第20話
山中湖を見ながら、ロマネ・コンティを一口すする。至福のひとときだった。
プールサイドのリクライニングチェアーに腰掛けた進藤翔は、大きく伸びをする。
別荘に来たのは久しぶりだった。
プールでは赤いワンピースの水着を着た蘭明日香が泳いでいる。
「シンドーちゃんも食べてみない。うまいよ」
木島実は進藤の隣でポテトチップを食べている。
テーブルの上に”空飛ぶカレー”にマヨネーズを混ぜて皿に盛り、それにポテトチップをつけて食べているのだ。
進藤は木島にすすめられるまま、ポテトチップを一枚もらい、カレーにつけて食べてみる。
「なんだこれは」
進藤は思わず咳き込む。
「これのどこがうまいんだよ」
進藤はワインを一気に飲み干すと、ボトルからワイングラスにもう一杯注ぐ。
「この前、総務省のサーバーにコピーしたウイルスだけどさあ」木島が言う。「シンドーちゃんの作ったウイルスにバグがあったよ」
「本当か?」
「ソースには問題ないんだけど、総務省のサーバー上で動かすには、ユニックス用DLLがないとだめなんだ。だからおれが必要なDLLをコピーしてリンクしておいたよ」
「リナックス用のDLLではだめか」
「だめだめ。シンドーちゃんから”空飛ぶカレー”をいっぱいもらったから、おれの方でも本気出すことにしたんだよ。ニートのおれにもプライドってもんがあるからさあ」
明日香がプールから上がってくる。
「翔ちゃんは泳がないの」
「泳ぐ気分じゃないな」進藤が吐息をもらす。「君こそ、もっと泳いだら。この前、スーザンちゃんがここに来たときなんか、トップレスになってはしゃぎ回ってたよ」
「あの女、ここに連れて来てたの?もう、許さない」
蘭はロマネ・コンディのボトルをテーブルから奪い取り、プールまで走ってボトルを逆さにする。赤紫の液がプールに注がれる。
「おい、ちょっとそれ高いんだよ。もったいないだろう」
進藤がリクライニングチェアーから起き上がり、蘭のところまで走ってボトルを奪い返す。
すると蘭が進藤の体に体当りする。進藤はボトルを持ったまま、プールに転落する。
水しぶきが上がる。
進藤はプールから顔を出し、はげしく咳き込む。
「プールの水飲んだら」プールサイドから蘭が言う。「ワインの水割りよ」
やれやれ、女は抱くときは甘口だが、長く付き合うには辛口か。
進藤はプールの中で大きく吐息を漏らす。
ボトルに直接口をつけ、わずかに残った液体をすすってみると、意外と味はまだしっかりしている。
ふと空を見上げる。一羽のカモメが山中湖の方へ飛んで行くのが目に入る。
やがてカモメの白い翼は、山中湖の背景に鎮座する富士山の雪の白か、その周辺の入道雲の白か、あるいは湖上を走る水上スキーの水しぶきの白に溶け混じり、気が付くと進藤の視界から消えてしまっていた。
(了)
主な登場人物
進藤翔
IT企業、シンドバッド・ドットコム社の創業社長
裏の顔はネット通販の殺し屋「空飛ぶカレー本舗」のマスター。コードネームはターメリック
蘭明日香
進藤の秘書。「空飛ぶカレー本舗」のメンバー。コードネームはラッシー。
松山孝三
埼玉県警の警部
占部順二
政治家。自由共和党幹事長
田村静江
コジロー社の社長秘書
木島実
ニート。「空飛ぶカレー本舗」のメンバー。コードネームはキーマ
沢崎小次郎
コジロー社の社長
トーマス・レッド
”知日派”政治学者
雨宮昌文
刑事。松山の部下
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