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#15 洞窟の巨猿と共闘

 巨猿の姿が暗闇に消える前に…、なぜそう思ったのかは分からない。

 気が付いたら飛び出し、たぶんラウムだろうか、止まるよう声が聞こえたが体は止まらなかった。

 手にしたカンテラを巨猿に向けて投げるも、巨猿はこちらの行動を楽しそうに笑って、こともなげに躱しつつ、そのまま闇に紛れようとする。

 ネムロスは投げたカンテラを回避されるのは予想済みとばかりに、盾に装備していた棒手裏剣を二本引き抜き投げつける。

 投げつけた棒手裏剣の一本はカンテラを直撃し中に入っていた燃料をあたりにまき散らす。そこにいた巨猿も降りかかり、火が巨猿を焼いていく。

 本来なら躱せたであろうそれは、ネムロスが投げたもう一本の棒手裏剣が肩に刺さったことにより動きを阻むことが出来た。決して深くはないが、機先を制するには十分な役割を果たしたと言えよう。

 巨猿の顔からは人を馬鹿にしたような笑い顔が消えて、苦々しい顔となるが苦悶しているのか怒っているのか判断がつかない。

 火がついているにもかかわらず、ネムロスに突進してくる。獣は力は人を凌駕する力を有する。巨猿とならば、その力は普通の猿と比ぶべくもなく捕まれば引きちぎられるだろう。

 体格差もさることながら力も人以上、渾身の体当たりでも貰おうならば、吹き飛ばされて終わりだろう。

 盾で抑えるのは持ってのほか、回避の一択しかないが早ければすぐに対応され、少しでも遅れれば捕まってしまう。

 ならばこそ、手にした盾を前に構え巨猿を待ち構える。剣は抜いている。

 巨猿の右腕が下から薙ぎ払いに対し盾で受け流す。予想以上の衝撃であったが耐えることは出来た。

 反撃こそ出来なかったが、次は出来ると確信する。一撃を交わされた巨猿は次の攻撃に移るべく体勢を変える。

 動きは早いが対応できないわけではない。左腕からのたたきつけを後ろに飛び回避しつつ剣を振るう。

 腕を切りつけるも毛や分厚い皮に阻まれ強靭な筋肉まで届かず表皮しか切れない。次の攻撃に備えるべく後ろへ下がる。

 追ってくる巨猿。両手を振り上げてからの打ち下ろし。

 何とか回避するも優位に立ったと思ったのか、巨猿は動きを止め歯をむき出して再び笑い始める。

 人を小馬鹿にしたような態度、獣らしさはない。むしろ人が見下すかのような…少し違う感じもするが。

 だからと言って観察している暇はない。勝手に敵と決めつけ攻撃を仕掛けてしまったが、少々早まったかと片隅を横切るが、ここはキメラがいたであろう場所、この猿もまたキメラと関係がないと言うには些か無理があるだろう。今は余計な考えをしている時ではない、巨猿を倒すためにすべきことをする。

 ガンッ! と柄尻で盾を打ち鳴らす。一瞬、表情をしかめるも笑うのをやめる気配はない。

 再度、打ち鳴らす。巨猿が笑うならこちらも笑う。

 ガンッ!

 ひときわ大きな音を立てて盾が打ち鳴らされる。打ち鳴らされる音に反応したのか巨猿がとびかかろうと身構えた時、顔が歪み。

「ウガァァァ!」

 初めて上げる奇声に後ろを振り返り巨猿が見たものは、自身に剣を突き立てるフェンシオとラウムであった。

 巨猿が後ろにいる二人めがけて一閃、右腕が横に薙ぎる。フェンシオは剣を手放し回避したが、ラウムは一瞬手を離すのが遅れ、飛ばされた。

「ラウム!」

 硬い地面の上を転がってゆくラウムに、フェンシオが叫ぶが返事はなく。

 そして苦痛に歪む巨猿の表情が愉悦に笑おうとしたとき、さらに醜くゆがむ。

 巨猿の注意がフェンシオ達に向かったことで、ネムロスの位置が死角となる。出来た隙をつき巨猿の左腕にネムロスが剣を打ち上げていた。骨こそ断つ事は出来なかったが深々と食い込む刃に、左腕は使えなくなったと確信する。

 その一瞬の油断、巨猿はネムロスを振り払わんと剣が食い込んだ左腕事振り回し暴れる。その勢いで深々と食い込んだ剣が半場で折れた。

 後ろへ下がりながら、折れた剣を投げるも簡単に回避される。

 荒い息をつきネムロスを睨む巨猿と、盾を構え静かにたたずむネムロス。

 ただ向かい合うだけであったが、気持ちは静かになってゆく。頭の中から何も考えられなくなる。心は澄んでゆく。

 ただ、巨猿が笑う。つられネムロスもまた笑う。

 巨猿は醜く笑い、ネムロスは獰猛に笑う。

 一瞬、ネムロスは持っていた盾を巨猿に向かって投げつけると同時に駆ける。巨猿は右手で盾を跳ね除けそのまま攻撃に移ろうにも、盾を投げ僅かに時間をおいて投げた棒手裏剣が、巨猿の体に刺さり動きを止める。

