#2 覚悟と、村の話し合い
くすんだ空気が鼻孔をさし、惨劇の傷跡が日の出とともに明らかになってくる。
家屋を焼いていた火が鎮火したのは日が昇ろうかとする時刻であった。
皆、寝る間もなく川から汲んだ水で消火に当たっていたが、まさに焼け石に水状態であった。それが分かっていたとしても、何度も水を汲んでは火に向け撒いていく作業を、いつ終わるともなく繰り返す。
すべてが鎮火しおえたときには、被害がなかった木陰などに座り込み、そのまま寝入る者たちがそこかしこに見受けられた。
新たなバケモノたち、もしくは引き返してきたバケモノたちによる襲撃の心配はあったが杞憂で終わったようだ。
件の剣はいずこかへと消えていた。自身も火を消す為、川より水を汲む際に傍らへ立てかけて目を離した一瞬の隙に消えていた。手に入れた経緯からどのようなことが起きても不思議ではないが、消えるとは思っていなかっただけに驚きはした。例の約束のことを考えればすぐに再会するであろうと思うと、剣の事より火を消すことに頭を切り替える。
消火の作業のほうも一段落すると、周囲を見渡す余裕ができる。体を動かしていないとつい先のことを考えてしまい憂鬱になるが、今は疲れた体を休めるべく、ひと眠りしたいと思うが気掛かりなことがあり休むことも出来ない。
歩け、と足に喝を入れ歩き出そうとした矢先、村長から告げられる。
「バケモノについていろいろと聞きたいことはあるが、まずは火消しの労をねぎらっておこう。一刻後に此れからの事について話し合いを行う。此処にいる皆もそれまで休み同席するがよい」
一方的に告げて立ち去る村長の背に言葉なく頭を下げて応じる。
バケモノ退治と家屋の鎮火が済めば、生存者と村の被害状況確認。
それらを確認し終えた後に話し合うのだろう。
始まる時間まではまだ時間はある。気掛かりな事はありが、確認したくとも体が悲鳴を上げ始めた。
腰の力が抜けてゆき膝が笑い始めた。
緊張の糸が切れた。疲労が一気に押し寄せ僅かにあった気力が押し流される。
幸いに少し離れたところに屋根や壁は崩れていたが、床は比較的無事であった家屋を見つける。
丁度良い、地面の上で寝ては死んだものと勘違いされるやも知れなかった故。
中には布を持ち寄り簡易な寝床を作って寝ていた子供たちがいた。傍には母親らしき人が子供たちを寝かしつけていた。
起きていた母親に休憩場所を貸してほしいと頼むと、戸口を挟んだ土間の上へ板を敷き布を被せ簡易な寝床を作ってくれた。
母親へ一刻後には話し合いがあると告げると、聞いていたらしく始まる時間には起こしてくれるとのこと。
ありがたく礼を述べると休息をとるべく横たわろうとするも、力の入らなくなった体は崩れ落ちるように倒れてしまった。疲れ切っていた体は意識を失うのはそう時間がかからなかった。
体は疲れていただろうが、気が高ぶっていたためか物音がしたかと思うと目覚めた。目は開くが身動ぎ一つせず周囲の気配を探るが人の気配はなく、物音は気のせいかと身を起こすと、何処から現れたのか深蒼の剣が戸口に立てかけられていた。
「……すぐに戻って来るとは思ったが、こんなにも早くとはな」
深蒼の剣と例の女については、無関係などとは疑うべくなく、魔剣や化身と言う言葉が頭を横切った。
例の約束のことも気になるが、今は優先すべきことが多くある。急ぐようであれば、何かしら言ってくるだろう。それに今戻ってきたということは、此れからの事を話す場に同席するつもりなのかもしれない。そう思っていると。
「おや、起きてたのかい。そろそろ話し合いの時間だから起こそうと思っていたんだけど、手間が省けたかな」
仮眠をとる前に約束した通り時間になったので起こしに来てくれたのであろう、年配の女性が戸口に立っていた。
「いや、今起きたばかりでな。寝屋をお借りした」
