9話
結局、最終兵器「ヒラヒラのドレス」を着て頼み込んでも、お袋は屋敷での魔法訓練の許可をくれなかった。
家での練習ができない以上、学校での訓練は是非行いたい。
親父に頼み込み学校で魔法の訓練をしても良いと許可を貰えたのだが、条件を付けられた。
「魔力感知のブレスレット」
親父の説明曰く、身に付けている者の魔力を感知し一度に一定以上の魔力の放出を感知したら割れるらしい。
もしブレスレットが割れたら魔法の勉強は一か月間禁止。
そして訓練に使用していい魔法属性は「水」と「風」のみ。
それが条件、まぁ仕方ないか。
学校へ向かう馬車の中、俺は右手首に嵌められたブレスレットを見つめ、溜息を吐く。
俺の対面に座っているマリーが溜息を吐いた俺に質問をしてくる。
「どうなさいましたか?」
俺はマリーの方へ視線を向けて制服のスカートをつまみながら答える。
「貴族の通う学校なのにさ、このスカートの短さはどうなのかなって。」
今まで俺が着ていたドレスは、妥協の上に妥協を重ね地味な色で飾りの無い足首が隠れるまで長いスカートのドレスだった。
制服を仕立てる際にサンプルを見させられた時は愕然としたもんだ。
制服を着る事と、学校で勉強と魔法の訓練。
心の天秤に掛けると僅差で学校に傾いたので馬車に乗る事が出来たが、もし釣り合ってしまったら屋敷に引き篭もっていただろう。
そんな事を考えているとマリーが注意してくる。
「お嬢様。
その様にスカートを持ち上げると下着が見えてしまいますよ。」
マリーが「今日は水色なのですね。」と言葉を続けた瞬間、心の天秤が制服側に振り切った。
・・・マリー、その一言は馬車に乗る前に言って欲しかったよ。
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ブレスレットのせいで最初は出来る事なんて殆どなく、体の周りに魔力を含んだ水か風を発生させる程度だったが、
学年が上がるにつれ効率的に魔力を使用するコツを覚えると一度に発生させる量が増え、呼び出せる範囲が広がり、水と風を同時に使用出来るようになり、
調子に乗った俺は体を動かすことに意識を向けながら魔法を使う訓練を始めたのだが、それがいけなかった。
魔法訓練場で、見てくれの良い女の子が水と風を纏わせて舞っている。
そんな噂は一気に学校中に駆け巡り見物客がどんどん増えてきて・・・
パチパチパチ・・・
訓練場の中にいる生徒達が一斉に拍手する。
魔法を使いながら演武をしていただけなのに、何処をどう間違えたのだろう・・・
無駄に目立ちながら、周りに女の子は一杯いるが皆ちんちくりんの為、バインバイン成分が足りないもどかしさを胸に抱きつつ学年が上がっていく。
そんな学生生活を送り、中等部への進学を翌年に控えたある日、校外学習で博物館に行くことになった。
自由時間で一人ぶらぶら見回りながら目に付いたなんかしっくりこないタペストリーの並びに首を捻ったり、体を傾けたりしながら観察していると後ろから声を掛けられる。
「お前さん、一体何をしているんだい?
さっきからおかしな踊りをして。」
後ろを振り向くと、バァさんが立っていた。
「ん? いや、なんかこの展示品がしっくりこないんだよね。
なんていうか、並んでいる順番が違う気がするようなしないような?
この三枚の並びだとさ、太陽が沈んで、頂点に達して、昇るって順番になっちゃってるじゃん?
並び順、逆じゃね?」
バァさんが俺の返答を聞くと目を見開き質問してくる。
「ほぅ。
どうして沈むのと昇るのが逆と思うんだい?」
バァさんの質問にタペストリーに指を刺し答える。
「だって、書いてあるじゃん?
沈む、頂点、昇るって。」
バァさんが深く頷き質問を続ける。
「目の付け所は良いんだけどね、これはこの並び順が正解なんだよ。
これは左から右に見るんじゃなくて、右から左に見るのさ。
・・・で、嬢ちゃん。
ちょいと質問だけど、なぜこのタペストリーに文字が書いてあるって気が付いたんだい?
