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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第2章 若い女とカレーには目がないんだから......
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第9話

 シンドバッド・ビルの最上階、三十一階の社長室に、スーツ姿の六人の男が無愛想に入ってくる。

 進藤翔は窓際のデスクでのんびりコーヒーを飲んでいる。

「東京地検特捜部の篠崎だ」男の一人が言う。「進藤翔だな。証券取引法違反の容疑で逮捕する」

 男は逮捕状を広げて進藤に見せる。

 株式会社コジローのTOB、株式公開買い付けをする際、進藤に時間外取引など違法な取引があった可能性があると篠崎は説明した。

「わかりました。ちょっと弁護士に電話させてもらえますか」

 進藤はスマホをいじくり、電話をかける。馴染みの弁護士事務所だった。

 その後、指をすばやく動かし、木島実にメールする。

「じゃあ、まいりましょう」

 進藤は男たちに連れられて部屋を出た。

 これも全部、想定の範囲内だ。進藤は胸の中で、半分は自分を落ち着かせるためにつぶやいてみる。





「進藤が逮捕された?」沢崎小次郎が言う。「本当ですか?ありがとうございます」

 占部順二からの電話だった。

「そのかわり、例の仕事はきちんと頼むぞ」

 例の仕事は二つある。

 一つは、今度の参議院選挙で、占部からもらったリストで決められた候補者のみを当選させること。

 もう一つは、このような不正選挙の事実を国民に一切、悟られないこと。

「もちろんです。最善をつくしますので、ご安心ください」

 沢崎は何度も占部に礼を言ってから電話を切った。

 コジロー本社ビルは新橋駅烏森口からすぐだった。

 最上階の社長室には、副社長の中島正雄と秘書の田村静江が詰めている。

「田村君」沢崎が言う。「お茶持ってきてくれるかな」

「はい」静江が給湯室へ急ぐ。「ただいまお持ちします」


 シンドバッド社がコジロー社にTOBを仕掛けてきたので、沢崎は当初、社長の進藤を消すよう占部に陳情した。

 占部は林冲会の鉄砲玉を進藤の自宅に送り込んだが失敗した。そこで今度は東京地検特捜部に手を回して進藤を逮捕させたのだ。

 逮捕の理由は適当にでっち上げればいい。裁判で進藤が無罪になってもかまわない。

 進藤が拘束されれば、TOBの件は消滅するか、少なくとも先送りになる。その間に参議院選挙を済ませてしまえばいい。

 これが占部の目論見だった。

 東京地検特捜部は日米合同委員会の指示に従う組織だった。

 占部の説明によると、”ジャパン・ハンドラーズ”とされるトーマス・レッドとのコネを使って、日米合同委員会を動かし、日米合同委員会が東京地検特捜部を動かしたという。


 日米合同委員会は日米地位協定を実施するための実務者会議とされ、在日米軍幹部と外務省北米局長などの高級官僚の間で定期的に開催される。

 第二次大戦で日本が米国に無条件降伏後、一九五一年のサンフランシスコ講和条約で日本は表向きに主権を回復した。だがその後も米国が日本を実質的に植民地支配するために作られた組織、それが日米合同委員会だった。

 当初は在日米兵が日本国内で犯罪を犯したとき、穏便にとりはからうべく、日米合同委員会が検察や司法を動かせる仕組みを作った。

 ところが一九七六年、ロッキード事件で田中角栄元首相を逮捕して以降、米国の不利益になると判断した人物を、日米合同委員会は東京地検特捜部を通じて自由に逮捕するようになっていった。

 日米合同委員会の決定は、実質的に日本国憲法より上位に置かれる。


「お待たせしました」

 静江が沢崎のデスクにお茶を置くと、沢崎がいきなり静江の右の乳房をブラウスの上からわしづかみにする。

「社長、やめてください」

 静江は沢崎の手を払う。

「そんなに嫌うなよ。おれは君が勤める会社の社長だぞ」

「......」

 沢崎は憮然とした態度の静江を戒めるように、尻をポンと叩く。





 埼玉県警本部ビルの第一会議室では、『空飛ぶカレー本舗』事件の捜査会議が開かれていた。

「したがいまして」松山孝三が言う。「シンドバッド社、社長の進藤翔、三十四歳が、真犯人または犯人に何らかの関わりがある人物と想定されます」

 ホワイトボードには進藤の様々な情報が貼りつけてある。会議室には刑事や鑑識係を含め、捜査関係者が二十名ほど詰めている。

 すると会議室に若い刑事が「失礼します」と小声で言って入ってくる。

 若い刑事は議長を務める佐伯警視の耳元になにやらつぶやく。

「松山君」佐伯が言う。「実はたった今、東京地検特捜部が進藤翔を逮捕したようだ。逮捕の理由は『空飛ぶカレー本舗』事件の殺人容疑でなく、証券取引法違反の容疑とのことだ」

 会議室からざわめきが漏れる。

 松山は茫然となる。

「私の所見では」佐伯が言う。「進藤はシロだ。もっとも、証券取引法違反の方はクロかも知れんがね。松山君、もうこんな男を洗うのはやめて、他の線を当たったらどうかね」

「しかしですねえ......」

「少なくとも殺し屋をやるようなタイプじゃないな。進藤という男は」





 秋葉原のメイド喫茶『パッション』で、声優の卵だというメイドとデュエットでアニソンカラオケを楽しんだ後、木島実はリュックからノートPCを取り出した。

「お客さん、どうしたの」

 メイドが言う。

「ちょっとこれから仕事なんだ」

 木島が答える。

「お客さんてニートでしょ。仕事あったの?」

「まあな」

 テーブルにノートPCを置き、ソファーに腰掛け、ワイファイを設定する。秋葉原だけに、この界隈の喫茶店では通信料無料でワイファイ接続が楽しめた。

 進藤からもらったUSBフラッシュをノートPCに差し込み、トマトジュースをストローからすすりながら、慣れた手つきでキーボードを叩く。

 

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