「集会所は焼け落ちたからね、村の広間で話し合うそうだよ」
「うぬ、了解した」
話し合いの場となる広場に向かうべく立ち上がり、剣を取るべく伸ばした手が一瞬、止まる。
まだ見えぬ先への不安、焦燥、憤り、理不尽なこともあるが、深蒼の剣に助けられたのは事実。
「・・・ならばこそか」
「ん、何か言ったかい?」
首を傾げよく聞こえなかったと、聞き返してくるが、口の端だけ持ち上げて、言葉を返しておく。
「いや、布を貰えるかと思うてな」
「布?あぁ、剣を包むのかい? 抜き身では危ないだろうからね。丁度良いのがあるよ。持ってくるから少し待っときな」
戸口に立てかけられている剣を見て納得し、奥へと向かったと思うとすぐに戻って来る。
「これでどうかな。焼け残った布で捨てるしかないと思っていたところだし、包むにはちょうど良い大きさだと思うのだけど」
受け取った布は、周囲が焼けこげ、所々煤こけている。確かに何かに使えるわけでなく、捨てるしかなかっただろうが、剣の刀身を包むには十分な大きさであった。
「すまぬな、ありがたく頂こう」
再度、剣に伸ばすその手に覚悟を決める。自身の心に迷うなと叱責し、柄を力強く握りしめ。
「では、行くとしようか」
その言葉は自分自身に言うかの如く、その足取りに迷いはなかった。
村の広場と言っても何かあるわけでもなく、踏み固まれた土がむき出しの上に茣蓙や、中には焼け崩れた木材を椅子代わりにしている人たちがいた。
まだ、皆が揃っていないのか中央で胡坐をかき、目をつぶっているのにもかかわらずに異様な雰囲気を出している村長の姿は、見ているものを畏怖し誰もが押し黙っていた。
「やっと来たようだな。来ないのかと心配したぞ」
不意に後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには、青年が立っていた。短い髪をかき揚げ、軽薄そうな笑みを浮かべながら、何を心配していたのか考え込んでしまう。
「村の見廻りはよ良いのか。警邏長殿」
「ふむ、部下の様子を見るのも上に立つ者の義務であるゆえに。バケモノの心配はあるにせよ、此れからの事は俺たちにも指示はあるだろう」
小さな村にたいそうな役職などないのに大仰しい物言いに、同じく腕を組み大仰に頷く。その仕草は誰もが見ても軽く見られるのだろうが、特に気にした様子もなかった。
これから開かれる話し合いには何かしら指示があると確信しているようだが、それは何でもないと言うように振る舞っているようであった。
「村長から何か指示が?」
「それを今からあるのだろ。後は村の状況を確認している者達が戻ってきたら始めるそうだ」
確実に何か指示を受けていると推測するも、問いただすより少し待てばわかる事だと思い押し黙る。
「そのときは協力願うぜ」
胸を軽く拳で叩かれ、相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべ、同じく村を見廻りにつく上役の言葉に、小さく嘆息をつくと了解返しておいた。
もう少しで始まるであろう話し合いの場は、ざわめきはあれども騒ぎ立てるものはおらず、状況の見回っている村の仲間が村長に駆け寄ってくるまでしばらくの時間があった。
程なく村長に二人ほど駆け寄ってゆく。村の状況を確認してきた人たちであろう。村長に報告するとそのまま、それぞれ村長の隣に座ると。
「さて、皆そろったみたいだな。始めようか」
予定されていた時間より少し遅くなったようだが、村長のその一言でざわつきが静まり返る。
何人か村の大事を預かる人たちの顔が見当たらないが。
「まずは皆の尽力を労っておこう。これからも大変だが力をお借りする」
そう言って頭を下げる村長に皆、無言で頷く。これからが話される村の惨状について誰もが固唾を飲む。