 わずかにできた隙をつき、左手で抜いた深蒼の剣、フォスレスをもって巨猿の左足を切りつける。

 確かな手ごたえに巨猿を見ると、左足は切り裂いていた。

 左腕は力なくぶら下がり、左足は思うように動かすことも出来ず、見るからに満身創痍と言えようが巨猿からは戦意は衰えることなくネムロスを睨みつける。

 周りを見れば少し離れた所に様子を窺うフェンシオに、倒れたままのラウムがいる。だが巨猿はその二人はまるでいないかのようにネムロスだけを睨んでいる。

「ガァァァァ!」

 獣らしくなく吠える。猿は決してそのように吠えない。やはり巨猿はここに、キメラにかかわる何かなのだろう。

 あたりを照らす火もいつまも照らすわけではない。消えてしまえばこちらに勝機は消える。長引かせるわけにはいかず、だからと言って焦って出れば反撃を食らうだろう。

 突如、巨猿が小さな悲鳴を上げ仰け反る。

「やれ!」

 誰の声かは分かったが、それらは意識の外へと出て行った。ただ巨猿が見せた隙を逃すことなく踏み出し、剣を大上段からの振り下ろし。

 巨猿の肩から胸のあたりまで切り裂き刀身が止まる。

 呻きながら、ゆっくりと倒れ行く際に巨猿は笑っていた。そこにどんな意味があったのか、知るすべを持っていない俺には分からなかった。

「すまんな」

 フェンシオが呟く。何に謝っているのか、聞こうにもその表情を見と問うことは憚れた。

 そしてすべての火が消え闇に覆われた。


「発光筒もカンテラの火も消えましたね」

「ラウム…生きてたか」

「私は街を守る兵士です。体は鍛えていますからね。ですが、さすがにあの一撃は効きました。剣を離さぬように訓練していましたらね。今回はそれが裏目に出ました」

「まぁ、生きてて何よりだ。この程度で死なれても困るんだがな」

 緊張から解放されたのか、二人は何気なく笑いあう。

「ひとまずの懸念事は取り除くことは出来ましたが、このままでは調査を続行できません。いったん引き上げ準備を新たにした後、再度調査を進めようと思います。お二人ともよろしいですね」

「明かりがなければどうすることも出来ないからな。」

「特に異論はない。少々疲れたので戻って休憩をしたいところだな」

「カンテラの方はもう使えないでしょうから、フェンシオ殿、発光筒をお願いします。それとすいませんが、肩をお借りできると助かるのですが」

「フェンシオは発光筒で先行を、俺がラウムに肩を貸す」

「了解、発光筒の時間は短いからな、途中で切れる。暗闇の中進むことになるから注意して進んでくれよ」

「あぁ、わかった」

 フェンシオが発光筒に火をつけると、ネムロスはラウムの元へと急ぎ肩に担ぎ立たせて、入ってきた道へと歩いて行く。

 三人が広間に入ってきた道へと辿り着くと。

「フェンシオ殿、少々待っていただけますか」

 そう言って立ち止まり、どこからか出した小さな金槌ような物で壁を叩いて行く。

「お待たせいたしました。では行きましょう」

 フェンシオと二人、首をかしげていると。

「何をしたか、後で教えてくれよ」

「教えるまでもなく、すぐに分かりますよ」

 楽しそうに二人に向かって微笑むラウムに、フェンシオは肩を竦めるしかなかった。

 誰となく静かになり来た道を戻っていると、発光筒が消える。一度通った道ではあるが用心しながらと、ラウムに肩を貸して歩くネムロスたちの歩みは遅い。外までは持たないと分かっていたが、先ほどより消えるのが早いような気もした。

 だからと言って文句を言えばどうなることでもなく、ただ外へ向かうべく。

「ここからは気を付けて進んでくれよ。」

 フェンシオの注意もさることながら暗闇の中、壁伝いで進んでゆく。

 暗闇を進むのは思いのほか精神に圧し掛かってくる。これが帰りなので幾分かは気が楽ではあるが、先ほどの闘いがあった後であれば、まだ何か潜んでいるのではないかと疑念を持たざるを得ない。

 まだ何かが潜んでいたならば、火が消えた時点で襲われれ成すすべもなく三人とも命はなかった。

 そういった意味では何も襲ってこなかった時点で、何も潜んでないと判断しても良いだろう。現時点においてもそういった気配はなく、三人の足音のみ響いているだけである。

 狩りに置いて暗闇に身を潜めることは良くあることだが、今は狩る方ではない。立場が変わると心にかかる重みが増す。その重みがやがて精神を蝕む前に対応する必要があるが、今はこの暗闇の道さえ抜ければ解放されるだろう。

