20話
皇帝と親父に宮廷の一室に連れて行かれ、今回の事の説明をしてもらう事になった。
「いやー、驚かせてすまんなぁ、パトリシア。
お前の親父さんから相談されてな、夜遊びする娘にちょっとしたお灸をすえる予定だったんだよ。
まさかここまでの大立ち回りをするとわ思わんかったがな。」
「は?」
俺が勢いよく親父に顔を向けると、同じ速度で親父が顔を反らした。
「そ、そのだね、パティ・・・
13歳で夜遊びはまだ早いと思うんだよね、お父さんとしては。」
「娘の夜遊びを注意するために騎士団をけしかけたと?」
なぜ顔を反らす。
目を見て話せ、目を。
「まてまて、そんな怖い目で睨んでやるなって、第一にお前が夜遊びしなければこんな事にはならなかったんだぞ。」
「う・・・まぁ、そりゃそうだけど。」
「しかし、屋根に登ったと思ったら屋根を飛び跳ねて移動するとか、最初聞いたときは耳を疑ったぞ。」
「そこまで知ってるのかよ。」
結局のところ、夜の散歩の初日からマリーに気づかれ、全て親父にばれていたらしい。
兄ちゃん達は夜出歩く事なんて無かったうえに、思春期でおまけに屋根の上を飛び跳ね、
魔法で姿を消してどこかへ遊びに行く離れ業までしてくる娘の注意の仕方が分からず、
困り果てた親父は親友で娘のいる皇帝に相談したとの事だ。
そして、皇帝が調子に乗った結果が今に至る。
「がっはっは、お前のところは上の三人も規格外だが、一番下はそれに輪をかけて規格外だなっ!
まさか、第四騎士団の一個中隊とやりあえるとはなぁ!」
「やめてくれエルウィン、パティは女の子だぞ。 それは誉め言葉にはならない。」
「何を言う、女だろうが実力がありゃあ幾らでも上にいける時代だ、淑やかさばかりじゃやってけんぞ。」
「そうか、それならそのセリフそのままセリーナに言ってくれ。
どうなるかは僕は保証しないがね。」
「おいおい勘弁してくれ、儂はまだ死にたくねぇぞ。」
皇帝に恐れられるお袋って一体・・・
てか皇帝、お前エルウィンなんて恰好良い名前だったのか。
『ねぇパティ、マリーさんってメイドのマリーさんの事よね?』
『間違いなく、それだ。』
『おかしいわ、私この体になってから、周りへの探知能力にかなり自信があるの。
でも、夜のお散歩に行くときにマリーさんの気配なんて、全く感じなかったわ。』
『そうか、気にするな。
マリーにとって俺の脱走を見つけるなんて、呼吸をするのと同じくらい当たり前に出来る事なんだ。』
『マリーさんって何者?』
『マリーはマリーだ、深く考えてはいけない。』
最近抜け出していなかったせいでマリーと言う最強の伏兵の事を失念してたよ。
「ところでだ、パトリシアは中等部に進学してたんだよな? どうだ、課外学習で騎士団に来ないか?
兄さんたちもいるし、安心して学べるぞ。」
いきなりこの皇帝は何を言っているのだろう。
てか、この流れは二度目だな。
「無理、もう課外授業で博物館に行ってるから。」
「博物館? 何でまたそんなところに。」
「なんとなく気に入ったから。」
「そうか、もう決まってたのか。 もっと早く声を掛けるべきだったな、無念。」
お、人の職場に文句付けんのかこの野郎、髭毟るぞ。
行ったところで、今の俺に得るものは何もない。
「まぁ、ダメなら仕方ないか。
それなら、学者・・・じゃない、博物館だから学芸員か、学芸員としてこの街を屋根から見てどうだった?」
「急に言われてもなぁ、そうだな俺はイルミネーションが多い所を中心に回ったんだが、いくら帝都でも明るい場所が多すぎると思ったな。」
「ほう。」
散歩はカシヤの希望通りイルミネーションが多い所をうろついていたのだが、うろついていて気が付いた事がある。
この国の夜は明るすぎる。
最初は人も多いし店も多い、だから仕方のない事かと思ったのだが人通りの少ない場所でもこうこうと街灯が焚かれている感じだ。
「なるほどな、今後の街づくりの参考させてもらうよ。
そろそろ良い時間だ、ここらでお開きにしようか。」
なんか無理に話を終わらせた感じがして腑に落ちないが、こちらとしても藪をつつく気も起きんし家に帰る事にするか。
