26話
目を閉じて大きく深呼吸……もう一回……
必要なのは成り切る事と羞恥心を捨てる事……今の俺なら出来る。
ゆっくりと目を開け、顔を斜め上に向け視線は全てを蔑むように正面を見る。
右手は腰に当て左手で前髪をかき上げる。
「わ、我が名はパトリシア……古より続く英雄の血を引く者なり…… ど、どうだ今度こそ合格点だろ!?」
俺は期待を込めて目の前にいるラファエルに尋ねる。
「ふっ、90点だな……」
「な、何故だ! 視線だって動きだって、セリフの抑揚だって完璧だっただろう!」
「語り出しの最初で噛んだだろう、まだ羞恥心を捨てきれていない証拠だ」
「ぐっ」
「よく聞くんだパティ、英雄の血を引き、その美しい顔立ち、金色の瞳に銀色の髪、そしてロリ!……お前は全てを持ち合わせているんだ! 自分に誇りを持て! さぁ、もういっかブベッ」
あ、ラファエルが吹っ飛んだ。
「何をするんだクリス! 折角ラファエルから格好良い挨拶の仕方を教えて貰っているのに」
「パティ……パティはまだ中等部の一年生だろう?」
「ああ、それがどうした?」
「今のは、中等部の二年生だけがやっていい挨拶なんだ、だからまだパティには早い、それと事務局に寄ったらパティ宛の手紙が届いて居たぞ」
何故、ラファエルはもういい大人なのにあの挨拶をしているのだろうか、それをクリスに聞いてもあいつは茨の道を歩く事を選んだバカだからと答えられ益々意味が分からなくなる。
ま、それよりも手紙だな、誰からだろう。
封筒の裏を見ると宛名にエルフィンと書いているが……どこかで聞いた記憶があるが多分男の名前だろう。
手紙の内容が今週中には宮廷に来て欲しいと書いてあったって事は……そか皇帝の名前ってエルフィンだったか。
急いでいるようだし、今日の帰りに寄ってみるか。
しかし、どうしたもんだろう、あいつは人には聞かれたくない話とか言ってたからあの場で話さなかったが、俺が大手を振って正面から宮廷に入って良い物なのだろうか。
何か策を練らなくては。
その日の夕方、街が夕日で橙色に染まる時間……
一際高い、街を遠くまで見通せる時計塔の屋根の上に佇む影。
『ふふっホーーーーホッホッ! マジカルパティ大・復・活★』
『テンション高いな、カシヤ』
『当り前でしょう、久々の出番なんですもの!』
『何を言っているんだ? カシヤは料理を作る時も解説の練習の時も手伝ってくれたじゃないか』
『そ、そうよね、只セリフが無かっただけで頑張ってパティに助言していたものね、セリフが無かっただけで』
『『……ハハハハハハ』』
徐々に夏の気配が迫ってきているこの時期にも拘わらず、時計塔の上を吹き抜ける風はとても心地よく感じられた。
『さっ行きましょ!』
『おう!』
カシヤを握りしめ、魔法の詠唱を始める。
俺でも詠唱が必要となる最上級魔法の一つ潜伏。
隠ぺいの様な光の屈折と風の共鳴で姿を隠す手品のような魔法じゃなく、本当に誰からも感知されなくなる魔法、発動中は勿論こちらからも何もアプローチできなくなる。
一番最初に覚え、一番使ったと言っても良い最上級魔法の一つ。
俺はこの魔法の存在を知らなかったら魔法を使えていなかったかもしれないと言う程、俺に魔法と言う物を意識させた魔法。
多くの男達がこれを覚える事を夢見て、そして挫折していった最強の魔法。
これを発動させればよほどの事がない限り俺の存在は気が付かれない。
そう、更衣室だろうが女子風呂でも!
最強の覗き魔法を発動した俺は宮廷へ続く建物の上を飛び跳ねる。
久しぶりに味わえるだろう高揚感と共に。




