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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第1章 うちのカレーは辛口でねえ
8/20

第8話

 池袋に来たのは久しぶりだった。

 ジャガーを駅前の立体駐車場に停め、明治通り沿いに徒歩でネットカフェを探す。

 カジュアルウェアに身を包んだ進藤翔が、古びた雑居ビルの三階にネットカフェ『パラダイス』を見つけるまで、五分もかからなかった。最後にここに来たのはもう半年前ぐらいだろうか。

 受付で前金を払うと、若い店員に奥の席に案内される。

 自宅や会社のPCを使うと、IPアドレスから足がつく。だからハッキングをするときは必ずネットカフェを利用することに決めていた。

 ウインドウズPCを立ち上げ、最初にシグウィンのインストールファイルをダウンロードする。

 インストールを完了させ、シグウィンの黒いライン入力画面を立ち上げる。この画面からリナックス環境でコマンド入力の操作ができる。

 あえてウインドウズ環境やGUIを使わないのはハッキングのためだ。通常のPCの使い方ではセキュリティーシステムが作動して、様々なシステムに不正侵入できない。


 まずURLを入力して、コジロー社のサーバーにアクセスする。

 ルート権限で「/etc/passwd」を開き、「x」を消すと、パスワードなしでコジロー社の基幹システムを自由に閲覧できた。

 社長、沢崎小次郎のスケジュールもすべてここに書いてある。

 コジロー社の役員車は、すべてハイヤー会社、東京アルバトロス社に外注しているようだった。

 沢崎はいつも午後五時にハイヤーで帰宅する。

 そこで進藤は一週間後の月曜日だけ午後四時半に書き換えてみる。

 果たして沢崎は気づくだろうか。

 

 進藤は今度は総務省のサーバーにアクセスする。

 同様のやり方でパスワードを消してシステム侵入を試みるが、今度はうまくいかない。

 「/etc/shadow」を開いてみるが、パスワードは暗号化されていて取得できない。

 次に警察のサーバーにシステム侵入を試みたが、やはりうまくいかなかった。

 民間企業と違い、お役所だけにセキュリティーシステムは完備されているのか。

 その後、三十分ほどPCと格闘したが、さして進展はなかった。


 進藤は受付に行ってカレーライスを注文する。

 自分の席までカレーを運び、昼食を取る。

 ナップザックからUSBフラッシュを取り出し、PCに差し込む。

 コジロー社の基幹システムをもう一度ハッキングし、英文名から設計開発関係と推測されるフォルダを探す。さらにその中の組込みプログラムのフォルダを見つけると、USBフラッシュ内のデータをコピーする。

 




 木島実(きじまみのる)との再会は二年ぶりだった。

 ただし複数のSNSでフォローし合っているので、お互いの近況はほとんど知っていた。

「君は総務省や警察のサーバーをハッキングできるかい」進藤が言う。「さっき、ネットカフェでやってみたけど、ぼくはとうとうできなかったよ」

「シンドーちゃんもだらしねえなあ」木島が言う。「それでもITベンチャーの勝ち組なの?」

「ぼくに言わせれば、女を十人口説き落とす方がハッキングより簡単だよ」

「シンドーちゃんも言うじゃない。おれなんか風俗でしか女を知らないし......ハッキングより、女の方が謎だよ」

 木島は三十二歳。だるまのように太っていて、髪はぼさぼさ、黒縁の眼鏡をかけている。

 練馬の光が丘の実家で銀行員の父親と二人暮らし。職はなく、いわゆるニートである。

 日頃、PCでネット証券のデイトレードを楽しんではときどき小遣い銭を稼いでいたが、稼いだ金は風俗に使い、生活費に充てることはなかった。

 木島の部屋はゴミ屋敷だった。ちり紙とソープの割引券がところところ床に捨ててあり、ラックに鎮座したデスクトップPCの周囲だけ、きれいに整理してあった。

 進藤はUSBフラッシュを木島に手渡す。

「この中にウイルスが入ってるんだが、総務省のサーバーに侵入してコピーしてほしいんだ」

「そんなのお安い御用だよ。シンドーちゃん」

「それから大手マスコミ、つまり通信社、新聞社、テレビ局、広告代理店のサーバーもハッキングしてほしい。この他、警察や検察のサーバーも、場合によってはハッキングする必要があるかもしれない。これから忙しくなるぞ」

 今日ここに来る前、メールで事前に事情は説明してあった。

「ところで」木島が言う。「報酬はくれるよねえ。現金だと税がかかりそうだから、シンドバッド・ショッピングの三百万円分の商品券でいいよ」

「二百万円分の商品券と、うちで売っているレトルトカレー百食分でどうかな」

「例の”空飛ぶカレー”百食なら、話にのるよ」

「じゃあ、契約成立だな」

 進藤はナップザックから青いドミノマスクを取り出す。

「これが君のマスクだ。顔を隠す必要があるときは、必ずこれをつけてくれ。

 今日から君のコードネームはキーマ。ぼくのコードネームはマスター。”カレーの話”をするときはぼくは君をキーマと呼び、君はぼくのことをマスターと呼ぶ」

「シンドーちゃん、なんだか戦隊レンジャーごっこみたいじゃない」


 木島とはフランス外人部隊で知り合った同期だった。同じ日本人同士、現地ですぐ仲良くなった。

 木島はPCを駆使したサイバー工作員だった。

 進藤は主に軍隊格闘技、システマを使った白兵戦闘員を務めたが、半年ほどサイバー工作員として木島と同じ部署にいたことがある。

 訓練兵時代、銃器の扱い、乗物の運転、軍隊格闘技など、ほぼすべての分野で進藤が優等生だったのに対し、木島はどの分野でも落ちこぼれだった。

 ただしサイバー工作の技能に関しては、木島の方が上だった。

 高専で情報工学を学んだ進藤は、システマ以上にPCの扱いに自信はあったが、木島は自分以上のハッカーだった。



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