あの文字は最近解読方が見つかった1000年以上前に使われなくなった文字なんだけどねぇ。
知らない人が見たら只の模様にしか見えないはずだけど?」
1000年以上前に使われなくなった?
まじか・・・「俺」が生きていた時代じゃそれなりに使われていた言葉なんだが・・・
俺が返答に詰まっていると、バァさんが自分の胸にかかっているネームプレートを指を刺し自己紹介し、近づいて来る。
「あたしはこの博物館で学芸員をやっている、ミレーヌって言うもんだ。
ちょいと静かなところで話をしようじゃないか。」
返答に詰まりうろたえている俺の肩に手を掛け、有無を言わさぬ勢いでバァさんの研究室に連れ込まれる。
「何するんだ、バァさん。
俺は話す事なんてないぞ。」
正気に戻った俺が声を上げると、バァさんが俺の話を無視して話を続ける。
「いきなり連れ込んだことはすまないと思っているよ。
ただね読んだ文字が解読方法が見つかったばかりで、まだ公表されていないのに何で嬢ちゃんが読めたのかが気になってねぇ。」
しまったなぁ、なんて答えりゃ良いんだ。
中身が1800年前の人ですとか言っても信じてもらえないだろうし・・・
なんか、納得させられるようなごまかしが無いだろうか。
俺は髪をつまみ目を見開き、しどろもどろに答える。
「俺は、ザイン家の娘なんだ。
で、この髪と目の色の通り『英雄』の血を色濃く引いているらしくてな、
その、なんだ、『英雄』の記憶が所々流れ込んで? みたいな? 感じがおこるん・・・だ。」
あからさまに怪しげなものを見る目になったバァさんがある提案をしてくる。
「なんか裏のある言い方だが、まぁ良いさ・・・
嬢ちゃん、あんたの知識ここで使う気はないかい?
最近は学芸員なんて付きたがる子が居なくてね、嬢ちゃんみたいな有望な子には声を掛けさせてもらっているんだよ。」
バァさんの言っている意味が解らず、首をかしげる俺を見て、
「今日、貰っている連絡じゃ校外学習に来ている初等部の学生は6年生だから、嬢ちゃんも6年生だろ?
来年、中等部に進学したら課外授業で、短い期間でも良いからうちにこないかい?」
課外授業・・・ベルバードの教育の一環で、中等部に進学すると学校で学問を専攻する事も出来るが、すでに将来を考えている学生や、社会勉強をさせたい貴族の子女向けに短期間から、3年間ほぼ全ての期間を公共機関に見習いとして勤務し単位を得る事が出来る制度である。
バァさんの課外授業の話に俺は即答する。
「あ、それは無理。
俺は帝国図書館の司書として、申請する予定だから。
司書になって、禁書棟に入りたいんだよ。」
当たり前だ。
俺は「目標」の為、禁書棟に入りたい。
課外授業で図書館に近づけば確率が上がるってもんだ。
即答した上に予想外の返答を聞いたバァさんが問い詰めて来る。
「珍しい、司書志望なのかい?
学芸員に誘ったあたしが言うのもなんだが、最近の子は王宮関連の仕事が人気なのに?
それに禁書棟なんて見習いどころか、実際に司書になったところでまず入れる場所じゃないよ。」
バァさんの問い詰めに、答える。
「理由は言えないがどうしても禁書棟に入りたいんだよ。
その為にも図書館に近づきたいんだ。」
俺の話を聞いたバァさんはニヤッとして提案を続けてきた。
「じゃぁさ、うちに来てあたしの下に付かないかい?
嬢ちゃんは司書になりたいんじゃなくて、禁書棟で調べものがしたいんだろう?
