3話
「パトリシア・ザイン」 本日のパーティーの主役の少女の名前である。
ザイン家当主フェルナンドとその妻セリーナの間に生まれた4番目の子供であるが彼女には色々な噂がある。
ベルバードの貴族の子供は6歳の誕生日を迎えるまでは公式な行事には出席しない取り決めにはなっているが、彼女の兄である三人の息子たち「長男アルフレッド」「次男ダグラス」「三男ロベルト」は、6歳を迎える前からフェルナンドに連れられそれなりな場所で顔見せ、器量が良く礼儀も正しいと評判になり将来を嘱望されていた。
にもかかわらずパトリシアだけは外に出てくることがなく生まれたとの話を聞いても実際に見たという者も殆どおらず、彼女と会った皇帝ですら詳細を多くを語りたがらなかった為、宜しくない噂が立つ。
曰く、病弱で床に臥せている。
曰く、気が触れて隔離されている。 など・・・
そんな噂が囁かれている彼女の6歳の誕生日である。
家同士の繋がりを求めているだけの者たちも彼女という存在には注目することになった。
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お袋の許可が出てアルフ兄ちゃんが控室に入ってくる。
俺を見て微笑みながら褒めてくる。
「今日はいつにも増して綺麗だよ、パティ」
・・・ぞっとする。
6年間付き合があるから耐えられるが、初対面でやられたら間違いなく飛び蹴りをかましてただろう。
男に微笑みながら褒められても何も嬉しくない。
俺が眉間にしわを寄せ嫌悪感を醸し出していると、兄ちゃんが困った顔をしながら、
「ははっパティはいつも通りだねぇ、
でも、せっかくの誕生パーティーなのに女の子がそんな顔しちゃだめだよ」
と、眉間にしわを寄せる俺を窘めながら、俺に向けて手を差し出して来た。
「さぁ、時間だよ。
今日は僕がエスコートするから宜しくね」
い、嫌だ・・・絶対に嫌だ。
只でさえ出たくもないパーティーに、男にエスコートされて行くなんて無理だ。
脱出だ、何としても脱出するぞっ。
俺は兄ちゃんの差し出してきた手にそっと手を添える・・・振りをして廊下に続く出口へ駆け出し、
「ぐぇっ」
マリーにとっ捕まった。
結局、マリーに兄ちゃんのところまで連れ戻され、「諦めてください。」と一言添えられて降ろされる。
一連の行動に苦笑いを浮かべていた兄ちゃんが真剣な顔になり俺を諭すように語りかけてくる。
「パティ・・・
君が髪や目の色で人前に出たくないことは僕は勿論、父様も母様もダグやロベルトも皆、理解しているんだ。
でもね、いつまでも家の中で閉じ篭っている事なんて出来ないんだよ。
いつかは必ず外に出なくてはいけない時が来るんだ。
さぁ、最初の一歩を踏み出そう、僕たちが付いているから。」
違う。そうじゃない。
兄ちゃんは俺が髪と目の色が家族と違い「銀髪金目」だから嫌がっていると勘違いしているらしい。
ザイン家の血を引くものは配偶者の髪や目の色がどんな色でも基本的に紺色の髪に、紺色の目で生まれて来る。
3人の兄ちゃんもお袋も皆、紺色の髪に、紺色の目だ。
親父? 親父は違うよ、入り婿だし。(ちなみに髪も目も緑色だ)
でも極稀に『英雄』と同じ「銀髪金目」で生まれて来ることがある。
てか、「銀髪金目」は俺の誇りだ、気にするわけないだろ。
兄ちゃんの的違いの励ましに困惑してると、お袋が後ろから抱きしめながら涙声で、
「ぐずっ・・・そうよ、パティちゃん。
パパもママも皆パティちゃんの味方よ。」
泣き落としーーーーっ
マズい、肉体的にも、精神的にも逃げ場がなくなった。
・・・
ステージ上で親父が来賓客に挨拶している。
そのステージの端で俺は待機し、呼ばれるのを待っている。
もう、逃げられないんだな・・・刑を執行される囚人とはこんな気持ちなのだろうか・・・
そんなことを考えながら遠くを見るような目で呆けていると俺の名前が呼ばれ、
兄ちゃんが柔らかく微笑み「僕が付いているから」と励ましつつ俺の手を引いていく。
親父の挨拶中でも小声で歓談し、俺が入場する際にも噂の真相がどの様なモノかとざわついていた会場が、
俺がステージの端から現れた瞬間、まるで水を差すかのように静まり返る。
え?何静まり返っちゃってるの?
