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帝国博物館の見習い学芸員  作者: ヤマガム
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8話

固い握手を交わし、見事に意気投合したお袋とキャロリンちゃんは屋敷に戻るまで、企てる相手が目の前に座って居るにも拘らず、謀を話し合い続けていた。


謀のキーワードは、「ドレス」と「女の子らしく」。

うん、逃げよう。


屋敷に戻りひと段落し、キャロリンちゃんもテーブルに呼び遅めの昼食を取つつ今後の話し合いをする。

「当家に滞在中、ガブリロワ殿に使用していただく部屋はすぐに準備できますので、

 終わり次第、お預かりしたトランクを運ばせます。」

親父がキャロリンちゃんに滞在時の部屋の準備をしている旨を説明すると、

「いえいえお構いなく。

 寝袋さえあればどこでも大丈夫なのでパトリシア様のお部屋の前の廊下でも結構ですよ。

 何かあった時に直ぐ駆けつけられますので。

 あっこのスープお替りいただけますか?」

スープのお替りを要求しつつ返した突拍子もない返答に親父が目を白黒させる。

「いや、流石に客人にそのような場所にお泊めする事など出来ません。

 パトリシアの部屋の近くに用意をしておりますので、そちらでお願いします。」

運ばれてくるスープの皿に目を輝かせつつ、キャロリンちゃんが了承する。

「畏まりました。

 では、これからの治療ですが先ほど馬車の中でお話しさせて頂きましたが改めて説明させて頂きますね。

 パトリシア様はまだ幼いので成人の様な回復速度で治療を行うと腕が歪んだり、関節の可動域が正常ではない状態で再生されてしまいます。

 ですので様子を見ながら一度に30分程度、それを朝昼夜の一日三回行う予定です。

 すみません、パンの追加もよろしいですか?

