#18 洞窟探索と消えたモノ
「さて、俺たちも行くか」
そう言って剣を腰へと帯びるとフェンシオはラウムの元へと向かってゆく。
ネムロスはフォスレスを見るも、沈黙を保っていた。先程の事に思うところがある。もし心を読めると言うならば、下手なことは考えられぬという事ではあるが、それも今更かと思いなおしフェンシオの後を追った。
「再度調査に当たってですが、応援に呼んだ六人の内、四人と私たちを合わせ七人で進めたいと思います。残り二人はここに残って何かあったときの連絡員として待機してもらいます。私とフェンシオ、ネムロスと、こちらの四人の二手に分かれ、先行は私たちが務めます」
「了解した。調査する時間を考えると少し急いだほうがいいな」
「今回で安全が確認されれば、明日も編成して調査しますので、今回は安全の確保、確認が優先になります。無理をせず安全第一でお願いしますね」
「ここに来て安全とはな、洒落がきいているな」
「危険は常にあります。今は一番の危険要素が取り除かれましたからね、余計な怪我は避けたいところです。支援に来て怪我で動けなくなりましたでは、恰好が付かないですからね」
「それもそうか」
このままでは進まぬなと思いつつ、応援に来た兵士たちを見るも慣れているのか無駄話もせず、調査するための準備を進めているようである。そのうち一人と目が合うと、荷物を持ってこちらへやってくる。
「これをどうぞ」
そう言って兵士が差し出した荷物を受け取りつつ。
「これは?」
「調査を実施するにあたっての荷物一式になります。洞窟内は暗いと聞き及んでいますのでカンテラと予備燃料、発光筒をはじめ調査装備を入れています。確認と分からないものがあればお聞きください。我々の誰でも構いません。確認ができ次第、副隊長の合図を待って突入したいと思います」
兵士に礼と名を聞こうと口を開きかけたとき。
「調査の方はネムロスたちに任せて俺は周囲の注意をしておくぞ」
突然飛んでくるフェンシオの声に、それは荷物の確認はどうするのだと思う一方で、調査の方は一任すると言う放棄なのでは、と思いもするが何か考えがあっての事だろうと思いなおし、受け取った荷物を確認してゆく。
受け取った荷物は大きくない。カンテラのほかに予備燃料、ロープにナイフ類。火打石に布。組み立て式鍵爪。後は使い方の分からない物が少々。先ほどの兵士を見るも他の兵の元へと戻り自分の荷物を確認している。
思案するも、やはり使い方を知っていればいらぬ手間をかけることは無いだろうと考えなおし、先ほどの言葉に早速甘えようと、兵士の元へと向かっていった。
「こちらの準備は整いました。ネムロスの方は大丈夫ですか」
「あぁ、これをフェンシオに渡したら準備は完了だ」
先ほどの兵士を捕まえ色々と荷物のことは確認できた。
流石はと言うべきか、簡易医療の備品が一式揃っているのは羨ましい限りである。
後は余分に受け取った物をフェンシオに渡せば、自身の準備は終える。
フェンシオに差し出したのはカンテラと火打石。明かりはラウムが持つので道中は問題ないが、広間に着けばそれぞれが調査のため離れるだろう。その時に明かりを持っていなければ歩くこともままならない暗さだ。
フェンシオは礼を述べながらカンテラを受け取った。
「では、洞窟の中の危険要素は取り除きましたが、全てとは言えません。まだどのような危険が潜んでいるかはわかりませんので十分に注意してください。先行は我々が務めます。第二陣は合図をしましたら入ってきてください。残る二人は何かあったときの連絡員として待機をお願いします」
ラウム副隊長の命に兵たちは了解と返答し、それを確認したら洞窟へと向き直る。
「お待たせしました。では行きましょうか」
そう言って、洞窟の内部へと歩き始めた。
先頭はカンテラを持ってラウムが務め、ネムロス、フェンシオと続く。暗闇に目を慣らすため少し時間を掛けたが、特に問題なく広間にたどり着く。
広間に入る前に暗闇に目を凝らしたが、先ほどの巨猿の血であろう匂い以外は、特に変わったところはなさそうであった。
ラウムは荷物の中から金槌を取り出すと、やはり壁に打ち据える。外へ合図を送る。
しばらくすれば第二陣も来るであろう。
「壁面など、頑丈で助かりましたね。」
微笑みながらも、崩落の問題がないことを告げてくるのは、こちらの顔色を伺ってのことか苦笑して肩を竦めておく。
ラウムの持つカンテラだけでは少々暗いと思い、ネムロスもカンテラを取り出し、火打石で灯す。