さっきまで見たいに飲み食いしながらくっちゃべってて良いんだよ?
後から聞いた話だと客の奴らの大半は俺の事を紺髪紺目のまともに立つことのできない病弱か、
気の触れた正視出来ないモノが出て来るのではないかと予想していたらしい。
ところがどっこい、見てくれの良い銀髪金目が出て来たものだがら度肝を抜かれたとの事だ。
音のない世界がたっぷり十秒は経過した後 - - - 会場中が一気に騒ぎ出す。
予想外過ぎて言葉が出てこずあうあう言う奴(んなビビる事か?)
「可憐だ」だの「美しい」だの感嘆の声を上げる奴(だから嬉しくねーの、そんなん言われても)
銀髪金目を見て「英雄の再来だ」と驚く奴(お前正解!後で花丸やるぞ)
親父が場を収め俺の紹介をした後、来賓の代表が俺に挨拶をするとのことでどっかで見たオッサンが壇上に上がってきた。
パッと見気が弱い奴は委縮してしまいそうな、ガタイが良く禿げ上がった頭。
その割にはえらく人懐っこそうな笑みを浮かべる顔。
いったいどんだけ整えるのに時間かかるの?って感想が一番最初に出て来る口ヒゲ。
ヒゲ、ひげ、髭・・・
あっ思い出した、こいつ皇帝だ。
野郎の顔なんざ覚える気はさらっさらねぇが、そのヒゲだけは覚えてんぞ。
てか2年前くらいにあった時もよりさらに凶悪になってんな。 揚力でも生み出そうとしてんの?
祝辞を述べるヒゲ。
要約すれば誕生日おめでとう、300年ぶりの銀髪金目だから周りの目が大変かもしれないが、
困ったらいつでも相談してくれ、との事だ。
いや、女として人前に出たくなくて外に出なかった俺が悪いっちゃあ悪いんだが、
家族の連中と言い、ヒゲと言いどんだけ俺が髪と目の色にコンプレックス抱えてるって思いこんでんだよ。
親父とかに気にしてねーっつても、強がらなくてもいいとか励まされるしさー
とか思っていると俺が挨拶する番になる。
お袋に教えられた挨拶を微笑みながら喋っていく。
あまりにもの嫌悪感で顔も喉も引きつり、ぎこちなくなってしまう。
その様子を見たヒゲが「初めての挨拶で緊張しているのかのぅ」と呟き、場を和ませる。
ナイスアシストだヒゲ、よくやったぞヒゲ!
何とか挨拶が終わり、その後は個別でやってくる挨拶に愛想笑いで返し、俺を英雄の生まれ変わりと言ったやつに花丸を書いた紙を渡しつつ何とか俺の誕生日がおわった。
部屋に戻り、髪を解きドレスを脱ぎ捨てベットに飛び込むように倒れこむ。
あー・・・疲れた。
何とか、何とか男になる方法はないのだろうか。
6歳を過ぎ、お披露目が終わったという事はこれから様々な場所に呼ばれ、
今日みたいに女の演技をしなくてはならい場所が増える。
耐えられる自信がない。
この家から逃げ出すにしても肉体的にも経済的にもまだ不可能だ。
「俺」は男だから性別を変える魔法やら呪いやら術なんてものは知らん。
そもそもそんなものが存在しているかどうかもわからん。
そういう物に頼るなら「ある」か「ない」かを調べるところからになってしまう。
「ある」と仮定して一番近場で、確率が高いとなると帝国図書館の禁書棟か・・・
幾ら貴族の娘と言っても6歳の小娘に入棟許可なんか出るわけがない。
忍び込む? 無理だ。
マリー1人相手でも逃げ切れない俺が、マリーレベルの奴がうじゃうじゃいるところに忍び込めるはずがない。
他に可能性がある場所は・・・だめだ、思いつかん。
別の方法は・・・ん?
そういや客の中に少ないけど「亜人」が居たな。
頭頂部に耳の生えている獣人やら、角の生えてる龍人やら。
龍人、あいつら普段でっかいトカゲのくせに人にも化けれるんだよな。
あれ? トカゲが人に化けてるんだっけ? 人がトカゲに化けるんだっけ?
まぁどっちでもいい。
どっちにしてもがっつりと体の形を変えられる術を持ってるんだ、それを覚えられたら人から人に変える事だって出来るんじゃね?
・・・お、おぉ。
どす黒い未来がちょっぴりバラ色に代わってきた気がするぞ。
よし、早速親父に今日来た龍人を紹介してもらうぞ。
おれはベットから立ち上がり親父の部屋に掛けだしていった。