 いえ、そちらの白いのではなく黒い奴で。」

俺の腕の治療方針を説明しつつ、テーブルにお替りのスープを運んできたメイドにパンの追加注文をするキャロリンちゃん。

・・・馬車に乗るときと言い、この子の図太さには何か光るものを感じる。


その後も細かい説明を受けつつ昼食が終わる頃には、兄ちゃん達が学校から帰ってきて案の定パニックになる。

学校から帰ってきたら妹の腕が無くなってたら、そりゃ驚くよな。

すまんね兄ちゃん達、頑張って腕生やすから許してくれ。



治療が開始されて一週間程度経過し、少し再生してきた腕を見てお袋が安心し始めた頃、

親父が俺にこれからの事について話してきた。

「パティ、本当ならパティは4月から学校へ入学の予定だけど、

 腕が治るまでは、入学しても学校に行くのは難しいと思うんだ。」


「俺」は学校に行ったことが無いし、1800年の知識の穴を埋める事が出来ると少し楽しみにしていたが、

仕方が無いと言えば仕方が無い。

「うん、少し楽しみにしてたけど・・・

 学校にいけない間は、兄ちゃん達の教科書を読ませてもらうよ。」


俺の承諾にホッとした表情になった親父は、腕が完治し先に入学してる生徒たちの勉強に追いつくまでは家で家庭教師を雇う予定だと説明してくる。

どんな形だろうが学ぶ機会を得るのはありがたい。


学校の話が出てから一月程度経つと肘の下あたりまで腕が再生してきた。

その頃にはお袋とキャロリンちゃんの結束が強くなり、俺に迫ってくるようになる。

「パティちゃん、腕も徐々に治り始めているし、そろそろおめかしでもして気分転換なんてどうかしら?」

「それは素晴らしい提案ですわ、奥様。

 治療ばかり続けていると気が滅入ってしまいますものね。

 ここは明るい色のドレスでも身に着けてリフレッシュする事をお勧めいたします。」

あからさまに芝居がかったことを言い始めた二人を見つめ溜息を吐く。


一体、俺のどこを見たら気が滅入っていると思うのだろう。

「俺」だった頃は一度も経験していない徐々に腕が治る過程を観察出来、

兄ちゃん達のお古の教科書を読み知識の穴を埋め、

さらに、最近俺の身の回りの世話役として付いたマリーと言うメイドのバインバインに顔をうずめて甘える事まで出来る。

滅入る処か生まれて以来、最高に気分が高揚している時間を過ごしていると言うのに。

あえて滅入る事は何かと聞かれたら、目の前の二人の女性の奇行くらいなものだ。


二人で衣装室に俺に着せるドレスを選びに行ったタイミングで俺は動く。

目の前のお茶を飲み干し、

「マリー、悪いんだけどお茶のお替りをもらえるかな?」

マリーに指示を出す。

「畏まりました。」と返事を返し準備を始めたマリーの背中を確認した瞬間。

俺は窓に向かって駆け出し、部屋から脱走した。

夕飯までは逃げ切ろう・・・

こうして俺の脱走技術が磨かれて行く事になる。



更に時が経過し俺の右腕も手首まで回復し、脱走技術に磨きがかかって来た頃、一つの問題が発生する。

お袋とキャロリンちゃんはどうにかして俺に可愛いドレスを着させたいらしく、あの手この手を使って迫ってくる。

何度か鬼気迫る表情で迫ってくる二人に恐怖し屈してしまった事はあるが大体脱走は成功していたが、最近脱走できる確率が低くなってきた。

その理由がまさかのマリーである。


この間なんて、

「マリーお茶のお替りを「どうぞ」・・・」

「小腹がすいたんでオヤツを「こちらはお嬢様の大好物のチーズケーキになります」・・・」

「・・・」

「ご安心ください。 お替りの準備も御座いますよ。」

「うん、・・・ありがと。」

である。


お袋に俺の脱走を食い止めろと指示を受けているらしく、俺がマリーの隙を見つける事が出来ず強行に及んだ場合は瞬間に捕縛される。

伏兵は思いもよらぬ処に潜んでいる程効果的である事を身をもって経験した。



マリーの思わぬ台頭に四苦八苦しつつ治療開始から6か月、遂に指まで生えた。

やっぱり生えただけで上手く動かす事が出来ず、物を掴もうとして失敗を繰り返す。

「パティちゃん、慌ててはだめですよ。

 じっくりと時間をかけて、動かす感覚を取り戻しましょう。」


キャロリンちゃんの指示通りリハビリを開始するが、半年前までは思い通りに動いていたものが動かないというのは非常にもどかしい。

情けないが、イライラしてしまう俺にキャロリンちゃんが何か気分転換を進めて来る。(ドレスは着ないぞ!)

「慌てても直ぐに動かせる様になる事はありませんから、落ち着きましょう。

 うーん、何かパティちゃんの気が紛れる事があればよいのですが・・・」


只でさえ俺の狭い生活環境の中で、

指を動かすリハビリを行い、

思い通りに動かないもどかしさを紛らわせ、

溜まったフラストレーションを発散させる。

そんな好条件をそろえる方法なんてあるわけがない。


「手詰まり」そんな言葉が頭に浮かび始めたところで、マリーが冷めたお茶を取り換えてくれる。

礼を言うためにマリーの方へ顔を向けた瞬間、俺の腕が無意識に動いた。


ははっ・・・あるじゃないか。

全てを満たす最高の条件が。

何で・・・何でこんな簡単なことに今まで気が付かなかったんだ。


霞が掛かったようにぼやけていた俺の思考が一気に晴れ渡り、俺の小さな掌はマリーのバインバインにめり込む。

キャロリンちゃんが珍しく慌てながら俺を窘めるが、俺の指が止まらない。

「パっパティちゃんっ、だめですよ!

 女性の胸をそんな乱暴に揉んでは。」


俺の思うように動かないうえに小さな手ではマリーのバインバインをもて余してしまうが、久しぶりに味わう喜びにキャロリンちゃんに羽交い締めにされるまで暴走した。


そして「マリーの献身的な介護」のおかげで無事、最初の診断通り8か月で腕が完治し、キャロリンちゃんの仕事が完了して医療院へ戻る日が来る。

「うぅ、先生・・・今まで有難う御座いました。

 パティちゃんの怪我が治ったのは先生のおかげです・・・」

お袋が涙ながらにキャロリンちゃんにお礼を言う。

「奥様・・・お顔をお上げください。

 私もこのお屋敷に来て医療院の中では経験の出来ない沢山の勉強をさせて頂きました。

 お礼を言うのは、私の方です・・・」

キャロリンちゃんも目に涙をためてお袋にお礼を言う。


・・・俺、こういうのダメなんだよ。

くそっ、俺まで寂しくなってきた。


俺もしんみりしながら、キャロリンちゃんにお礼を言う。

「キャロおねーちゃん。

 ありがとう・・・」

俺の礼にキャロリンちゃんが俺にガバッと抱き着いて、

「パティちゃん、よく頑張りましたね。

 おねーちゃんはもう医療院へ帰るので一緒に居る事が出来ませんが、いつもパティちゃんの事を思っていますからね。」

別れの挨拶をしながら、初めて会ったときと同じく大きく頬を擦り付けて来る。


「名残惜しいですが」と呟き俺から離れ、目頭を指でぬぐいつつ親父に向き直り、

「ザイン様。

 それでは私は医療院へ戻ります。

 後日、完了手続きの書類などを医療院からお送りさせて頂きます。」

と事務的な話をし、

「パトリシア様は少々お転婆さんなので、気を付けてくださいね。」

と微笑みながら挨拶を締めくくる。


キャロリンちゃんの挨拶を聞いた親父も、

「ガブリロワ殿、本当に有難う御座います。

 パトリシアの怪我が完治したのも、全てガブリロワ殿のおかげです。

 何度お礼を申し上げても、足りないくらい感謝しております。

 もし何か困り事が出来た場合、是非ご連絡ください。

 当家が必ずやガブリロワ殿のお力になりましょう。」

と礼を返す。


全員の挨拶が終わりつかの間の静寂が包み込んだ後、

「では、いつまでも馬車を待たせる訳にもいけませんので行きますね。」

と、自分で自分を急かす様にキャロリンちゃんが馬車に乗り込む。


そして、馬車の準備が整い屋敷の入口へ向かって動き始める。


・・・最初はアレだったのに。

・・・たったの8か月しか一緒に居なかったのに。

・・・別に、会おうと思えばそれなりに会えるのに。


俺は走り出し、遠くなっていく馬車に向け大きな声で叫ぶ。

「ありがとう。

 また・・・今度は遊びに来てくれっ」


俺の声が聞こえたのか馬車の窓からキャロリンちゃんが顔を出し声を張り上げて答えてくれる。

「はい・・・また・・・

 また、来週きます。」












え?

来週?


結局、キャロリンちゃんは一週間に一度「定期検診」という事で、通ってくれる事になっていたらしい。

俺のしんみりした時間を返せ。



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