辺りを照らすと、まず目に入ってきたのが巨猿であった。
あれからは時間は然程経ってない。倒したときと同じように横たわっている。最も変化があってはおかしいのだが、静かに横たわる巨猿の姿は見ていて気分のいいものではない。
フォスレスでの切り口は鋭いのであろう、思ったより血だまりは出来てなかった。改めて観察する巨猿はやはり今まで見た事はない。これも作り出されたものなのだろうかと見ていたところに。
「ビックフット…」
ラウムからの聞き慣れない言葉。少し離れた所で周囲を見渡していたフェンシオも反応する。
「ほぅ…これはビックフットと言うのか。これもキメラなのか?」
「どうでしょうね。私も初めて見ますので違うかもしれません。そもそも文献の中で読んだだけですからね。その姿、猿でありながらも人よりも大きくとありました。ただ別の文献では獣人のない損ないとも。もっともこの巨猿は薬で異常発達させたただの猿なだけかもしれませんが」
「持って帰って調べたりは」
「街にはそういった機関もあります。今回の事件を解明する手がかりになりますから、そちらへ回すことになるでしょうね」
「俺らは被害者だからな。そういった情報は秘匿することなく教えてもらいたいものだよ」
「上には伝えておきますが、私の権限ではなんとも…」
凄惨な状況の中、微笑みながら対応できるラウムは胆力があるという訳でなく場慣れしているのだろうと思わせた。
ラウムは巨猿の顔をカンテラで照らし顔を死顔を確認すると、一本のナイフを取り出し巨猿の胸へと投げる。
ナイフは巨猿の胸へと突き刺さるが、巨猿からの反応はない。これで死んだふりをしていたのならば、何らかの反応はあるだろうが、見開いた目すら微動だにしなかった。これでまだ生きていて動き始めたと言うならば悪夢でしかないが、さすがにそれは無いだろう。
ラウムも動かないことを確認し、安心したのか胸に刺さったナイフを引き抜き、血を拭いしまった。
「そこまでしなくても良いのでは思うのだが」
「昔、死体の中に寄生虫がいましてね。近寄ったときに隙をつかれ襲われた仲間がいました。寄生虫は倒したのですが、体の中に卵を植え付けられたみたいで、その人は体の中から食われて死にました。それからですね、死体であろうと警戒するようになったのは」
思わず想像してしまい、顔をしかめてしまう。巨猿にも近づくのをためらってしまうが、今は違うと祈るしかない。
「寄生虫は小さく、目で見えませんからね。血に触れたならば目や口に触れずに洗うといいですよ」
その忠告は素直に受け取ることにしよう。
「こうして改めて確認しますが、切り口が鋭いですね。切り口から血があまり出ていないのが鋭く切られた証拠です。実際に目にした私ですら今だ信じられないぐらいですから、話を聞いただけでは信じてはくれないでしょう」
「まさに魔剣と言うところか…」
「私の剣も業物とまでは行きませんが、それなりのものだと自負していたのです、それが突いてこの程度ですからね、斬っていては斬れなかったでしょう。それを考えると頑丈な骨ごと切り裂いていますからね、まさに魔剣と呼ぶにふさわしいでしょう」
ラウムは自分の剣を鞘から半分ほど抜き、その刀身を見つめながら苦笑する。
ネムロスは、どこか憂いるその姿にかける言葉なく黙って見つめる。
「あぁ、気にしないでくださいね。何も自分を卑下しているわけではないので」
「巨猿を運ぶ手配はしてるのか」
話半ばにフェンシオが割り込み聞いてくる。
「えぇ、荷物を積んできた荷車に乗せようと思います。道は十分に通れることは出来るでしょうから、問題は無いでしょう。積み作業に関しては彼らに任せていますので、我々は周囲を確認したいと思います」
「了解、引き続き周囲を警戒する」
警戒するにあたり緊張するのは当然であるが、張り詰めすぎるのも良くはない。フェンシオのそれは明らかに緊張以外の何かがあった。
「フェンシオの機嫌が悪いみたいだが、何かあったのか」
ラウムは少し驚いた顔をしたかと思うと、すぐに笑うと。
「これはこれは、意外ですね。本当に分からないですか」
ラウムの言い様はフェンシオの不機嫌の原因はネムロス自身にあると示唆する。少々思案するも。
「心当たりはないのだが……」
当然、フェンシオに対し何かした覚えもない。あるとしたら先ほどの休憩時に、ラウムへの説明を逃げただけであるが、それだけでここまで不機嫌になるとは思えぬ。
