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#17 ラウムと魔剣フォスレス

 ラウムの手より、するりと布が解かれ深い蒼の刃が姿を現す。

 現れたその刃に飽きることなく、魅入ってしまうのは横にいたフェンシオも同じらしい。その視線は深蒼の剣に向けられていたが、それ以上にその深蒼の剣を見つめるラウムを横目で見ている。

 剣を見分するラウムの眉根にしわが刻まれるのをフェンシオは見逃すはずもなく。

「ようやく仮面の下の素顔が見れたかな」

 フェンシオの言葉にラウムは一瞬動きを止めるも一息つくと。

「自分では仮面をつけている気は無いのですが…」

「いや、決して非難しているわけではないだが」

 剣を検分しながら、フェンシオの次の言葉を促すかのように目を向けると。

「兵隊さんだから仕方ないのだろうがな、なかなか腹の底が見えなくてな、だからそんな驚いた顔はなかなかだった」

「……そうですね、否定はしません。このような仕事に従事している以上は致し方ないところがありますからね。いつも楽しい仕事ばかりだと必要ないでしょうが、得てしてその大半は楽しくないものばかりです。その中でも人同士のやり取りには、自分勝手な主張を言う方々がほとんどですからね。それらを去なすに笑顔で対応していたら自然とこうなりました。まぁ、笑顔での対応もその時々なのですが…」

「分からんでもない、俺も同じようなものだからな。だからいつも仏頂面なネムロスは殴りたくなる時がある」

「理不尽な言い様だな。それがそれぞれの選んだ道だ。たとえ誰かに選ばされたかもしれんが、嘆いても変わらんよ。だが俺も含め二人とも自ら選んだ道なのだろ。余所見しているとぶつかって怪我をしてしまう。怪我だけで済めばよいのだが」

「全くその通りです」

「ま、第一印象は大切なのは分かるが、なんせ悪魔は笑顔で寄ってきて天使は試練を連れてやってくると聞いたからな」

「それは……聖典の一節に出てくる言葉ですね。悪魔は人から奪うため近寄ってきます。その際に警戒されない様、笑顔で近づいてくるという事ですね。逆に天使は人に恩恵を与えるために降りてきますがその際に資格があるかどうか試すために試練を課すようですね。その試練を乗り越えた時に恩恵を授かるようです」

「さすが、良く知っている。その辺も兵士としての一般知識か?」

「いえ、趣味の一つです」

「趣味か…、いい趣味だな」

「教会と相対すこともありますので、識っていると役に立つことが多いですよ。相手は聖典のことなど知らぬだろうと見下してくることが多いですので、諳んじると驚いてくれます。それを機に主導権を握ると後は一気に押し切ると……っと、失礼。話が反れましたね。」

「すこし思っていたが、街の兵たちは皆、饒舌なのか。それともラウム殿だけが特別なのか」

「その疑問は俺も聞きたいところだな」

「最も一番大事な所は、話してくれないのだがな」

 フェンシオの疑問には最もであり、またネムロスも同じことを思っていたところである。

 以外に饒舌であるラウムは色々と話してくれるが、大事な所は一切漏らさない。逆に話を逸らして大事なことは話さないようにしている節がある。

 二人の言葉を受けながらも、ラウムは微笑を絶やさずに。

「それはお互い様でしょう。この剣に関してもあなた方は伏せておきたかったのでしょうが、私としても目の前で使用されなければ、こうして検分することはしないつもりでした」

「まぁ、それに関しては薄々そうじゃないかと思っていたんだが…」

 色々と思うおころはあるのだろう、フェンシオは頭をかきながら言葉尻をすぼませてゆく。

 軍配はラウムに上がったのだろうが、フェンシオはまだ思うところがあるのかぶつぶつと一人呟いている。

 しかしながら、あの口達者なフェンシオを言いくるめるとは、さすがと思わずにはいられないが逆に疑問が浮かび上がった。

「少し聞いて良いか」

「…えぇ、私に答えられることなら」

「いや、大したことではないのだが、ラウム殿の階級が気になってな。弁も立ち、やることにそつが無く、副隊長も任されている。これで階級が気にならないと言うほうが無理であろう」

「これはこれは…、なかなかの高評価ですね。しかし階級とは、残念ながら期待には応えられませんね。私たちは街に務めている私兵になります。故に階級は無いのです。あるならば役職という事になりますね。警邏特別機動部隊副補佐官が私の立場になります。普段は街の警邏をしており、何か有事があった際にすぐに動けれるように設立された部隊です」

「なるほど、今回の様な事態に対応してか」

「部隊名はあれども、決まった部隊兵がいるわけではないですからね。隊長から呼び出されたときはすぐに人を集め事が起きている現場へ向かわなければなりません。少数精鋭で現場へ駆けつけ事態の収束へ向かうべく情報を集め上へと報告する。今回はバケモノに襲われたという事で戦いにたけた人たちと補給物資をもって駆けつけた次第です。つまり支援をするために来ましたので義援支援隊と命名されました」

