22話
最近不足していたバインバイン成分をしっかり補給し上機嫌な俺は、昼食を取る為にローズと一緒に博物館近くのマーケットを歩いている。
通り過ぎる店先や屋台から食欲をそそる良い匂いに何を食べるか悩んでしまう。
「パティ、この前料理を教えてって言ったじゃん。 あれ、次のお休みにお願いできない?」
「あ、すっかり忘れてた。 いいよ、大歓迎!」
「おぉ、なんかさっきから機嫌が良いねぇ」
そりゃそうだ、久しぶりのバインバインを堪能させて貰った上に、休日の度に外出する口実を作らなくてはならない事に頭を悩ませていた俺としては、歓迎しない訳が無い。
しかし、料理を教えろと言われても何を教えればいいのだろう。
折角だし、周りの飯屋を見回して真似出来そうなのがあればそれにするか。
「で、どんなのが作りたいんだ?」
「んー、ああ言うのがいいかな」
指の先に目を向けると、店先にサンプルとして小洒落た皿に、これまた小洒落た料理がチンマリと乗っている。
こんな物、俺が作れるわけがないし、作れたとしても料理人でもない俺らじゃどれだけ時間が掛かるかも想像が出来ない。
「ローズ、作る料理って大人数が食べる分なんだろ? だったらこんな感じじゃなくてもっと簡単で一気に作れるのじゃないとだめだと思うぞ」
「だよねぇ……」
「なら、あれとかどうだ?」
俺は一軒のパスタ屋を指さす。
パスタなら一度に大量に茹でる事も出来るし、ソースを変えるだけでレパートリーを増やす事も出来る。
ソース程度なら『俺』の野営で鍛えた腕でもそれなりに教られる。
最終手段として、茹でた麺の上に缶詰の中身をぶちまけるだけでも料理と言い切ってしまえば、
押し通す事が出来ると言うか、実際に料理番をしたときに押し通した経験談だ。
「パスタねぇ」
「ああ、あれなら麺を茹でてソースを作るだけだから簡単だぞ、しかも一気に大量に作れる」
「でもソースって難しそうだけど?」
「別に金を取る為に作る訳じゃない、ある程度食えて満足感があればいいんだよ。 その程度なら簡単に作れるし忙しい時なら最終手段もある。」
最終手段と言う言葉に首を傾げるローズの手を引いてパスタ屋で昼食を取る事にした。
この店のメニューで簡単に作れそうなソースのアイデアを出そう。
てか、いい加減腹が減った。
平日の忙しなく食堂で取る食事と違い、休日出勤のゆったりとした食事を堪能しつつ、メニューに書いてある中からアレンジすれば簡単に作れそうな物をピックアップして店を出た。
「ふぃー、ご馳走さん」
「どういたしましてー、手伝ってくれたお礼だから気にしなくていいよー」
「さて、戻って残りの看板も終わらせるか」
博物館へ戻っていると背後から声を掛けられ、振り向くとどこかで見た顔の男が居たがどこで見たのか思い出せない。
「パトリシア様、ご無沙汰しております。 先日は任務とは言え大変失礼な事をしてしまい、申し訳御座いませんでした」
「えっと……ごめん、顔は覚えているんだけど名前が出て来ない、誰だっけ?」
「自分は帝国第四騎士団、副団長ニック・ガードナーであります。」
「ああ!」
思い出した、こいつはこの間バトルドレスの訓練の時に俺が二回蹴り飛ばしても起き上がって来た、タフな騎士だ。
男の顔なんて覚える気が無いし、私服だし思い出せるはずがない。
「あの時は悪かったな、俺が吹き飛ばした奴らの怪我は大丈夫だったか?」
「はっ、皆回復して隊に復帰しております。 ここのところ緩んでいた気が引き締まる、良い訓練になりました。」
「そ、そうか……それは良かった。 てか今日は非番なんだろ? だったらそう言う口調はやめてくれ、かたっ苦しくてかなわない」
「はっ申し訳……あ、いや、すみません。 職業柄癖になってしまって。」
その後、ローズを紹介したり昼飯の話等、他愛のない話をした後ニックと別れ博物館へ戻り看板作りを再開する。
「パティ、このペースだと今日中に全部終わっちゃいそうだね」
「だな、他に何か俺が手伝えそうなのはあるか?」
「それならさっ、解説の練習しよっか。 もー、そんなあからさまに嫌な顔しないのー」
やっぱりこうなるのか、間違いなく他の研究室の友達じゃなく俺に代役をやらせるつもりなんだろうなぁ。
それならこちらも何か仕返しをしたいもんだが、何か……ふふん、思いついたぞ。
「わかった、やるよ。」
「おぉ、遂に観念してくれたのね、じゃあ張り切って頑張ろー」
「遂にって…… 話が変わるんだけどさ、料理を教える時に、ここの食堂の一角を借りてやりたいんだけど良いか?」
「へ? いいけど?」
「よし、ならセッティングは”全部”俺に任せてくれ」
「……パティ、何か怖いよ?」
不安がるローズに不敵な笑みを返し看板作りを終わらせた後、コツや抑揚の付け方、質問の対応の仕方など解説の説明を聞いてみると『俺』だった頃にやった演説とそこまで変わらない。
貴族のお嬢様しかやってなかった頃には気が付かなかったが、この仕事に就いて『俺』の知識や経験は思っている以上に使えて驚きだ。
結局、残りの時間は全て解説の練習に充てられてしまったが、次の休みの事を考えていたので苦にもならず、そのノリで屋敷に帰宅する。
出迎えてくれたマリーに礼を言って自室に向かおうとすると、空き部屋に案内され中を確認すると色とりどりの生地が床に広げられ、その中にお袋と見知らぬ女が数人待機していた。
「あら、パティちゃんお帰りなさい。 仕立て屋さんにお願いしてね、この時間に来てもらうようにしたの」
「えっ……」
「ママがパティちゃんにお似合いのデザインを何着か決めておいたの、後はサイズを合わせるだけよ」
「えっ……」
「仕立て屋さんもね、今日は泊まり込みで頑張って下さるって。 だから明日から直ぐに着る事が出来るわ」
「えっ……」
「さ、仕立て屋の皆さん。 お願いいたしますね。」
休日明け、とある屋敷から博物館へ続く道でざわめきが起きる。
誰もが見入ってしまう程の銀髪の美少女が、その可憐さを引き立てるかの様に可愛らしい服を着て歩いていると。
しかし、その銀髪の美少女の瞳は死んだ魚の目をしていたらしい。




