#1 絶望と……出会い。
「村を、仲間と家族を助けたいか?」
家屋が燃え落ち、田畑が踏み荒らされ、人が、仲間が血を流しながら倒れている光景を、何もできず、ただ見据えるだけしかできなかった自分に、絶望しかなかった胸中に希望を宿すには十分な言葉であった。
惨劇を前に項垂れ、立ち尽くしていた自分の前に、他の誰かがいたことに驚き、声が聞こえたほうへと首だけを動かす。
そこに女が立っていた。背中まで伸ばした黒髪、火に煽られながらもはっきりと分かる整った容姿、簡素な貫頭衣姿。およそバケモノたちに村が襲われている最中の場所には似つかわしくなく、それでいて泰然とする女の姿は、村を襲っているバケモノたちの仲間で俺を騙して襲おうとしているようにも思えた。
女の言葉の意味を図りかねていると、さらに言葉を重ねてくる。
「私の願いを聞き届けてくれるのなら、村を、仲間や家族たちを助ける力を貸そう」
2度となる助けを助力すると言う女の言葉からは、悪魔にでも騙されているのかと思うほど怪しむも、それでも村の仲間が家族が助かると思うと、受け入れるしかなく。もしその救いの手を払ったとしても、今の惨劇を打破できずに自身ですら、ここで殺されるしかないと理解していたが。
「本当に⋯⋯皆を、助けてくれるのか」
項垂れながらも聞き返したのは信じきれない思いと、その言葉を受け入れ僅かな希望にすがろうとする自分の浅ましさに目を背けるためか、そして目の前にいる女の言葉が聞き違いではないかと疑ったからで。
「約束しよう、村の者たちを助けるために力を貸すことを。そのあとで私の願いを受け入れてくれるなら、目の前の剣をとるが良い」
皆が助けられると聞き、鉛にように重く動かない体を無理やり動かし女がいたあたりを見るも、そこに女の姿はなく、代わりに剣が突き立てられていた。
この惨劇から助けてくれるなら、たとえ今騙されて殺されたとしても、そして何もしなければ確実な死が自身を飲み込むであろうと思うと、突き立てられたその剣を手にするに以外、選択肢はなかった。
常時なら狩りのため弓を取り扱っているが、鍛錬と自衛のため槍に、そして剣も扱っている。
持っていた剣はここに来るまでに刀身が砕かれたので捨ていたが、業物とは言えなくもその剣に比べ、目の前に突き立つその剣は自身が透き通るような深蒼色に、刀身はわずかに蒼白く輝いているように見え、また沿うように幾何学的な図にも似た文字が刻まれていた。柄尻には玉が埋め込まれており、見る者を魅了するかのような輝きがあった。
すぐに、その剣を見とれている暇はないと思いなおすと、その柄を握り、ゆっくりと地から抜いてみる。
ずっしりとした重みが手の中に納まり、手にするその剣は初めてなのに違和感なく手になじんでいた。
先ほどの女がどこに行ったのか、手の中にある剣もどこから出てきたのか疑問は尽きないが、それでもこの剣はバケモノたちを屠る力があることを、理屈ではなく理解するに十分な力強さを秘めていた。
抜いた時に感じた高揚感も目の前の惨状に見るに霞み、皆を助けるべく惨劇の最中へとその身を向けて走りだしてゆく。
バケモノたちの中には人にも獣の姿にも似た部位を持ち得ながらも、決してそれだけではない、人にも獣でも絶対に持ち得ないであろう怪異な姿がそこにはあり、ゆえにバケモノと言うしかなかった。
一匹がこちらの姿を見つけると、奇声を上げまるでオモチャを見つけた子供の様に、嬉々として向かってくる。
山羊にも似た顔を持ち得ながら角は不規則にねじれ、前足は昆虫のような附節。その姿はまるで鹿と昆虫を掛け合わせたかのようであった。