「被害のほうについては、家屋は9割がた倒壊しておる。残った家はあるが、そのままでは住むことはできん。家についてはすべて破壊されたと言うことだな」
分かっていた事とはいえ、事実を告げられると辛さが、遣る瀬無さが募る。皆して村長の次の言葉を待つ。
「まず、家については応急処置と簡易小屋を作り子供たちの寝る場所を作ることとする。その後に倒壊した家屋の解体、新たに建てるとする。これについては男衆たちよ、右の者を陣頭に当たれ」
村中の家屋の状況を調べてきていたのだろう、以前より村長や次期村長の補佐役をしていた一人であったが、家屋などの管理の仕事には従事していなかったはずだが。
村長の右に座っていた男が立つと。
「やることは多く大変だが、皆の力があれば成し遂げられるだろう。詳しい話は後程にするが、よろしく頼む」
簡単な挨拶をすますと、そのまま座る。村長は頷き続ける。
「次に田畑についてだが、こちらの被害は多くない。バケモノどもは目につく大きなものを破壊していたためだろう。食い散らかされたことはなく、踏み荒らされただけであった。街へ卸すものがなくなってしまったが、わずかな種と村の消費分は確保できよう。踏み荒らされた田畑も手を入れれば収穫できるやもしれん」
こちらはバケモノの襲撃に比べ、比較的少ないと喜ぶものもいれば、村の収入源がなくなったこと嘆く者もいる。
村の収入源がなければ倒壊した家を建て直す材木等の費用や、その他これからかかるであろう費用がまかなえないわけだが。
村長が次に告げた言葉は村人たちの気持ちを暗澹させるには十分な言葉であった。
「ただ、納屋に保管していた種が焼けた。今使い物になる種を分けてもらっているところだが、どれだけ使い物になるかは期待しないほうが良いだろう」
今年の冬は越せる。だが来年植えるものがないという事実は村に飢饉が訪れるとのこと、それは餓死者が出ることを意味していた。
「無論、領主へ陳情は出す。何人かは街へ出稼ぎをしてもらわねばならんだろう。だが先に田畑の手入れが先だ。これについては左の者を陣頭に女衆と子供たちがあたれ」
田畑に植えている作物は収穫できるまでまだ時間がかかる。休耕田や種もみの把握等の仕事も含まれるわけだが、これらを含め違う者が取り仕切っていたはずだが。
村長の左に座っていた男が立ち上がり。
「種もみの確認は今、他の者に任しているところだ。田畑については子供たちの力も期待している。少しでも多く収穫できるよう、協力をよろしく頼む」
補佐役の二人ともその顔に浮かぶ硬い表情からは、突き詰められた現状の厳しさを知るには充分であった。
二人の置かれている状況から、ある程度推測できるが確認しておきたかったのと、そのことを知っておかなければ、ならないだろうと思い、隣で自身と同じ辛辣な顔をしていた同僚に。
「少し聞いてよいか」
「まぁ…、言わんとすることは予想できるが、後にしようや。まだ村長の話は続いているからな」
口調は軽いままであったが、硬い表情とは一致しておらず、今聞いた話は自身同様に初耳だったようだ。
どちらも押し黙り、村長の話を聞くべく耳を傾ける。
周りがざわめき始めるも、村長の話は続いてゆく。言葉が紡がれ始めると一様に静かになる。
「今、村の被害状況をまとめているところだ。領主様へは報告と緊急対応を取ってもらうべく使者を送っておる。その内容の一つにバケモノに対する出兵と、被害にあった田畑や家屋の復興の助力が含まれておる。復興への人足のほうは任せるとして、バケモノ対応については見廻りの者たちと共にあたれ。そして再度、領主様へ被害状況と今後の対応を決めるため、領主様の元へ戻ってもらう」
全てに根回しが終わっているかのように、決められていることを皆に告げてゆく村長の前に皆、頷くしかなかった。
