12話
「うむ。
こりゃあ、只のパンだね。」
頑張って作った研究の成果を実食した俺と、食堂のおばちゃん達の感想である。
素材も作り方も大して今と変わらない物を作ったのでそれ以外の感想が浮かばない。
研究の為に借りた食堂の調理場の一角で、何とも言えない気分を胸に抱え落ち込んでいると、
食堂を仕切っているおばちゃんが話しかけて来る。
「パトリシアちゃん、あなたの作ったスープなんだけど。
分けてもらったのを皆で味見したら大好評でね、お出汁の取り方とか教えてもらえないかしら?
是非メニューに加えたいの。」
・・・豆のスープの方は大好評だった。
1000年前のありふれたパンの作り方より、1800年前のスープの作り方の方が重宝されるのは当たり前の事かもしれない。
離席中の主任の席にパンの山を築き次の本の翻訳に取り掛かろう。
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二冊目の翻訳を開始して二日目の朝礼。
「今日も絵本の翻訳します。
で、一つ質問なんだけど、誰か【黒い女の子】って言葉にピンとくる人居ない?」
俺が質問をすると、フィリさんが質問を返してきた。
「なんじゃいそりゃ?
何かの謎掛けか?」
眉をひそめながら、話を続ける。
「それがさー、
今翻訳している絵本なんだけど、宗教的な隠語が何か所か含まれているっぽくて、
他の言葉は前後の文で予想が付くんだけど、これだけがわかんなくてねー」
パンの作り方の翻訳が終了し、二冊目を開始したのだが問題が発生した。
本の内容は子供向けの絵本らしいのだが、所々に宗教用語が入っておりそれが翻訳を困難にした。
何とか予想が付くものは今の言葉に置き換える事が出来たのだが、一つだけどうしても予測が付かない単語があった。
それが【黒い女の子】である。
「【黒い女の子】・・・漆黒の少女か・・・素晴らしい響きだな・・・」
ラファエルが何かを呟いているが今はそれどころではない。
「で、誰か何となくでも引っ掛かる事があったら一言頂戴。」
俺の頼みに、再びフィリさんからの質問。
「んー、いきなり言われてもなぁ。
パティよ、その絵本っつーのはどんな内容なんだ?」
「ん? あぁ、ゴメン。
内容はかいつまんじゃうと、魔神族のシスターがドラゴンに生贄になって食べられちゃうんだけど、
周りの為に命を差し出すシスターに感動したドラゴンに願い事を一つ叶えてもらう事になって、
小さいころから修道院の中で過ごしていたシスターは外の世界が見たいって願ったら、
ドラゴンが杖となって旅人と共に世界を回るがいいって魂を杖に込めるって話でね。」
俺は一呼吸置き、
「で、杖になったシスターは教会の中で【黒い女の子】が自分を迎えに来るのを待っているって話なんだよ。
てか、その願い事で生き返らせろって言えばいいのにな、勿体ない。」
俺の説明を聞いた全員が首をかしげる。
結局誰からも良い返答を貰えず、主任から最悪の場合そのまま【黒い女の子】で書き写せと指示をされて朝礼が終わり、全員が本日の作業に散って行く。
翻訳を諦め挿絵の写しをしていたところでローズが手伝って欲しいことがあると言うので、気分転換に手伝う事にした。
「で、手伝いってコレ?」
俺は、ホウキを持ったまま職員用玄関の入り口でローズに問いただす。
「いやー、助かったよー
今週の掃除当番ってうちの研究室でねー」
掃除をしながらローズが話しかけて来る。
「食堂のおばちゃんに聞いたんだけど、パティの作ったスープ、今度メニューに加わるらしいね。」
「おー、正式に決定したか。 これで毎日食べられるな。」
「でさ、ちょっと相談なんだけどね。 今度さ、あたしに料理を教えてくれない?」
「なんでまた?」
俺が質問すると、はにかみながら答えて来る。
「フィリさんたちが今やってる魔神族地区の教会の調査が終わったらさー、
今度はウィルとあたしが、ステファニーの調査の応援に行くことになるんだけどね、
調査する遺跡の周りって町とかなくて、近くに野営地を作ってそこで生活してるんだよね。
で、料理当番を持ち回りでやるんだけど、あたし全く料理出来なくて、殆どステファニーに任せちゃう事になりそうなの。
だから今のうちにちょっとでも料理を覚えて手伝いたいのよ。」
ステファニーは几帳面で、料理好きか。
いいねぇ・・・
俺が勝手なステファニー像を妄想しているとローズがホウキを動かす手を止めて両手を合わせて頼み込んでくる。
「パティは、食堂のおばちゃんが認めるくらい、美味しいスープが作れる程料理が得意なんでしょ?
ステファニーの応援に出る前にさっ、ちょっとだけで良いから料理教えて!」
「俺もそんなに得意じゃないけど。 それで良いなら教えるよ。」
「おー、ありがとー。パティー」
なんてことを話していると、ルイスが呼びかけて来た。
「ローズさーん、パティさーん。
主任が呼んでますよー。」