親父に謝りつつ、家に到着すると俺と親父の元にマリーが現れ、
「旦那様、申し訳御座いませんが奥様にばれました。 応接間に奥様がお待ちです。」
と一言伝えて去っていく。
応接間の扉の前まで行くと、呼吸が荒く額が脂汗でびっしょりになっている親父がいた。
「親父?」
「だ、大丈夫だよ。 パティはお父さんが呼ぶまで扉の前で待っててくれるかな。」
「お・・・おう。」
親父が大きく深呼吸し扉を開けた瞬間・・・背筋が凍りつく。
皇帝がお袋を恐れていた理由が分かった。
何だよこれ、今まで魔法使いたいとか言った時にぞっとしたことはあるけど、そんなのが霞むレベルだ。
「親父!」
「パティ、大丈夫。 必ず落ち着かせてから呼ぶから気を強く持ってて・・・」
今日ほど親父が心強く思ったことが無い。
だが、これから死地に旅立つ者を見送るような気持にもなって来る。
「あなた・・・いつまでそこに立っているの・・・
早く、入ってらっしゃい・・・」
「ひっ、あぁ・・・今行くよ。」
「パティちゃんは・・・一緒じゃないのかしら・・・」
「パティは廊下にいるが、まずは二人っきりで話そうじゃないか。」
親父を止めなきゃ、なのに足が動かない。
あぁ、扉が閉まってしまった。
扉が閉まった瞬間に膝から崩れ落ち、今更になって呼吸が荒く全身に冷や汗をかいている事に気が付く。
カシヤを支えにしていなければ、間違いなく床に倒れこんでいただろう。
『パティ、いっ今の何?』
『多分、お袋だと思う。』
『そんな! パティのお母様っていつもニコニコしてお優しい方じゃない。
あんな、あんな恐ろしい殺気を放つなんて信じられないわっ』
『俺だって、あんなお袋見たことないっ』
閉まった扉越しには何を話しているかは分からないが、扉越しでも伝わってくる殺気に震えが止まらない。
逃げ出したい本能と、逃げ出したら取り返しのつかないことになりそうな予感に葛藤しながら時間だけが経過していく。
扉が開く音が聞こえた瞬間、引いていた冷や汗が一気に沸き出し、体の震えが大きくなる。
そしてその扉から出て来た親父は数分前に見た姿より一回り小さく感じた。
「パティごめん、お父さんの話は何一つセリーナに届いていないみたいだ。
いいかい、セリーナはパティが心配だったから怒っているという事だけは忘れないで。」
「お・・・おう・・・」
覚悟を決め応接間に入りお袋と目が合った瞬間、嘘のように張りつめていた殺気が霧散していく。
しかし、先ほどまで味わい続けていたせいで体が思うように動かない。
扉の前で動けない俺にお袋がソファーから立ち上がりゆっくりとこちらに向かって来る。
「パティちゃん・・・」
「あ・・・あ・・・」
思考が纏まらない、呂律も回らない。
それでもお袋はどんどん近づいて遂に目の前まで来てしまった。
俺の方へ両腕を伸ばして来るのを確認し、カシヤを強く握りしめ目を固く閉じる。
「ピンク・・・」その一言と一緒に強く抱きしめられた。
「あなた、どうしましょ!
パティちゃんがこんな可愛いピンクのお洋服を着ているわっ」
「へ?」
「あぁ、今まで、今まであんなに嫌がっていたのに遂に・・・遂にピンクのお洋服をっ」
しまった、色々ありすぎてバトルドレス脱ぎ忘れた。
皇帝と言い、宮廷内の奴らにも全員この姿をさらしてたのか。
俺を抱きしめ感極まってるお袋に戸惑いながら、覚悟を決め出まかせを言う。
「その、たまにこう言う服も良いかなーって思って、色々店を見ていたら遅くなって・・・」
「そうだったのね、だったらそう言ってくれればよかったのに。
それなら次のお休みに仕立て屋さんを呼んでいっぱい仕立ててもらわなきゃ!」
「流石に私服にこう言う服は機能性が・・・」
「大丈夫よ! 機能性も十分な可愛らしいお洋服をいっぱい作るから安心してね。
こうしてはいられないわね、マリーッ、マリーはどこ?」
「え、ちょっと待って、流石にそれは無理かなって思うんだけど。」
俺の最後の言葉を聞かず、マリーを探しに凄い勢いでお袋は応接間を出て行った。
「疲れた・・・」
「セリーナは僕と結婚する少し前、短い時間だったけど第四騎士団にいたんだよ・・・」
「うそん。」