司書になったところで禁書棟に拘われる奴なんざ、十年単位の勤務歴がなきゃまず無理だ。
でも、あたしは調べもので時々禁書棟に入る、そん時あんたも連れて行ってやるよ。
それに、見習いを卒業して一人前になればあたしの付き添いじゃなくても入れる機会が増えるはずさ。
司書になってちまちま実績を重ねるよりよっぽど確実だと思うんだけどねぇ。」
目を大きく見開き、固まった俺にバァさんが会話を締めくくる。
「まぁ、今すぐ答えを聞かせて欲しいとは言わないよ。
でも、嬢ちゃんの未来の選択肢の一つとして考えてもらえると、ありがたいねぇ。」
館内の元居た場所まで案内され、その気があるなら連絡してくれと言いながら名刺を俺の制服に入れ、バァさんが去っていく。
・・・堅実に行くなら図書館。
しかし特別なことが無い限り禁書棟には入れる様になるには時間が掛かり、
「目標」を達成する為の情報が必ずあるとも言い切れない。
・・・なら、あのバァさんに掛けるか?
初めて会った相手の甘い言葉を簡単に信じる事なんて出来ない。
でも、もし本当の事を言っているならこれほど良い条件はない。
思いもよらず現れた選択肢に迷いながら、ポケットに手を入れ名刺を取り出し見つめる。
帝国博物館 第8研究室
室長 ミレーヌ・ガブリロワ
・・・ん、ガブリロワ?
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「ミレーヌおば様ですか?
知ってますよ。 とっても優秀な方です。」
一週間に一度、おやつを食べに来るキャロリンちゃんに質問したところ、そんな返答が返って来た。
その返答を聞いた後、俺はお袋とキャロリンちゃんに、バァさんからスカウトを受けたことを話す。
すると反対すると思っていたお袋が思いもよらぬことを言ってきた。
「あら、素敵じゃない。
是非、お受けしたら?」
その言葉に驚いた俺は聞き返す。
「え? いいの?
てっきり反対されると思ったんだけど。」
俺の質問にお袋は微笑みながら話を続けてくれる。
「ええ、問題ありませんよ。
勿論、パティちゃんが博物館でお勉強をしたいというのが前提ですけどね。
博物館でしたら、課外授業に騎士団を選んだお兄ちゃん達と違って屋敷から通えますし、
魔法を使って危険な事をする事も無いでしょうから。」
お袋は若干顔を赤く染め、
「それにママもお庭いじりが好きで13歳から宮殿で庭師の見習いをしていたんですよ。
お父様に早いと反対されたけど、外の世界を見てみたくて強引に納得してもらったの。
そこでね、パパと出会って・・・きゃっ」
頬に手を当てながら、体をくねらすお袋。
年齢より若く見られるとは言え、年を考えてくれお袋・・・
俺が生暖かい目でお袋を見ていると、キャロリンちゃんがケーキをつまみつつ、バァさんの説明をしてきた。
「ミレーヌおば様は、ガブリロワ家の中では珍しく医学よりも学問を選んだのですが、
学芸員になってから数年で研究室を任される程優秀で、学会にも様々な論文を提出しているんです。
普段は優しいですが仕事になると厳しい方ですので、そのおば様に認められるという事はパティちゃんはよほど気にいられたのですね。」
バァさんの身元も判明したし、お袋の許可も得た。
なら、もう迷う事は無いか・・・
後日、親父と一緒に俺はバァさんのところに行き提案を受け入れる連絡を入れた。
冬が過ぎ、春になり中等部へ進学し、正式に課外授業の申請を出す。
そして、博物館への初めての出勤日。
仕立てられた真新しい学芸員の制服に袖を通し、バァさんのところへ向かう。
俺の姿を見たバァさんが少し微笑み、
「ふむ、似合っているじゃないか。」
と言いながら、ネームプレートを渡してくる。
俺はそれを受け取り見つめる。
帝国博物館 第8研究室
学芸員(見習い) パトリシア・ザイン
ネームプレートを胸に付けバァさんに顔を向け挨拶をする。
「よろしく頼むよ、バァさん。」
俺の挨拶を聞いたバァさんが、ふんっと鼻で一息吐くとニヤッと顔を崩して挨拶を返してくる。
「まずはその口の利き方から直さんといかんね。」
女と酒の為に生きて来た俺が、こんな事になるとは思いもしなかった。
これから先だってどうなるかわからない。
もしかしたら「目標」を諦めるときも来るかもしれない。
でも、俺は俺の好きなように・・・
これからも欲望のままに生きて行こう。