはどういうことか、それを知る人物へと聞くほかない。
「俺はどれぐらい気を失っていた」
「俺の息が整うぐらいの時間だな」
ならば気を失っていたのはわずかな間だろう。後は。
「肩は斬られたはずだが」
フェンシオは大きく息を吐きだすと。
「質問ばかりだな。少しはゆっくり休ませろよ。それに勝ったのは俺の方だぜ。ま、いいだけどよ」
確かに敗者が何かを求めることは出来ない。それに一番聞きたいことは聞いた。あの一言を伝えたいために剣を交えたのだろう。
「そうだな、俺は負けた。ならば何をどうしたい」
ネムロスの返答に、大きくため息をつきながら。
「ねぇよ。だから答えてやる。まずは自分の幸運に感謝するんだな」
そう言って見せたのは折れたカトラス。
幾度となく打ち合った末、刀身にかなりの損傷を負ったのだろう。肩を打ち据えた時には耐えきれなくなり折れたのだと思うが…。
「たとえ力は使ってなくとも剣の格が違うからな。いや、比べること自体が違ってるのだろうが」
ファキオが打ち造った剣が悪い訳ではない。名剣と言わずとも刀匠よりお墨付きをもらえるぐらいの腕前は持っている。
それ以上にフォスレスが上だったと言う事だけで、現に刃こぼれ一つしていない。
これが不変と言う事なのかもしれないが。
「結局は最後まで俺は勝てなかったな」
「勝ち逃げさせる気はなかったからな。これで俺の完全勝利だ」
痛む体に鞭を打つ、辛うじて上体を起こすことが出来た。
フェンシオは皮肉めいた笑みを浮かべながら。
「最後に一つだけ伝えておく。お前の名前は俺が預かっておく。あの爺さんでは帰ってきた頃には土の中だろしな。返せるものも返せんだろう」
「ならばその時に勝って取り返してみせよう」
「言ったな。良いぜ、首を洗って待っててやるよ」
その言葉を最後にとばかりに、来た道を引き返して行くフェンシオに。
「せいぜい覚悟しておけ」
最後となるだろう言葉を告げ、見えなくなるまで見送った。
『そろそろ動けるぐらいまではなったのではないでしょうか』
フェンシオが去ってから四半刻ぐらいたっただろうか。
立てないわけではなかったが、打ち据えられて痛む肩では荷物など背負えるわけもなく、少し回復するまではと休んでいたところ、フォスレスに声を掛けられた。
「心なしか傷の治りが早いような気がするが」
『私には身体の自己治癒能力を少しだけ向上させることが出来ますので。最も触れていなければなりませんし、向上すると言っても僅かですから期待するほどでもありませんよ』
薪に火をつけることと言い、怪我を回復させれると言い。
「聞いていると何でも出来るような気がしてならぬのだが」
『それほど便利なものではありません。まぁ旅をする上で少しは力になれる程度ですね』
「だが、体が軽くなった。礼は言わねばならんな」
『礼には及びませんよ。下僕の世話は主の役目ですからね。ではそろそろ山を下り、街へと向かいましょうか』
「了解した。主殿」
『……その呼び名はやめましょうか。自身で振って置いてなんですが、今まで通りフォスレスで良いですよ』
冗談と分かってはいたが、まともに返されて恥ずかしかったのか困惑するフォスレスに苦笑で返す。
まだ痛む身体ではあるものの、フォスレスのおかげで荷を背負い歩く分には支障ないほどに回復はした。
山を下りながらも、ただフォスレスと呼ぶだけでは締まりがないだろう。
これから追々考えて行けば良いかもしれぬが、なし崩し的にフォスレスとなるやもしれない。
それはそれで良いかもしれぬが。
「少し考えたのだが、フォスレスだけでは物足りぬと思ってな」
『その意図するところは』
「その刀身、深く蒼い刀身が夜明け前の夜空に似ていると思うてな。東雲色」
『……私に名をつけると』
「いや、そんないいものではないのだが、そうなるか」
フォスレスは沈黙をもって先を促しているのか、山間にある村を一望できる場所へとたどり着く。
村の人々はすでに後続隊の兵士たちと畑仕事や家屋の修繕などに取り組んでいるのが遠目でも確認できる。
あの中にアロの家の皆やフェンシオもいるのだろう。
いつか村から出る。そう思っていたが、このような形になるとは思わなかった。
せいぜい街へと移り住むぐらいしか思っていなかったが、根無し草になろうとは。
地に足をつけて日々を安穏と暮らす。
ここでフォスレスを投げれば取り戻せるやもしれぬが……、ここまで来れば戻ることなど出来ようもなく、そして戻る気もなく。
だから。
「東雲の剣」
これから共に歩む相棒へ。気に入ってくれるかどうかは分からぬが、今回の報恩として贈る。
『なるほど、良い銘ですね。少し意外でしたが気に入りました』
少し柔らかな言葉。これで人の姿であればだれもが魅了される微笑みを湛えていたのであろうか。
その中に少し侘しさが混ざっていたが、ネムロスには気が付かない。
『東雲の剣フォスレス。そうですね、ただのフォスレスよりずっと素敵ですね。ありがたく受け取ります』
「名を、俺に新たな名をくれたのでな、少しではあるが返すことが出来たならば幸いだ」
これで少しでも受け取った恩を返すことが出来たならば、たとえそれが村の人々ではなくとも、自身のエゴであろうとも。
村の中にフェンシオを見た気がした。
思い出すのはネムロスの心に深く突き刺さったフェンシオの言葉。
<<てめぇに剣士なんてむいてねぇ! 旅人になるんだろ、ネムロス!>>
最後に貰ったフェンシオの言葉が、後に俺を旅人として縛る鎖にもなるが、俺を俺として繋ぎとめる楔もなることとなる。
「街へ行くとするか」
進む足は村の反対側。街へ向かって歩き出した。
こうして俺は旅人となった。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
次話より街編に入ります。
1年と8ヶ月かかりようやく旅立つことが出来ました。
更新ペースは遅いですがこれからもよろしくお願いします




