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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第1章 うちのカレーは辛口でねえ
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第2話

 株式会社シンドバッド・ドットコムの本社ビルはJR大宮駅からすぐだった。 

 埼玉県警本部刑事部の松山孝三(まつやまこうぞう)警部は、部下の雨宮昌文(あめみやまさふみ)刑事とともに、本社ビルのエレベーターで最上階へ上っていった。

 松山は今年四十歳になる恰幅のいい中年。やせぎすの雨宮は先週、三十歳になったばかりだった。

「こいつはおれの直感なんだが......」松山が言う。「この会社の社長はクロだ。こいつが”空飛ぶカレー屋”だよ。ベテランのおれが言うんだから、まちがいない」

「だったら」雨宮が言う。「逮捕状用意した方がよかったですか」

「それはできない。確固たる物的証拠がなくては逮捕状は出せない。

 それにこういう金持ち連中を相手にするときは注意が必要だ。腕の経つ一流の弁護士を高額のギャラを支払って雇ってくる。だから話がややこしい。

 証拠がないのに犯人扱いすると人権侵害だとか言って、こっちにクレームつけてくるからな」


 ”空飛ぶカレー本舗”事件――それはここ最近、東京を中心に全国で多発している不可解な連続殺人事件だった。

 死体現場に『空飛ぶカレー本舗』という商標が書かれた名刺が落ちている。

 被害者は、日本を戦前の軍国主義に戻すべきと主張する極右思想の政治家、テレビタレントの顔を持つ広域暴力団のボス、外国のスパイだった高級官僚、ブラック企業の経営者、大手宗教団体代表兼麻薬ブローカー......。

 誰かに恨みを買われそうだが、社会的ステータスが高くて警察は逮捕しにくいという以外、被害者同士に何の接点もなく、犯人像は割り出しにくかった。

 殺しの手口も銃殺、絞殺、毒殺など様々だった。

 ただ一点、『空飛ぶカレー本舗』という名刺が現場に残されているだけで、これらの事件は連続殺人事件と推定された。もちろん、模倣犯の線も考えられた。

 警視庁は特捜本部を立ち上げたが、捜査は遅々として進まなかった。

 先日、横田基地の近くの路地で、黒人兵の死体が見つかった。そこに『空飛ぶカレー本舗』の名刺が落ちていた。この黒人兵は過去に複数の日本人女性を暴行、殺害している。


 松山はネットを検索すると、SNSや人気BBSで奇妙な噂が広まっていることに気づいた。

 『空飛ぶカレー本舗』というのは通販サイトのヒットマン(殺し屋)だというのだ。

 シンドバッド・ショッピングのサイトから、『空飛ぶカレー』を検索する。

 すると一袋三十万円で『空飛ぶカレー』というレトルトカレーが売っている。

 カレーを買うとき、通信欄に殺したい相手の情報やその理由などを詳しく書き込む。通信欄は記入が必須で、空欄のままではカレーが注文できない。

 サイトでカレーを注文すると、数日のうちにレトルトカレーが宅配便で自宅に届く。さらに依頼した相手を数週間以内に殺害する。殺害するとユーザーにメールが届き、「あなたにおすすめのニュースがあります」と書いてある。その下のURLをクリックするとシンドバッド・ニュースで依頼した相手の死亡ニュースが出てくる......。

 この通販サイトでは、”殺し”の依頼を審査する。正義とは言い難い単なる個人的怨恨の”殺し”はやらない。あくまで社会的に世直し目的の正義の”殺し”だけ請け負う。

 また通信欄に記入した情報が少なすぎて殺す相手を特定できない場合も”殺し”はやらない。

 こてこての”殺し”の依頼でなく、カレーの注文と一緒に依頼するのは、後で警察に調べられたときのカモフラージュのためだという。

 ではなぜカレーなのか。カップラーメンやスパゲティーでなくカレーなのか。

 一説には、”殺し”の依頼をしたユーザーに、二度とこんなことはしないようにという戒めをこめて、辛口カレーを食べさせるという。人生は辛口であることをユーザーに思い出してもらうためだ。

 別の説ではヒットマン自身が無類のカレー好きだからだという。


 株式会社シンドバッド・ドットコムは、総合ポータルサイトの中堅IT企業だった。

 年商200億円。ITバブル時代にジャスダックに上場。サイトの広告とショッピングサイトが主な収益源だった。この他、ニュースサイトやSNS、ブログ、動画サイトなども運営していた。

 また100パーセント子会社の持ち株会社シンドバッド・ホールディングスは、計100社のあらゆる業種の子会社を傘下に治めていた。

 創業社長は、弱冠三十四歳の進藤翔 (しんどうしょう)

 松山はこれまで直接会ったことはないが、テレビで何度となく進藤の顔を見てきた。

 進藤は独身だった。資産家でなくても、女が放っておかない甘いマスク。細身の長身で、アルマーニのスーツ、ジョンロブの紳士靴、ローレックスの腕時計が似合う。トラッド系ファッション雑誌の男性モデルも顔負けの着こなしだ。

 松山にとって進藤は、嫉妬心をかき立てられる以上に、どことなく生理的に嫌なタイプの男性だった。


 エレベーターが最上階に到着する。赤い絨毯の廊下を挟んで目の前にドアが見える。

 そこは株式会社シンドバッド・ドットコムおよびシンドバッド・ホールディングスの社長室だった。


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