バケモノは、ねじれた角を突き出して突進してくる。理性なく本能のまま突っ込んでくるバケモノに対し、その角を回避するとともに剣を横に一閃。手に伝わってくる確かな手ごたえとともに、バケモノが切り伏せられ倒れゆく。
剣の切れ味、一振りでバケモノを切り裂き、殺したことに驚くも、バケモノたちは仲間が殺されたのを見て、嗤ったように見えたことに寒気を覚えた。
ゆっくりと、だけど確かに自分を餌か何かと認識し不気味に近づいてくる。
剣の間合いに入らず歩みを止め、突進の構えをとるバケモノたち。その数、全部で3匹。
その姿はバラバラで上半身が猿のようで下半身が四足動物であったり、鳥が混ざり合っていた。強いて共通をいうのなら継ぎ接ぎのバケモノということだろう。
バケモノはまだ、他にもいる。このようなところで時間を取られては皆を助けられないと焦りつつも、バケモノたちを前に攻勢に出られず、戸惑っていると、
『戸惑うことはない。一度にすべて相手するのではなく、順に倒してゆけばいい』
不意に聞こえた声に、頭よりも体が応えるかの様に右にいた鳥と獣の継ぎ接ぎのバケモノに突進。
鳥のバケモノもくちばしで啄ばむように頭を突き出してくる。回避はせず、頭めがけ剣を上段より振り下す。
先ほどと同じく剣より手に伝わってくる重みと衝撃。バケモノの頭が割られ倒れてゆくが、それを見届けることなく2匹目を確認するも、前足で踏みつぶさんと振り上げていた。
3匹目を目の端にとどめながら、踏みつぶさんと下ろされるバケモノの足を、わずか一歩後ろに下がり回避するとともに剣を切り上げる。裂いた首から一瞬遅れ血が飛散する。首を切り落とすまでは行かずとも命を絶つまでは至り、そのままの3匹目の心臓があろうと思われる場所をめがけて刺突する。逡巡している3匹目のバケモノの胸に刀身が吸い込まれてゆく。
切り伏せ、動かなくなったバケモノたちを見下ろしながら自身に起きたことに驚きつつも、惨劇は終わったわけではない。今やらなければならないことをするため、自身に起きたことを考察するより、助けられる仲間を、救えるはずの村を、得た希望で成すために剣の柄を握る手に一層力を入れ、走り出す。
『バケモノたちの統制は取れておらす、個で動いている。後続も来る気配はない。村の中にいる数もそう多くはないが、気を付けるが良い。バケモノの姿が一様でないことは、持つ能力も同じでない事ゆえに』
剣より聞こえる声に、今は疑問を持つことを放棄し、状況を受け入れる
「数が少ないことに越したことはないが、これで終わるとも思えんが」
『先のことを考えるより、今はこの状況を、バケモノたちを倒すことを考えよ』
先にいる首が長いバケモノを見据える。まだこちらに気づかず、目につくものに前足を振り上げては、振り下ろし、頭突きをしては破壊している。
不意をつき仕留めることができれば越したことにないが、時間をかければ被害が増す。リスクを承知でバケモノの距離を一気に詰める。
こちらに気づき、向きを変えてくる。こちらをにらむ目を見開くバケモノ。
『横に飛べ!』
声に体が反応し、右に飛ぶと同時に今いた所に衝撃が走り抜け、地が弾けて火が噴く。横に飛ぶのが遅れたら、ただでは済まなかったところだろう。
『再度、力を使うには時間が必要のようです。今のうちに』
不思議な感覚を覚える、剣の声に従い体を動かし、距離を詰めるべく駆け出す。バケモノの目が見開かれ再度、先ほどの衝撃を放とうとする。
走りながら短剣を取り出し、バケモノをめがけて投擲する。衝撃を放つより先にナイフが突き刺さる。
目を狙い投擲したが、わずかに外すもバケモノを怯ませるには至った。剣が届く距離、間合いを詰める十分な時間を得て、走りバケモノと肉薄する。剣の間合いに詰め、振りかぶり切りかかろうとした正にその瞬間、バケモノの尻尾が振り回される。
