#16 兵隊と狩人のご飯事情?
川に仕掛けたのは針に筒。針の方は大物狙いのため、少し大きめであり餌も臭いがあるものを使用した。
仕掛けてから時間が経っているため逃げられているか、かかっていたとしても他の獲物に横取りされている可能性もある。
筒は小物狙い。川の流れに沿って石で川幅を狭めてゆきその先に仕掛けた餌が入った筒へと誘導し捕獲する。筒には返しが付いており、一度入れば出ることが出来ない様に造られている。
森の中には獣用の罠が仕掛けているが、今は両方見に行く時間はなく、獣は捌くのに時間がかかる。ただ腹を裂いて肉を切り分ければよいと言うものではない。
獣の皮や肉はもとより、新鮮であれば内臓も食することが出来る。骨も焼いて灰にすれば畑の肥料となる。
獣の罠はこの件が落ち着いたならば見に行けばよいだろう。
まずは川に仕掛けてある筒の方へと足早に向かうのであった。
「助力は期待しない方が良かったのではないのか」
川に仕掛けた筒を回収しながら、何ともなしに言葉にしていた。別に返事を期待したわけではなかった。
筒の蓋を開け中をみると、食べるにはまだ小さすぎる魚と共に食べるに十分な大きめな魚がかかっていたが、分け合えるほどではなく、まだいくつかの仕掛けを回収しなければ足りない。小さい魚は川に放流し、食べることが出来る魚だけを筒に入れておく。
ここより上流へいくつか仕掛けている。けれど調子だと全て回収するまでもなく十分な量の魚が捕れそうだと、存外早くフェンシオの元へと戻れそうだと思ったところ。
『助けた…という訳ではないですが、あのままだと約束が反故になっていたでしょうから』
一瞬歩く足が止まりそうではあったが、ここは川の中。何かがあったときに足がとられていてはどうすることも出来ない。次の仕掛けを見るべく歩きながら。
「確かにあのままでは危なかったと言えよう。約束は反故にするつもりはなかったが、短慮であったことは確かだな。気を付けるとともに、助けてくれたことに感謝する」
『いえ、約束を反故しようとしたのは私の方ですからね。あの獣はやはり倒すべき敵だったのしょう。あのままだと村に被害が及んでいたでしょうから。貴方の村を助けると言ったのは私の方ですからね。……その顔はよく覚えていないようですが』
少々呆れたような感じであった。
ネムロスは今更顔色を隠す気はないのか、約束は確かにそうだったかもしれないと思い返す。
「そうであったな。旅の供をするにあたり、村を助けてくれる約束であったな」
『助力については…あれは半分は私の力ですがもう半分は違いますよ』
「……違う、とは」
『私自身だけでは何の力もなりませんからね。出来るとしたら人に転化するぐらいですね。あとはネムロスの力と言うところでしょうか』
「何かした覚えはないが…」
『ネムロス自身、意識していないようですが、私の力を顕現させるきっかけぐらいにはなったという事です』
説明を聞いてもますます分からなくなる。フォスレスには不可思議な力があるのは確かだろうが、俺自身には今まで不可思議なことが起きたことは無い。
だがフォスレスが言うのならば何かがあるのだろう。
それはどのようなものなのか分からぬが、今は思うのはフォスレスの力…。
「それは……いや、今は気にしても仕方がない。だが、フォスレスの力とやらを聞いても良いか」
『そうですね、旅をするにあたり知っておく必要はあるでしょうが、今は秘密としておきましょう。余計は事を教え、村の一大事をないがしろにするわけには行かぬでしょうしね。村はこれからが佳境ですよ』
「村にまだ何かがあると?」
『人間同士のやり取りに利権が加わればどうなるか。泥沼になるのは決まっています。何も無いに越したことは無いですが、そう考えるのは楽観的と言えましょう』
二つ目の仕掛け筒にたどり着く。一つ目と同じように中を覗くと稚魚ばかりであった。
一つうまくゆけば次もうまくゆくとは限らない。村も同じく今は順調に進んでいるように思えるが、どこで躓くか分からない。逆に順調な今だからこそ警戒しなければならないのかもしれない。
見えざるものに不安を感じ、安心したときにこそ油断が生まれる。常に失敗したときの策を持っていると良いのだが、そうもいかないときもある。
ネムロスは村の行く末を案じるに、唸るしか言葉が出てこない。
今は考えても仕方がない。せめて昼の魚を得るため川や沼に仕掛けた罠を回収するため歩き回るぐらいだろう。
今回の食料調達においては筒の他に針もある。これで何もかかってなければ、大人しく携帯食で我慢するしかない。
大口叩いて出てきたのに手ぶらであっては、二人に笑われるだろうが。
「今の状況で何か利権がかかわるなど、俺には分からぬことだが、村の方針に至っては口出しできる立場ではない。何かあったとしてもだたの狩人と言う立場では何もできぬであろうな」