街の領主がどれほど兵を、人を出してくれる分からない今は、割り振りどうするかを決めるより、最悪の事態を考えて動いたほうがいいだろう。つまり、派兵も人も来ないという事態を。
村の見回りについていた俺は、横で見回り組をまとめている同僚の横顔を確認する。考えていることは同じようで、お互いに苦笑いをするしかなかった。
「ま、当然だが被害は俺たち見回り組が一番多い。バケモノたちを食い止めるために矢面にたったからな」
こともなげに言うその言動からは平静を装っているが、剣を握る手を見るに憤りがあるのをわかる。
「村の見回りにバケモノたちの行方と対応、その発生原因の確認とやらなければならないのは多いな」
嘆息つきつつ、人手不足となった見廻り組のやることを述べる。全てがすぐに行動し確認しなければならない事ばかりであるが、全てをこなすには人手が足りなさ過ぎた。
「だが、やるしかないだろう。人は多いことに越したことはないが、いないからと言ってやらないわけにもいかんからな」
出来ることから回せばよいのだろうが、どこから手を出せばよいのか、まずは人員の把握からかと自分が決めるわけでもないのに考えてみてみる。
それに、動いていれば、変に考え込むこともないだろう。
「忙しいのは何も俺たちだけではないしな、他も一緒さ」
そういう口調の軽さは場を和ませようとしているのか、頼もしくも聞こえた。
自分たちのことを話している間にも、村長の話は続いている。
「見廻り組には街からの兵と共に動いてもらうが、主にバケモノたちの行方と村の警護をしてもらう。後の采配は任せる」
一歩前に出る隣人の顔には先ほどまでの表情は消え、神妙な面持ちをして。
「皆の命を預かることに誇りをもってあたり、そして成しえるために力を合わせたい。よろしく頼む」
もともと少なかった見廻り組ではあったが、今回のことでさらに人が減っているにも関わらず、士気は高い。村の仲間たちも、疲れているはずなのに復興にむけ前向きである。それだけ後がないということだろう。
村長の指示、街の兵についての扱いについてはどういう意図があるのか。深読みは良くないだろうが気になる言い方であり、心の片隅に引っかかった。
それから村長の最後の激励があり、解散の一言で集まっていた村人たちは、自分たちに与えられた仕事に従事すべく、去ってゆく人もいれば、家屋や田畑について指示を仰ぐべく陣頭指揮者の元へと集まる人たちと、それぞれに動いてゆく。
今日の話の中に被害のことについては触れられていなかったが、人の割り振り方から思うに、亡くなったのは村の上役が多いということだろう。
解散と告げたにも関わらず、村長はこちらをにらみ同僚と自分にも、話があると呼び寄せ留まらせた。
「二人には別に話がある、顔を貸してもらうぞ。場所を変える、ついてこい」
「了解。見廻り組に少々指示出してきますので、少し待ってください」
そう告げると、見廻り組に指示を出すべく場を離れてゆく。
村長と二人、戻って来るのを待っている間に、話があることを告げておくことにした。
「私も少々お話と、聞きたいことがあります」
村長は無言で睨むもすぐに深蒼の剣に目を向けてきた。刀身は布で包んであるとはいえ柄だけでも目立つ。村長の話の中には、この剣のことも含まれているのだろう。
「すまん、待たせた。では行こうか」
重い沈黙の中、村長を先頭に3人そろって歩き出す。
惨劇から一晩たったが、気持ちはまだ闇の中であった。曇った空はいつ降り出してもおかしくはない空模様をしており、自身の心情を表しているようであった。
2話目がようやく書きあがりました。
執筆しているときは楽しいですが、いざアップするときは緊張しますね。
まだまだ自分の語彙のなさに悩みながら、最近では皆さんの作品を読むときに、ただ読むのではなく、どのように書いているのか、先達者の見習っています。
皆さんが楽しめる様、頑張りますのでよろしくお願いします。