眉間にしわを寄せて考えてはいるなか、ラウムがフェンシオの不機嫌の理由を告げてきた。
「彼は巨猿との戦いでネムロス殿ばかり活躍し、自分があまり役に立ってなかったので、自分に苛立っているだけですよ。なかなか子供っぽいところがあり、楽しいですね」
「そ、それは…」
どうすれば良い、どうしたら良い。言葉の続きが思いつかなかった。
小さく嘆息をつくと。
「まぁ、そっとしておきましょう。変に気に掛けると余計に拗らせますからね」
そういうラウムは笑顔でとても楽しそうに見えた。
「ラウムは楽しそうだな」
「貴方がたといると、思いも良なぬことが起きますので楽しいですね。本当はこの様に楽しんではいけないのですけどね」
「巨猿との戦いはどうなのだ」
「我々は戦いを楽しむことはしません。被害を最小限に敵を殲滅できればそれに越したことはありません」
「それは…」
確かにその通りなのだろう。一つの戦いが終わったとしても、それで終わりではない。戦いになれば傷を負うのは避けれぬ事実。だからといって無駄な戦力低下となる怪我を負うことは避けたい。無傷の勝利を望むべくもなく、ただの理想論であっても背負わなければならない責務なのだろう。
また、兵士に戦いを楽しむような者達はいない。一人、突出した兵がいれば和を乱し、味方にいらぬ被害を出しかねない。故に兵に英雄はいらないと言われる所以である。
優秀な指揮官こそ望まれるのだろうが、そういるわけではない。
ラウムは指揮官として優秀かはわからぬが、部下から信頼はされているようである。
「何やら難しそうな顔をしてますね。考えることは良いことです。常に今在ることに疑問を持ち、一つの事に囚われないことです。また、自分で出した答えに確信をしないことです。もしかしたらその答えは、誰かによって誘導された誤った答えかもしれません。」
顔をしかめ唸る。ならばどうすれば良いのだと、聞きたくなるが、それさえもラウムの手のひらの上と思えてくる。
「事を観ること、考えること、確かめること、まずはそれが出来れば良いでしょう。そして常に続けてゆければ問題はないでしょう。ネムレス殿は大丈夫でしょう。良き兵に…良い戦士になれますよ」
「化け猿の見識は終わったのか」
よもやラウムからそのような言葉が出るとは思ってはおらず、その真意を聞こうと口を開きかけたが、 フェンシオに割り込まれてしまう。
「えぇ、これ以上は明るい場所でないと無理でしょう、それに丁度来たみたいですしね。後は奥を見ようと思います」
「了解、歩哨にゆく」
「お願いします。私たちも行くとしましょう」
再度問いただす雰囲気でなく、ただ頷きラウムの後に続くしかなかった。
カンテラに照らされている範囲だけでは洞窟の中は広く、全てを見るには足りずに全体を把握するのは無理があった。
それでも見える範囲に確認してゆくと、石の台座が規則正しく並べられているのが分かる。数で言えば多くは無いが、部分的に照らされ見えるそれは、ひどく猟奇的に見える。
確かにここで何かがあった痕跡はある。だが、こう暗くては全容を把握するには難しい。
ここでバケモノを、キメラを弄っていたであろう何者かはいたはずであり、この暗闇の中に居たわけではないだろう。何かしら明かりを得る手段か手法があるはずだが。
「暗い…」
思わず出た、愚痴とも言いかねない一言に。
「えぇ、暗いですね。……ここにいた何者かはこの暗闇を動けたとは思えませんし、何かしら明かりを取っていたのでしょうが、さすがにそれを見つけるのは難しそうですね」
「こう暗くては見落としたとしても仕方ないか…」
「明かりを得ていた方法が分かれば一番良いのですが、そうでなければ空気の流れはありますから、松明を多用し明かりを得ると言うところですかね。」
こう暗くては探索も思うようには進まぬだろうから明かりは欲しいが、かと言って松明を灯せば空気が汚れ息が詰まる可能性がある。安全は取りたいが、ある程度調べるまでは選べる手段は限られてくる。
明かり一つ灯すだけでも、踏むべき手順を考えねばならぬゆえに、全容を解明するに至るには根気がいる作業になろう。
今は暗くても何かしら手がかりが欲しいところである。そう簡単に見つかることは無いだろうが。
「ここが最奥でしょうか、ここまで来て何ら発見は無しと…」
何も見つけることはなかったが、特に落胆することなく次へと足を向けるラウムに続いて行こうとしたところ、耳鳴りにも似た音が聞こえたと思うと、足を止める。
「何か気になる者でも見つけましたが」
