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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第3章 そろそろ種明しをしましょうか

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第19話

「えっ?わたしが社長をやるんですか」

 田村静江は頓狂な声を上げる。

 シンドバッド・ビル最上階の社長室に入ったのは、はじめてだった。

 窓ガラスから大宮の街が一望できる。駅前は都会だが、少し駅を離れると田園風景が広がっている。

 コジロー社があった新橋にくらべると田舎だが、この風景は嫌いではなかった。大宮は都会と自然の両方がほどよくブレンドしている。そんなふうに静江には思えた。

 ソファーには静江と向かい合って社長の進藤翔が座っている。その隣には社長秘書の蘭明日香がいる。

「シンドバッド・パブリックサポート社のことなんだが」進藤が言う。「コジロー社同様、選挙の機材や用品のレンタルや選挙会場の設置、人材派遣などの事業をやろうと思っている。私が同社の会長だが、君が社長として実質的に指揮してもらいたい」

「わたし......技術的なことわからないんですけど」

「それはかまわない。ソフトウェア関係ならシンドバッド社にいくらでもプログラマーはいるからね。ただ選挙に不正が行われないよう、君に見張ってほしいんだ。トップを正義感のない人材にまかせると必ず組織は腐敗する。だから不正選挙を心底憎む、君こそこの会社の社長をやるべきだと思う」

 進藤は右の頬に絆創膏を貼っている。怪我をしたのだろうか。

「ところで今晩、君は暇かな」

「はい?」

「一緒に食事でもどうかね」

 すると隣の明日香が咳をする。

「社長、今は会議中です。そういう話は会議が終わってからにしてください」

 沢崎のセクハラは閉口したが、この人なら本気で口説かれたら心が揺らぎそう。静江はそう思う。この前、コジロー社で進藤を見たときから、男性として彼のことが気になっていた。

「ところで」静江が言う。「『空飛ぶカレー本舗』の正体は進藤社長ですよねえ」





 午後九時を回っていた。埼玉県警刑事部捜査一課のフロアは松山孝三だけが詰めていた。

 オールインワンのデスクトップPCにSDカードを挿入し、AVI動画を再生する。

 暗くてわかりにくいモノクロ動画だったが、黒いジャガーが走っているのがうつる。


 越谷のホテル『ラグジュアリー』で殺人事件が起きた。

 ホテルの最上階のスイートルームでは三人の死体が見つかった。三人ともいずれも林冲会系列の暴力団員だった。

 一方、地下駐車場でも三人の死体が見つかった。

 自由共和党幹事長、占部順二。”知日派”政治学者、トーマス・レッド、占部の秘書の水野修也。

 現場からは例の『空飛ぶカレー本舗』の名刺が見つかった。

 ホテルに数か所設置された防犯カメラの複数のSDカードを管理人から証拠物件として押収した。

 

 ジャガーにはドミノマスクをかぶった人物が運転しているのがわかる。これまで『空飛ぶカレー本舗』事件では複数人の目撃者がドミノマスクをかぶった人物を目撃している。

 ドミノマスクをかぶっているのは進藤だろうか。

 別のカメラで撮影された映像には、ジャガーが占部に突進し、轢き殺す直前、停車している。

 さらに別の映像では、ジャガーのナンバープレートがぼんやりうつっている。

 このナンバープレートを検索すれば、ジャガーの持ち主が進藤であることが、つまり進藤が”空飛ぶカレー屋”の正体であることが証明できるはずだ。

 松山は思わずほくそ笑む。

 今度こそ、進藤をブタ箱送りにしてやるぞ。


 松山は煙草に火をつけ、ゆっくりくゆらした。

 ふとフラッシュバックのように昔のことを思い出した。

 まだ大宮署の刑事だった頃、駅前のコンビニエンスストアに一台の乗用車が突っ込むという事件が起きた。たまたま漫画雑誌を立ち読みしていた中学生の少年が死亡した。

 運転手は占部亮介。大学生で覚醒剤を常用していた。

 取調室で亮介を尋問している最中に上司から、亮介をすぐ釈放するよう命令された。

 亮介は、当時、国家公安委員長を務める衆議院議員、占部順二の次男だった。

 上司の命令で仕方なく亮介を釈放した。

 それから一月たったある日の夕方、大宮署から帰宅しようと建物から出たとき、一人の中年女性が松山に詰め寄った。

「刑事さん。息子を返してください」

 女性は亡くなった少年の母親だった。

「息子を殺した犯人は、まったく処分されなかったという話じゃありませんか。刑事さん、どうしてくれるんですか」

「それはその.....」

「息子を返してください」

 松山はその場を走り去った。

 母親は泣きながら松山を追いかけた。

 そのうちにどうにか松山は母親をまいた。

 だが松山は自分でも泣いているのに気がついた。

 正義とは一体、何なのか。何度自問しても、その答えはわからなかった。


 松山はPCを操作し、躊躇した末、SDカード内のデータ「12222B」を消去した。

 ジャガーのナンバープレートがうつっている映像のデータだった。

 進藤よ、今回だけはおまえに貸しを作ってやる。だが次回からは真剣勝負だ。

 必ずおまえをブタ箱にぶちこんでやる。そのことを忘れるな。

 松山はもう一本、煙草を吸った。

 

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