「つまり街の兵士たちは今回の様な事に対して訓練していることと、何度も経験していると言う事だな」

「えぇ、そういう事です。ちなみに隊長は警邏特別機動部隊の隊長です。正式に登録されているのは隊長と私を含め数名しかいません。小さな部隊です。だから足回りも軽いのですけどね。ちなみにどこの都市にも領主直轄の兵はいますよ。もちろん王都にもね。もっとも王都には騎士号を持つ方々が居られますので、兵士と騎士の仲は難しいと聞きます」

「聞いたことがあるな。どちらも譲らなく対立していると。騎士道精神もあったものではないな……」

「そのことが騎士たちの耳に入ると、気分を害するので街中では口を噤んでくださいね」

 ラウムは少し悪戯したことを隠してほしいかのように、人差し指を立てて口に当てる。

「分かっているさ、至極つまらない事で首を切られたくはないからな」

「さて、剣を拝見させていただきましたが、なんとも不可思議な剣ですね。刀身と拵えが別に作られることもないのに精細であり、どこまでも深い蒼をしている。柄尻には黒銀の玉が埋め込まれ、刀身に至っては、文字でしょうか、文様が刻まれている。私は専門家ではありませんのでこの文様については何が刻まれているのか分かり兼ねますが、こうして見ると鉄の剣とは一線を画く代物ですね」

「見事な剣だろ。曰くつきでな、あまり人目に触れさせたくなくてな」

「確かに驚きですね。こうして自分の目で確認しているのにもかかわらず、信じられない気持ちでいっぱいです」

 ラウムの気持ちは、自分も抱いた気持である。実際に使っている自分自身でさえ、今だどうして切っているのか見当もついていない。

「あぁ、全くだな。確かに刃のついていない剣でも叩き切ることは出来るさ。だけどあれは無いだろ。」

「人を魅入るような剣ではないことは確かなのでしょうか、あの切れ味を見せられると、魔が差しそうで怖いです」

「破滅への第一歩だな。大丈夫だろうが、そうなったら止めてやるよ」

「それはありがたいですね。その時はお願いしますね」

 おう! と、フェンシオが応えラウムが静かに笑う。何やら二人して通じるものがあるみたいだ。

「魔剣…そう、これが魔剣と言うものですね。初めて見ましたが、言葉にしがたいものがあります」

 ネムロスはふと、あまりその辺のことは聞いてなかったなと思いもしたが、これからいくらでも話す時間は出来るだろうと、その時に聞けばよいと、また一つ聞きたいことを募らせてゆくが、そもそも聞きたいことが多すぎて忘れていることもあるだろうなと、小さくため息をつくだけであった。

「剣の材料となる玉鋼にはいろいろと種類があります。が、その多くは真砂と呼ばれるものから作られてゆきます。真砂の中には得られる場所の違いにより中に含まれる不純物に違いがあります。鍛造の工程でその不純物は取り除かれますが、時折普段と異なる玉鋼になることがあります。通常は白銀色になるのですが、中には黒くなったり赤くなったりすることもあるそうです。それぞれ白鐵(シロガネ)黒鐵(クロガネ)朱鐵(アカガネ)と言っているみたいですが、これはそのどれでもない蒼とは。興味深くありますね」

「見識が深いな。そこまで行くと兵としての一般知識でなくなってくるはずでは…。やはり一考すべきか……」

 フェンシオの最後の言葉は誰に聞こえることもなく消えて行くが、ラウムは剣に夢中になっているのだろうか、特に気にした様子もなく、剣に魅入っている。

「見れば見るほど、良い剣だと思わざる得ないのですが、刃が付いていない事には何とも言えません。しかしあの切れ味を見てしまっていますので、心境は複雑ですね。そういった意味では恐ろしい剣です」

 最後の言葉はこちらを見ていたが、その表情からは笑みが消えいつになく真剣な表情であった。そしてその顔こそが、ラウムの仮面に隠された本当の顔なのだろうと、なぜかそう思ってしまった。

 そしてあの笑顔の下ではいったいどのような策略が廻っているのか、あわよくば悪魔の笑顔でないことを願うばかりである。

「さて、これはお返しておきますね。この魔剣は私には過ぎたるものでしょうからね。」

 ラウムより差し出された深蒼の剣を受け取りながら。

「フォスレス」

 その言葉にラウムは首をかしげながら、ネムロスは続ける。

「この剣の銘。フォスレスと言う。」

 なぜ教えたのかは分からなかった。強いて言うならば魔剣と呼ばれたくなかったのかもしれない。名ではないと言っていたが、それでもフォスレスと呼んでほしいと思ったのは、自分勝手な思いなのだろうと。