『……旅人は舞台の観客にしかなりえません。物語に影響を及ぼすことは無いですが、舞台は観客なしには成立しません。たとえ村の方針を決めることは出来なくとも、その方針を支えることは出来るのです。ネムロスがやっていることは、回り回って皆を支えていますよ』
よもや慰められるとは思わなかった。ならばこそ何も出来ぬと嘆くより…。
「うぬ、ならば森に入り獣を狩れば、夕食の一皿ぐらいにはなるか」
少々自虐的ではあるものの、笑って答える。
『ご飯を食べられない私としては、少々羨ましく思いますね』
それはどことなく憂いていると言うよりは楽しんでいるような。人の姿であれば微笑んでいたであろうと思わせた。
三つほど筒の仕掛けを確認したが、さして食べれるような魚は掛かってなかった。
少々焦りが針の方には大きめな魚がそれなりにかかっており、二人に笑われることは無いぐらいには捕ることが出来た。
時間もそろそろ半刻立つ、二人が腹を空かせて待っているだろう。これ以上は笑われないにしても怒られることとなる。そうなる前に戻るとしよう。
「おっ! やっと帰ってきたか。こっちは火の準備できているぞ。あとどれだけ取れた。坊主ならもう一度森へ追いやってやろうと思ったが、その顔は上々のようだな。あとは…塩が無いのが残念と言うところか」
一気に捲くし立てるフェンシオに、ネムロスは持っていた筒を差し出す。
「串焼きでかまわぬであろう。串の代わりになる枝はあるか」
フェンシオは親指を立て後ろを指さす先に、まっすぐに切りそろえられた枝が数本、置いてあった。
筒の仕掛けにかかっていた魚は二匹、針の方には大物が二匹掛かっていた。大物なら一人一匹、小物は二匹ぐらいで丁度よい。
筒から魚を取り出し鱗を剥いでゆく。鱗を剥いだ後は口から木の串を差し、フェンシオに手渡す。
受け取ったフェンシオは火の回りに魚を差して焼いて行く。
「なかなか手際が良いですね」
「まぁ、自分で狩った獲物ぐらい自分で捌けなければ狩人として半人前だからな。それはそっちも同じだろ」
「そうですね。単独行動時は自分で作らねばなりませんからね。おのずと野草など詳しくなければ生き残れません。ですが我々と貴方たちでは少し考え方が異なるようではありますね」
「一緒ではないのは分かるが、どういう風にだ?」
「貴方方は日々の糧を得るため、罠を張り、待ち伏せて獣を狩りますが、我々は任務を遂行することが最優先事項であり、獣を狩ることは任務を遂行するために絶対に必要な技能とは違いますからね。よほどのことがない限りは時間を要する狩りはしません。軍として派兵中は少し獲物を捕っただけでは賄えるものではありませんし、単独行動中は目立つことは避けます。肉を焼くために火は煙がたってしまいます。相手に今書を教えるようなものです。後処理のことを考えると非効率的ですしね」
ラウムの話を聞いて言葉に詰まる二人ではあるが、頷けるのも確かである。
これは不自由なのではない。それが規律なのであろう。規律なき兵はただの荒くれもの集団に過ぎない。
ネムロスも村の決まり事や掟はある。アロの家にも決まりごとはある。どこも同じということだ。
「まぁ、だからと言ってご飯は美味しいことに越したことは無いのですけどね」
「それは同感だがな、今は我慢してくれ。ここには塩どころか香草すらないからな」
「携帯食に比べれば十分なごちそうですよ。ありがたく頂きます」
「俺としては配給される携帯食に少々興味があるが、少し分けていただくことは出来ぬか」
ラウムが少し驚いたような顔をするが、楽しむかのように。
「ネムロス殿はなかなかの強者ですね。えぇ、構いませんよ、これが野戦食、もしくは野戦糧食や携帯口糧と言われています。ぜひ感想をお聞かせください」
ラウムは腰に付けている携帯用の小さな鞄の中から包みを取り出すと、ネムロスに手渡した。
「これが兵の野戦食……見た目は乾パンだが…」
手渡された包みを開けると、長方形の手の平ぐらいの大きさであった。
臭いはなし、手にした感じは少々固め。後は味のみ、ネムロスは一口ほおばる。
「うむ、少々しょっぱい、塩がきいているのか。これはあまじょっぱいと言うのか…。あとは少々パサパサしているが、食べれないほどではないな。……しかしさすが街の配給品と言ったところか。少しではあるが塩に甘味料と高いものが使われている」
「行軍するするには塩分は欠かせません。動くことによって体の塩分は汗となって外へ出ますからね。動けなくなってしまいます。頭を動かすには糖類が必要です。糖分をとらなければいざと言うときに適切な判断を下せませんし。一番重くそして最も必要なのは水分です。戦場では十分な水を確保するのは難しいですからね。近くに川があれば利用できますが、それでなくても持ち運ばなければならない時があります。食事時にでもあれば問題ないのですが、無いときの為に水分なしでも食べれるようにとの考えの元です。あぁ、それと日持ちもしますからね」