 人それぞれにはなるが、闇に心を蝕まれないようにするのは、目を閉じて深く息を吸いゆっくりと吐く。そして闇を見つめる。

 今は壁に手をつき、フェンシオの足音を聞き、ゆっくりと進む。それだけでよい。


 そうしていると前方に光が揺らめいた。

 外に出たのかと一瞬思ったが、どうやら違ったようだ。前方から何かがやってくるようであった。

 フェンシオが足を止め警戒体勢をとるも、ネムロスも剣に手を添える。

 ゆっくりと近づいてくる明かりに人影が写り、やがてそれが外で待たせていた兵だと分かると、フェンシオと二人息を吐いて警戒を解く。

「少し驚かせてしまったようですね」

 ラウムの言葉にどうやら兵が来るのは分かっていたのだろう。

「あぁ…、そういう事か、さっきの音は外の兵を呼んだのか」

「詳しくは話せませんが、その通りです」

 暗闇で見えはしないが、もしその表情が見えたならば悪戯が成功したフェンシオみたいに、笑っていただろうと簡単に想像できた。

「副隊長殿、お迎えに上がりました。」

 現れた兵は左手にカンテラを持って敬礼をする。

「ご苦労様です。では外への案内をお願いします」

「了解です」

 そう言って無警戒に踵を返すと外に向かって歩き出す。

 怪我をして肩を借りて歩く副隊長の姿を見て、心配するそぶりもなく与えられた任務をこなして行く。

 これが街の兵なのかと思うと、何とも言えない気持ちになるが、こちらの歩く速度に合わせて進む兵は今何をしなければならないのか、判断したうえでの行動なのだろう。

 明かりに照らされて歩きやすくなった暗闇の道を、生きながらえたことを実感しながら外に向かって歩き出した。

 後ろを振り向くと暗く闇に閉ざされている。その先にあるのは何か。まだ何か潜んでいるような、不気味さだけが漂っていた。


「おぉ…、日が眩しい…」

「中の暗闇で目が慣れていましたからね。外はまだ日が高いことを忘れてしまいますね」

 二人、目に手をかざし太陽を仰ぐと無事に洞窟から出てこれたことに一安心しているのだろう。

 ネムロスとて無事であったことをうれしく思うが、先ほどの闘いでは思うところが多くある。素直に喜べぬところが悔しい。

 手にした剣に目を向けるが、何も語る様子はない。もっとも今は知られてしまえばどのように扱われるのか、これからのことにも支障が出かねないからか。

 巨猿を倒すためにフォスレスを使ってしまったが、何かと聡いラウムはもう気づいているだろう。

 遺体置き場にあったキメラ、その時にラウムから指摘があったキメラについていた切り口と巨猿を切り口が同じであったこと。

 問われたならば何と答えればよいか。頭の痛いところである。

 当のラウムは。

「今回の探索で危険と遭遇後、排除するに至りました。死者はなし、軽傷者が一名ですが休めば問題なし。その際に全ての消耗品が底をつきて探索の続行が困難と判断し、一時撤退を余儀なくされました。再度探索すための物資を要求します。急ぎ拠点に行き必要な消耗品、その他の物資の調達をお願いします。それと人員の手配も。脅威がなくなった今、人を増やし一気に終えたい。と、隊長へ報告をお願いします」

「了解しました。」

 よく訓練されている。末端の兵でこれほどまでならば、街にいる兵も同じなのだろうか。それともここに派兵された兵達だけが特別なのか。

 ラウムへ敬礼し、村の駐屯所へと駆け足で向かってゆく。

 ともかくこれで休憩は出来る。そう安心すると腹がすいてきた。朝も碌に食べずに来たのだ、当然と言えば当然だろう。

「ラウム殿の怪我は大丈夫か。それと補給品をもって帰ってくるまでどれくらいかかるのだろうか」

「……私の方は休めば大丈夫です。彼らは…そうですね、一刻ほどぐらいで来るかと思いますが、それがどうかしましたか」

 わずかに考えて答えるに、一刻のほどの時間。無為に過ごすには少々時間はある。ならばと。

「なに時間もそろそろ昼時になる。時間がなく朝は食べ損ねたのでな少々腹が減っている。携帯食も良いが何か捕って来ようと思うのだがどうかなと思い、丁度近くに罠が仕掛けてあるので何か引っかかっているだろう」

「そういえば忘れていたな。キメラが攻めてきた日の昼頃に仕掛けたやつだな。確かに何かかかってそうだが、逃げられているのかもしれんな」

「獣と魚の罠をいくつか仕掛けていたので、何かかかっていれば良いのだが」

「獣は捌くのに時間がかかるから、川の方へ行ってみるか」

「俺が見て来るので、フェンシオはラウム殿についててくれ、それと火の準備を頼む」

 そう言うとフェンシオやラウムの返事を聞く前に森の中へと走って入るネムロスにラウムは気にした様子もなく。

「これはこれは…ぜひ相伴を預からせていただきたく思います」

 恭しく返事をするが、その横でフェンシオは。

「あの野郎……逃げたな…」

 誰に聞かれることなくつぶやくのであった。



いつも読んでくださり、ありがとうござます。

主人公が主人公らしいことをしています。最後はアレですが。

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よろしくお願いします。

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