「フォスレスですね。覚えておきます。」

 何か聞くわけでもなく、ただ微笑んで応じてくれた。見慣れた笑顔には違いないが、どこか今までの笑顔とは違って見えた。ただ純粋に応じてくれたのだろうか。

 何の企みもなく、自然に笑みを浮かべ応える。そして相手の信頼を得るのならば、その算術は見事と言うほかない。そしてラウムはそれが出来ると確信している。

 悪魔は笑顔でやってくると言うが、その通りなのであろう。ただ、疑い過ぎては本当の信頼関係は築けまいが。

 ラウムを信じるに足る要素はいくらもであるが、なかなか底を見せないと言うところでは、疑ってかかるべきなのであろうか。

 それは俺たち自身にも言えることなのではあるが。

 はたしてフェンシオはラウムを、または義援支援隊をどこまで信用しているのか、聞いてみたい所ではある。素直に教えてくれるとは思えぬが。

「剣については十分に得られるものがありました。今回のことと関連性については?」

 穿ったことを聞いてくると思うが、特に不思議と思いはしない。確証は無いのだろうが、ある程度は気づいているのだろう。

「…無いと見ている。もしあったならば、向こうさんが放置し散る理由がないはずだし、対応策すらとられていない。むしろ向こうさんはフォスレスの存在を知らないと言うほうがしっくりとくる」

 ラウムは少し黙考し、息を小さく吐くと。

「…少々まどろっこしいですね。これから質問は私的なものです。上には報告せず私の胸の内にしまっておきますので、答えられるのならばお願いします」

「そうきたか。良いね、ならこちらも応えられることなら答えよう。それでいいな、ネムロス」

「かまわんよ。こちらも聞きたいことはあるのだからな」

 フェンシオがラウムに先に促し、視線が鋭くなる。獲物を見つけた獣見たくなった。

 お互いに隠し事してのやり取りには少々うんざりしているのだろう。根負けしたと言うより、ラウムの方から譲歩したようである。

「キメラの出現と同じく出てきた、フォスレスについてこの騒動との関連性は無いと」

「ない。むしろあった方が話が進むからな。村が襲われたところを助けが現れるなんて、作為的なものがあるだろし、俺とて疑ったがな。間接的には分からんがな。ネムロスはどうだ?」

「今のところは無い。洞窟の中を調べれば何かしらあるかもしれぬが」

 ネムロスの言い分を聞き、ラウムが反応する。

「その言い方は何か違和感を感じます。フォスレスとキメラの間には共通した何かがあると?」

「あぁ……それはラウムらしくない言い方だな。ざっくりとしすぎだが、まぁそれはあるかもしれん」

「フェンシオ、それでは全く変わらぬよ。共通点があるにせよ無いにせよ、憶測だけでは何も進まぬ。実際に入れば分かること。脅威も取り払った、あれほどの事があったのだ、何か痕跡ぐらいは残っていよう」

「関連は無いのは分かりました。では手に入れた経緯を聞いても」

「かまわぬが、到底信じぬだろうよ」

「それは私が決めます」

 きっぱりと言い放つラウムを見ながら、ネムロスはどうしたものかと思案するも

「…拾った。それだけだ。」

「それだけですか」

「それだけだな」

 場に沈黙だけが支配してゆく。語ることは簡単だがそれでも黙しておくべきと思う。フォスレスがその身を晒すと言うのならば話は変わるが、今のところその気配はない。こちらに遠慮して姿を現さないと言うことは無いだろう。そこまで思慮深くはないと見ている。

 やがて諦めたのか視線を外し。

「どうやらここまでの様ですね。私としてはもう少しお聞きしたかったのですが。また時間を設けますので貴方がたからの問いについてはその時でよろしいでしょうか」

 耳を澄ませると、遠くから足音が聞こえてくる。どうやら援軍を呼びに戻った兵士たちが帰ってきたようである。

「こればっかりは仕方ないか。その時は色々と話してくれると期待しておくよ」

「これは、少々高くついたかもしれませんが、先行投資と割り切っておきましょう」

「あぁ、俺としてはその言い分に違和感を覚えるのだがな」

「それも含め、時間を設けますよ。」

「分かった、では期待しよう」

 ラウムはお手柔らかに返答し、戻ってきた兵を迎えるために離れてゆく。

 ネムロスはフェンシオに視線を向けると。

「ま、その時にな。今はこっちに集中しようか」

 と、いつもの笑みを浮かべ、立ち上がり背を伸ばしている。

 関係ないと言えばそうなのかもしれぬが、疎外感を感じてしまう。

 決して踏み込むことが出来ない場所があると言うのは、少し侘しいと思う。

 やはり観客でいるより、舞台に何かしらの役者で立ち、演じたいと思うのは我儘なのであろうか。

『演者は台本に従って進むだけです。貴方はすぐにストリーテラーになります。気に病む必要はありませんよ』

 まるで心を読んでいるかのように声をかけてきたが。

「ストーリーテラー?」

『すぐに分かります』

 その言葉だけが何を意味するのか、話の中心たるフォスレスは応えてはくれなかったが、悪い気分ではなかった。


いつも読んでくださりありがとうございます。

そしていつも待たせてすいません。

色々と謎が明かさるのかと思いきや、ただ話して終わりという

文字数だけが増えてゆくことに。


ブックマークや評価、頂けると嬉しいです。

よろしければ尾根がします。


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