説明を聞きながらもただ頷くしかしていなかった。色々と考えられて作られているようではあるが、ネムロスはこれが兵隊と我々の違いなのだろう。
ちらりと横目でフェンシオを見るが、何度も頷くだけでフェンシオの方もあまり興味がないと見えた。
ラウムはその様な二人を見ながら苦笑し。
「兵に配給される野戦食は栄養補給を主目的に置かれたあまりおいしくない食べ物という事ですね」
と、あっさりと切り捨てた。
「確かにそうかもしれぬが、なかなか合理的ではあると思う。行軍とならばこうでなくては出来ぬのであろう」
「今は救援に来ていますからね。貴方がたから食料を頂くわけにはいきませんが、今は特別という事で隊長には黙っていただけると助かります。普段はこういった野戦食が配給されるのです。持ってきた食料は、村の人々に炊き出しと配られていますからね」
「アロの家の方にも焚きだされていただろ、夕食のときの。あれも兵から配られた食料だったんだが、気づいてなかったのか」
「ぬぅ……いつの間に」
知らなかった。あれらは備蓄から使ったものではなかったらしい。カリダ姉に聞けば教えてくれたのだろうが、聞こうともせず全てネムロスの思い込みもあり聞くことすら思いつかなかった。
「ラウム殿の兵達の動きは素早いのだな」
「そのが今回の任務故、お役に立てて何よりです」
「さて、そろそろ魚も焼ける頃合いだな。ラウムには一番大きいのを進呈しよう。少々昼飯にしては少ないかもしれないが、我慢してほしい」
ラウムは差し出された魚を受け取りながら。
「十分ですよ。今は任務中です。動けなくなるまで食べるつもりはないですからね」
ネムロスも魚を受け取り、口直しとばかりに齧り付く。
「ふむ、やはり塩が欲しいところだが、十分に美味い」
「えぇ、食べるとほろほろと崩れるのにしっかりとした歯ごたえもある。塩もなしですが淡泊な味が引き立っていますから、これは美味しいですね。任務中でなければもう一匹行きたい所でした」
ただ魚を焼いただけであるが、なかなかの高評価である。とってきた甲斐があると言うものだ。
フェンシオも嬉しそうである。魚は新鮮であるがために焼き方一つでずいぶんと変わる。特に今回は塩がない分、焼き方のみで味が決まる。誤魔化しはなしである。
気合が入っていたのだろう。良い腕をしている、さすがと言うべきだなと。
三人とも食べることに夢中となり、言葉は無かった。魚がおいしかったと言うのはあるだろうが、やはり空腹なのも手伝ったのだろう。瞬く間に腹の中へと納まっていった。
食べ終えたフェンシオは火に砂をかけ消すと。
「さて、そろそろ本題へと移ろうか」
「あと少しで彼らが戻って来るでしょう。先ほどフェンシオからお聞きしましたが、やはり直接確認したいところです」
ラウムの目が先ほどと変わって兵士の、義援隊副隊長の顔へと変わる。
当然だなと、どこか思いながらネムロスは次の言葉を待つ。
「ネムロス、あなたの持つその剣を見せてもらえますか」
その言葉には拒否することは認めないと言われてるような気がしたが、多分間違えではないのだろう。
頑なまでに拒否することも出来ようが、フェンシオを見ると観念しろと言いたげに肩をすくませるだけであった。
「見せるにはかまわぬが、没収すると言うならば拒否する」
「その様なことはしませんよ。犯罪を犯しているわけでもないのですから、そのような権限はありません。事象は正しく認識してこそです」
言葉こそ柔らかいが、顔は笑っていなかった。
「ちなみに拒否するとどうなるか聞いても良いか」
「特には」
その一言だけであった。これ以上は何もいう事はない、手にしていた深蒼の剣を差し出す。
ラウムは感謝しますと一言だけ言うと、両手で受け取る。
ネムロスはラウムが盗ろうなどということは心配はしていないが、彼が剣にどのような言葉を下すのか楽しみであった。
消した火のそばで、大人しく座っているフェンシオもまた、ラウムがあの剣をどのように思うのか興味があるのであろう、ラウムの方に注視していた。
二人に見守られながら、ラウムは剣に巻き付いている布を解きはじめていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回のお話は…幕間?ではないのですが、なぜかこうなりました。不思議です。
おかげでちっともお話が進まなくなり、申し訳ないです。
次こそは進めるぞと思いつつも、勢いだけで書いているので申し訳ないです。
それでも面白いと思ってくださるなら、ありがとうござます。
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