迫りくる尻尾に振り下ろす剣の軌道を変える。剣と尻尾、それぞれが交差する瞬間、全てが緩慢になるのを観た。剣がバケモノの尻尾を切り裂き、顔をかすめて飛びゆくのを意識の隅で見届ける。
振り抜いた切っ先を返し、動かずにいるバケモノの後ろ足を断つ。ゆっくりとズレ、真下へ崩れ落ちる。後ろ足を失ったことでバランスをとれなくなったバケモノは、地をのたうち回るしかなかった。
苦痛からなのか、恐れからなのか最早此方のことなど気にしたそぶりも見せずに、暴れまわるバケモノに、剣を横に払い命を絶つ。
『まだです。確認できただけでも2匹います』
どこだ、と聞く代わりにあたりを見渡す。大きな体躯を持つバケモノがこちらへ突進してきている。
頭から生えている2本の角は突き仕留めるがの如く、大きく前に突き出している。動きこそ早くはないが、重量と力があることが伺える。下手に受けようものなら簡単に弾き飛ばされることは容易に想像できた。
回避しようにも角の間合いが広く、次の一手に繋がらないだろう。対応に迷うことは自身の死を意味した。
腰に剣をためる。左手は鍔元へ添え、右足を一歩前へ踏み出す。剣は鞘に入ってはいないが、抜剣の、居合の構えをとっていた。自身ですら意識しておらず、またそれが当たり前の如く。生まれるであろう疑問は、この剣を手にしたときに捨てていた。頭の中はもはや何もなく、聞こえる雑音もなくなってゆく。あるのは己の手の中にある剣と、目の前に迫ってくるバケモノのみ。
バケモノが迫る中、間合いに入る前にも関わらず、さらに一歩、力強く踏み出す。地を踏みぬいた力を無駄なく腰の回転させ肩に腕に伝わらせ、細く細く絞るがごとく剣に乗せ、振りぬく。
細くしぼられた力は剣より放たれ一筋の閃りとなって、バケモノを切り裂く。
見えざる気刃により穿たれ、勢いが失したバケモノに止めとばかりに打ち下ろす。角もろとも頭を切り裂くと、地に倒れ暴れていたがすぐに静かになった。
体は依然重く大きく息も切れているが、確認した限りではまだ1匹いる。次の獲物を見据えるべく、確認した方向へ視線を向けるも、見つけることができなかった。
どこかへ隠れたのか、逃げたのか。捨ておくわけには行かず、探し出して始末しなければ再度襲ってくることもあり得る。
隠れてこちらを狙っているなら迎え撃つだけだが、逃げたなら厄介なこととなる。先ほどまでいた場所へと足を向ける。
半倒壊した家屋を曲がるとその先にバケモノがいた。
見つけると同時に戦慄する。逃げ遅れたのか村の仲間にバケモノが襲いかかろうとしていた。
駆ける。バケモノが村の仲間を殺さぬよう、そしてその後ろから切り伏せ、仲間を救うと同時にバケモノを倒すため。
だか、届かない。遠い。こちらが駆けつけるより早く、バケモノの牙が仲間に突き立てられるだろうと思うと自身の力のなさを悔やむ。だか、それでも、バケモノを殺さなければ、被害は、仲間は殺され続ける。
今できることは、一刻も早くバケモノたちを倒すこと。そして仲間を助けるため。
『この程度の敵相手に手間取ってもらっては困ります。仲間を助けるため力を貸すと言ったはずです』
ならばどうすると言うのだ!と心の中で毒づくと、異変に気付く。バケモノが牙を立て襲い掛かろうとしているが、その動作が緩慢に見とれた。バケモノのもとへと駆け寄り剣を突き立てるより早く、牙が仲間を食いちぎるのが早いだろうと、それでも仲間が殺されているうちに駆け寄り後ろから切りつけ殺すしかないと、犠牲を覚悟していたが。
