7話
俺の体を気遣い、少し速度を落として屋敷に向かう馬車の中、俺は周りを見回す。
中には4人。
親父、お袋、俺、そしてキャロリンちゃんだ。
最初、キャロリンちゃんは別に手配した馬車で移動すると言ってきたのだが、俺にもしもの事があると困るので親父が馬車へ同乗を求めると、貴族の馬車に乗るなんて畏れ多いと口にしながらも全く遠慮せずに乗って来た。
その精神の図太さには見習うべき何かがあるような気がする。
キャロリンちゃんの方に目を向けると、気落ちし俯いているお袋を慰めつつ、今後の治療方針を説明しているところだった。
「一回辺り30分程度の再生魔法を、一日三回朝、昼、夜に行う予定です。
半年もあれば、パトリシア様の腕は再生します。
後は暫くリハビリを行えば日常生活に戻れますよ。」
その言葉にお袋がゆっくりキャロリンちゃんの方を向き呟く。
「先生、どうか娘を・・・お願いします。」
力なくつぶやくお袋をキャロリンちゃんが微笑みながら励ます。
「奥様、俯いていてはだめですよ。
今一番辛いのはパトリシア様なのですから、奥様が元気が無いとパトリシア様はもっと辛くなってしまいます。
さ、お顔をお上げください、パトリシア様の為にも。」
その言葉を聞いたお袋の目が生気を取り戻し始め、
「そ、そうよね。
辛いのはパティちゃんのはずなのに、私ったら何をしていたのかしら。
こんな時だからこそ、私が元気を出さなくちゃいけなのにね。」
キャロリンちゃんの励ましに答えたお袋を見つめて、満足そうにうなずき、
「その調子です奥様、共に頑張りましょう!」
・・・やっぱ医者ってスゲー。
あんな落ち込んでるお袋を少し話しただけであそこまで立ち直させるとは。
最初がアレだったから心配したけど、期待の星と言われるは伊達じゃないな。
そんな事を考え、話が盛り上がってきている女性陣から視線を窓の外へ向け考える。
街に出るのは今日が初めてだ。
元々この体のせいで俺は人前に出るのを嫌がり、お披露目前でもあるから親父たちも無理に屋敷から連れ出す事も無かった。
そんなことを考えていると親父が話しかけて来る。
「そう言えばパティは屋敷の外に出るのが今日が初めてだったね。
ここら辺は医療院や、お医者さんになりたい人たちの学校が多くある場所でね、
あまり人通りが多い場所じゃないんだよ。」
親父の言葉に耳を傾けつつ周りを見てみると、確かに人通りが少なく閑散とした印象を持つ。
窓の外を眺めている俺に親父が話を続ける。
「もう少し進むと大きな橋があるんだが、そこを超えると人とお店が沢山ある広場に出て、初めて見るパティはビックリするかもしれないね。」
見慣れない街並みを楽しみつつ暫く経つと、親父の言っていた通り大きな橋を渡る。
すると次第に人通りが増え、大きな広場の前に差し掛かると親父が広間の真ん中に立っている石像に指をさし説明してくる。
「パティ、ここはこの国がベルバートと呼ばれる前、平和都市と呼ばれていた時代から残っている唯一の場所でね、
他の場所は大きな戦争があったり、色々な建物を建てる為に壊されちゃったけど、ここだけは残そうって皆で約束した場所なんだ。
ほら見てごらん、広場の真ん中に石像があるだろう。
あれは英雄の像と呼ばれててね、今はもう雨や風で顔が削れて無くなっちゃっているけどパティのずっと前のおじいさんの石像なんだよ。」
--違うよ、親父。
あれは俺を象った石像じゃないんだ。
顔が無いのが正解なんだ。
種族をまとめる戦争、俺が『英雄』と呼ばれる様になったあの戦争で、
俺みたいに欲望の為じゃなく、本当に平和を願い戦って死んだ奴らを弔う為に作った石像なんだ。
だから、あの石像を見上げる者が家族の、恋人の、友の顔を思い浮かべる為にわざと顔を作らなかったんだよ。
心の中で何とか石像の本当の意味を説明できないかと考えている内に、親父が更に奥の方を指を刺し続けた説明に息をのむ。
「パティ、石像の奥の方の建物が見えるかい。
あの建物はこの国が平和都市だった頃から建っている最後の建物なんだよ。
あそこでたくさんの偉い人たちが一杯お話をして国を作る準備をした場所で、まだパティには難しかったかな?
でも、パティに見せる事が出来て良かったよ、あの建物はとても古くて何度も直して今まで建ってきたんだけど、もう直す事が出来ないくらい壊れ始めてしまってね、壊す事が決まったんだ。」
--知らない訳がない。
親父に言われるまでくたびれてて気が付かなかったが、あそこで平和都市は建国宣言をやったんだ。
あの中で大志を抱き平和を夢見ている奴らが未来を語り、そして「俺」が茶化して・・・
そうか、取り壊されるのか。
1800年も経ってるんだもんな、よくあんな建物がここまで残っていたもんだ。
そうか・・・1800年か・・・
もう、「俺」の知っている物なんか残ってなくても当然だって言うくらいの時間が経ってるんだよな。
そう考えるとこの建物が取り壊わされる前に俺が生まれ変わる事が出来たのは、何か運命的なものを感じるぞ。
まぁ、あの神が何かやったとは思えんが。
「俺」が生きた痕跡が残っている内に生まれ変わる事を受け入れてくれたこの世界の寛容さに感謝だな。
俺は親父の顔を見上げ思う。
間違いなく親父の期待する子供にはなれないし、いずれあんたを悲しませる時が来てしまうと思う。
だが、必ずこの世界に生まれ変わる事が出来た恩は返すつもりだ。
その決意を心の中で誓い、お袋に顔を向け・・・向け・・・?
「そうなのよ~、パティちゃんにはピンクのドレスが似合うと思うのっ!」
「分かりますわ、奥様!
間違いなくピンクのドレスはパトリシア様の可憐さを引き立てますわ。」
「先生、パティちゃんの可愛さを分かって頂けるのですね。」
「勿論です!
初めてパトリシア様を見たときには背筋にビビッと電気が走るような感じがしましたもの。」
「あぁ、やっと・・・
やっと理解して下さる方を見つけたわ。
ウチは男所帯だから、そんな事を言っても誰も理解してくれなくて・・・うぅ・・・」
「奥様・・・」
「先生・・・」
見つめ合い固い握手を交わしてるお袋とキャロリンちゃん。
どうやらこの世界は俺を受け入れてくれてくれる寛容さは持っていても、ノスタルジーに浸る時間を与えてくれる優しさまでは持ち合わせていないらしい。