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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第1章 うちのカレーは辛口でねえ
4/20

第4話

 ロマネ・コンティをワイングラスに注ぐ。

 一口含んでグラスを目の高さに持っていくと、ワインとプールと山中湖の水平線が微妙に重なる。

「進ちゃんも泳がない?」

 二十歳のスーザン加藤がプールの中から手を振りながら言う。赤いビキニ姿がまぶしい。

 父親が日本人とオーストラリア人のハーフ、母親が日本人なので、白人クォーターだ。

 海水パンツにアロハシャツを着た進藤翔はプールサイドのリクライニングチェアに腰掛けている。チェアの隣には小さな丸テーブルがあり、タブレットPCとワインボトルが置いてある。

 山中湖半のプール付別荘には少なくとも二週間に一度は来て、一泊か二泊していた。一人で来るときと、今日のように愛人を連れて二人で来るときがあった。

 土日や祝祭日にここに来ることはなく、通常、会社が営業しているウイークデーに訪れた。だから別荘で一日中、遊んでいるわけではない。

 別荘のリビングルームには無線LANルーターを設置してあり、タブレットPCでネット接続できる。接客を除く仕事の大半の業務はPCとスマホがあればできるので、別荘のプールサイドでくつろいでいるときも、オフィスにいるときとほとんど変わらず仕事ができた。

 自分はIT技術を使った日本一高給取りのノマドワーカー--酒の席では進藤は周囲の人間に得意げにそう吹聴していた。


 スーザン加藤とは、三週間前、都内のホテルで知り合った。

 テレビ局主催でドラマ『カレー美女』の製作発表パーティーがホテルの大会場で開催され、ドラマ関係者やマスコミ関係者が一堂に会した。その席に進藤も招待されたのだ。

 人気グラビアアイドルから女優に転身したスーザン加藤の第一弾の仕事が、このテレビドラマの主演だった。

 『カレー美女』はカレーが大好きな美人OLが主役のラブコメ物。ゴールデンタイムに放送される。

 シンドバッド・ドットコム社が番組のスポンサーになり、スーザン加藤は同社のCM出演も決まっていた。


 ふとタブレットPCからチャイム音が聞こえる。新着メールが届いたのだ。

 進藤はディスプレイに指を触れてメールを開く。シンドバッド・ショピングで”空飛ぶカレー”を注文した際、通信欄が進藤へ転送されるようになっていた。

 

――株式会社コジローの代表取締役社長、沢崎小次郎(さわざきこじろう)を殺してください。

 同社は国内の選挙集計システム機器メーカーの最大手です。選挙管理委員会の下請けで、選挙関連機材や用品をレンタルする他、選挙スタッフの派遣や選挙会場の設置など、選挙関連事業をトータルサポートする企業です。また選挙の出口調査や世論調査の企画・運営も幅広くやっています。

 国政選挙はもとより、都道府県や市区町村の地方選挙でも、国内ではガリバー型寡占と言われるほど、選挙関連事業では圧倒的なシェアを誇ります。

 ところがここ数年、同社は政権与党である自由共和党と癒着し、あからさまな不正選挙に手を染めるようになりました。

 まず世論調査や出口調査で結果を捏造し、与党の支持率を実際より高くしてマスコミに発表します。そして実際の選挙では集計システム内のプログラムを改竄して、候補者ごとにあからじめ計画されていた得票数を算出します。

 こうして公正な選挙結果にくらべ、与党が圧倒的に有利な結果が出力されます。一方、野党も与党政権を脅かさない範囲で得票できます。そして一番割を食うのは供託金を没収される泡沫候補です。

 不正選挙が政治家たちの間でなかなか追求されないのは、既成政党の場合、与党だけでなく野党も不正選挙の恩恵をそれなりに被っているからです。

 これからも不正選挙が平気でまかり通れば、日本の民主主義政治は崩壊します。

 『空飛ぶカレー本舗』様、この悪しき流れを止めるためにも、どうかコジローの社長、沢崎小次郎を殺してください。


 進藤はメールを読み終わるともう一口ワインを口に含む。

 やれやれ、今回はかなり大物がターゲットだ。どうやって”カレーする”べきか。

 ふとタブレットPCのディスプレイの上に赤い布が覆いかぶさり、視界を遮る。赤い布を手に取ってみるとブラジャーだ。

「進ちゃん、遊ぼうよ」

 二つの大きな乳房を露わにしたスーザン加藤がすぐ側に立っている。

「おいおい、君は清純派で売っている女優だろう。こんな姿、君のファンが見たら腰を抜かすぞ」

 スーザン加藤は進藤にあっかんべーをして見せる。





「幹事長」沢崎小次郎が言う。「二億円の報酬より、税のかからない一億円をください」 

 占部順二(うらべじゅんじ)は煙草に火を灯す。

 おれもこれまでいろんな悪党を見てきたが、こいつほど抜け目ないやつは初めてだ。

 正当に二億円稼げば法人税や事業税がかかるだけではない。官庁傘下の無数の独立行政法人が監督料と称して企業から金をふんだくりにやってくる。だからマネーロンダリングした一億円の方が手取りは高い。

 この沢崎という男は瞬時にこんな計算が出来る曲者だ。骨の髄まで金の亡者ときてやがる......。

 永田町にある自由共和党本部ビルの幹事長室には、同党幹事長の占部と株式会社コジローの代表取締役社長、沢崎が向かい合ってソファーに座っている。

 沢崎の隣には秘書の田村静江(たむらしずえ)がうつむき加減でかしこまって座っている。

 白髪頭の占部とてっぺんだけ禿げた沢崎はともに五十代。紺のツーピース姿の静江は二十代後半だった。

 先ほど占部は沢崎に、今度の参議院選挙で当選させる予定者のリストと、各候補者の得票数のリストを渡した。

 全国の投票所や集計会場の大半にコジロー社の機材や用品が置かれ、同社の選挙スタッフが派遣される手筈になっていた。

 集計は手作業でなく機械が行う。そこでコジロー社の集計システムのプログラムをいじくれば、実際の得票数と関係なく、あらかじめ予定しておいた選挙結果に自由に改ざんできる。

 沢崎に参議院選の不正選挙サービスを依頼したところ、正規の選挙サポート料と別にマネーロンダリングした一億円を請求してきた。

「じゃあそうだなあ」占部が言う。「愛国宗に一億円、投資しておくよ。沢崎社長の個人名義で」

「ありがとうございます」

 愛国宗は表向きは仏教系大手宗教法人だが、実際は南米に本部を持つ国際麻薬シンジケートの日本支部であるとともに、マネーロンダリング専門の地下銀行だった。宗教法人の非課税特権を悪用して、戦後、日本最大級の地下銀行に成長した。ここに預けた金はパナマ諸島、ケイマン諸島、米国デラウェイ州など、タックスヘイブン地域で運用される。

 多くの信者は真相を知らされてないが、日本の広域暴力団の幹部の多くは何らかの形で愛国宗と癒着していた。

 ミーティングが終わると沢崎は「田村、行くぞ。ぐずぐずすんな」と秘書を叱責して席を立ち上がる。

 怯えたように静江が立ち上がると沢崎は静江の尻をポンと叩く。

「やめてください」

「これくらい、いいじゃねえか。おれは社長だぞ」

「......」

 やれやれ、こういう殿様社長やセクハラ社長はもうバブル時代に絶滅したかと思っていたが、まだここに生き残りが生存していたのか。

 占部は沢崎たちを見てそう思う。

 

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