届く! その牙より早く、剣をバケモノに突き立てれると思えるぐらい、バケモノの動きがゆっくりであった。
まさに牙が突き立てられる一瞬、その首筋に体ごと剣を突き立て弾き飛ばす。
まだ死んでいない。バケモノの生死を確認する前にとどめを刺すべく、体勢を立て直し倒れているところに打ち下ろす。
血を吐き絶命するのを確認すると、襲われていた仲間を振り返る。
「大丈夫か」
「あ、あぁ、もうだめかと思ったが、助かった。俺は大丈夫だ」
多少のけがはあるようだが、大事には至っていないと確認すると。
「ほかにバケモノたちは」
「わからん。俺も他を逃がすのに手一杯で逃げ遅れたからな。だが、すごいな、あのバケモノたちを簡単に倒してしまうとは」
「⋯⋯訳はあとで、今はバケモノどもが他に居ないか、探さねば」
「すまん、俺は動けそうもない」
「肩を貸そう、動けなくとも隠れてくれれば……」
バケモノを探し倒さねばならないと思いつつも、このままでは火に焼かれ倒壊した家屋の下敷きに、もしくは再度どこからか現れるかもしれないバケモノに襲われるかもしれないと危惧し、仲間を見捨てることはできないと葛藤していたが、目の前の仲間を助けずに行くわけにゆかず、襲われ倒れていた仲間の手を取り無理に立ち上がらせる。
周りを見回すも家屋は倒壊し、火の手が上がっている家屋はいつ崩れてもおかしくはない。隠れる場所はないことなど分かっていたが、それでもバケモノから隠れられる場所を探しさまよう。
「隠れる場所はないようだ」
「そのようだな……。俺はいい、その辺の木の陰にでも置いて、他の者たちを助けに行ってくれ。そしてバケモノどもを頼む」
バケモノの心配はあるが、被害が少なく火の手からは避けられる木陰へと座らせると。
「すまん、バケモノの気配はなくなったようだが、確認してくる。ここなら火のほうは心配ないだろう」
男は軽く手を挙げ、よろしく頼むと言うと気を失った。
家屋が焼け熱風が駆け抜ける中、バケモノたちが徘徊していないか探すために、村の中を駆けてゆく。
村の周辺も含め、決して大きくはないが村の中も、バケモノがいないか探し回るも気配はなく、惨劇の傷跡のみ残していた。
地に伏し、動かなくなっていた者たちは大人たちであったが、これからのことを考えられる様になると、心が重くなるばかりであった。
「バケモノたちは去ったようだな」
突然にかけられた声のほうへ向くと、初老の男が立っていた。髪は真っ白になっていたが佇まいはしっかりし、痩せてはいないがその体には老いが刻まれていた。
「村長! ご無事でなりよりだ。バケモノはいなくなった様だが、村が……」
「バケモノが再度くれば終わろうが、その時は覚悟しよう。されど今は現状をどうにかするのが先、雨でも降ってくれればよいのだが、現状では期待できん」
「力及ばず申し訳ない」
「謝るでない、むしろ良くやった。倒れたものは残念だが、まだ生き残っておるものがおる」
俺は頭を下げるも、村長は肩をたたき生きていたことに喜び、これからの方針を定めるべく。
「まずは家の火を消すことから始めよう。動ける人を集め川の水を汲み、火を消そうぞ。項垂れている暇はないぞ、さぁ、動け!」
被害は大きくバケモノのことが心配はあるが、今は家屋の火を消すべく人を集め、村長の指示を伝えるべく動き出す。
暗澹たる思いのなか、手の中にある一振りの剣に一条の光を見いだし、動き出す。
剣とともに約束した願いにどのような先が待っているか、言葉にならない気持ちを抱えたまま。
初めまして。
初小説、初執筆です。右も左もわからないし執筆速度も遅いですが
これからよろしくお願いします。
温かく見守ってくださるお幸甚です。