不思議に思ったのかラウムが足を止め聞いてくる。
「いや、何でもない。後で追いかけるので先に診て回っててくれ」
少々不思議に思ったのだろうが、特に聞いてくるわけでもなく了承し離れてゆく。
小声程度であれば届かぬだろう距離が盗れたのを確認すると、深蒼の剣フォスレスに。
「何か気になることでも」
『気づいてくれて良かったです。少々気になることがありまして、その先を照らしてくれませんか』
言われた通りに岩壁を照らすが、特に変わったところはなく。
『その窪んだ所を照らしてください』
照らした先にある窪み、それは人より一回り程大きく穿たれたような窪みがあった。
中を照らすも奥はそこまで深くなく、岩肌がむき出しになっているだけである。
特に何があるわけでもなく、奇妙と言えばその通りなのだが、それ以外はただの大きな穴としか見えなく。
「これが何かあるのか」
『龍脈口…』
「それは…」
『それは後程、今は詳しく話している時間はありませんから』
慌てたように話を打ち切られると、そこにラウムが来ていた。
「何か見つかりましたか」
先ほどのフォスレスとの会話が聞こえていなかったのか、それとも聞こえていたが聞こえないふりをしていたのかは判別は付かない。
ただ、どちらにせよ藪をつつくわけにもいかず、話を合わせるしかなかった。
「少しばかり、この穿った穴が気になっただけだが、何もなかった」
ラウムも少し首を捻り穴をカンテラで照らすが、特に何かわかるわけでなく。
「何かがあったと思われますが、何も残されていませんね。一旦戻ります、よろしいですか」
「少しだけ待ってもらえるか。探しもをしたい」
「探し物ですか。……あぁ、巨猿との戦いで投げた盾ですね」
「それと棒手裏剣だな」
「分かりました。見つかりましたら声をかけてください。フェンシオ殿のところで待っています」
「時間をとらせてすまない」
「かまいませんよ。たとえ矢であっても再度使用できるなら回収したいと思うのは我々も同じ。それが大事な盾ならばなおさらです」
こちらの我がままに笑顔で了承してくれらラウムに礼を言いながら、盾と棒手裏剣を探すべく巨猿と闘ったであろう場所へと向かって行った。
盾はすぐに見つかった。大きなものであり投げたであろう方向へ少し歩くと落ちていた。
苦労したのは棒手裏剣の方であり、もともと黒く闇に溶け込む上に小さく見つかりにくい。
盾の裏に付いていたのとは別に投げた分を探しているのがだ、最後の一本が見つからない。
今は諦めて新たに明るくなった時に探しに来るか、再度探索に来るであろう兵士たちに依頼しておくか。
探索ついでに見つけたら拾ってくれるぐらいで頼めば引き受けてくれるかもしれない。
また時間の出来た時にでも、探しにくればいいかと思い始めたころ。
「ネムロス、物は見つかったか」
フェンシオがしびれを切らしたのか、声をかけてきた。
ネムロスはフェンシオの元へと行きながら。
「すまぬ、盾はすぐに見つかったが、棒手裏剣だけが一本見つけられなくてな」
「諦めろとは言わんが、今は戻ろう。最奥まで見たのにも関わらずこの広間しかなかったって事は考えにくいからな。どこかに隠し通路か扉があるんだろ。完全に安全とは言い切れんが、がカンテラの燃料がギリギリになる前に戻るぞ。後はまた明日だ」
「あぁ、分かっている」
「見つからなくて残念ですが、我々の方でも探しておきます」
「それはありがたいが、無理に探さなくても良いし、見つからなくてもファキオは怒らぬであろう」
「では戻ります。準備はよろしいですね」
巨猿を運び出すため荷車で来ていた兵士たちは、その上に巨猿を積んでおり墜ちぬように縄で固縛も官僚していた。
復路は荷車を押す兵たちは先に戻り、後方の安全を取るためにラウム、ネムロス、フェンシオの順で外へと向かって行った。
フォスレスが口にした龍脈口のことも気になってはいたが、それより見つからなかった最後の一本の行方が心のどこかで引っかかったままであった。
この洞窟を探索すれば何か分かるかと算段していたが、思惑がはずれ得るものはなかった。
唯一の手掛かりもフォスレスからもたらされた龍脈口とだけ。
外の光が見えたことに少し安堵するも、疑問や不安だけが残る結果となった。これらをどのように話をすればよいのか、気が重くなりながらも二人に気づかれない様、嘆息をつくしかなかった。
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