第17話
「そろそろ種明かしをしましょうか」進藤翔が言う。「占部幹事長、あなたは以前、私の自宅の駐車場に林冲会の鉄砲玉をよこしましたよねえ。あの日以降、私はあなたのことをネットでいろいろ調べてみました」
占部順二は、進藤の落ち着き払った様子が鼻持ちならなかった。
この男の余裕な何なのか。三人の用心棒に囲まれても少しもこわくないのか。
「実は大変ありがたいことに」進藤が言う。「あなたの秘書の水野さんが、私どもシンドバッド・ドッドコムのウェブメールをご使用いただいていました。
水野さんはメールと連動したスケジュール管理画面に、お仕事のスケジュールを細かく記述していました。
うちはウェブメールのサーバー管理会社ですから、水野さんのスケジュール管理画面を自由に閲覧できます。それはつまり、占部幹事長、あなたのスケジュールを詳細に知ることができるということです。
水野さんはさらに様々なメモや企画書などの文書をメールと連動させ、占部さんの仕事の全貌を私に教えてくれました。
そのころ私は、コジロー社の前社長、沢崎小次郎の殺しの依頼をネットで受けていました。
私がコジロー社のTOBを思いついたのは、当初は単なる陽動作戦でした。沢崎にゆさぶりをかけることで何かしっぽを出すはずだ。その隙をねらって暗殺すればいい。そう思っていました。
ところが水野さんのスケジュール管理画面から、東京地検が私を逮捕しに来ることを知りました。馴染みの弁護士に相談すると保釈金を積めば最短三日で出所できる案件だと言われました。
ここで私はあることを思いつきました。
実は埼玉県警のある警部さんが、私を『空飛ぶカレー本舗』事件の犯人だと疑っているんです。そこでアリバイ工作を企みました。
最初に東京地検にわざと逮捕される。そして弁護士や保釈金を使って三日後に出所する。しかし、出所したことをマスコミに流さない。実は私の知人のハッカーにマスコミのサーバーをハッキングしてもらい、私が出所したニュースをすべて消させたんです。
そして沢崎を殺害する。世間の多くの人はまだ私が拘置所にいると思っているからアリバイが成立します。
さらにその一週間後ぐらいに会社の広報発表をして、その席で二日前に拘置所を出所したと偽ります。
この企みは即座に失敗しました。肝心の私を疑っている警部さんがすぐに気づいてしまったんです。
それはともかく、もう一つ、同時並行で私はあることを企みました。それはコジロー社、またはコジロー社の選挙サポート事業部の買収です。
先ほど申し上げたとおり、当初コジロー社のTOBは、沢崎社長暗殺のための陽動作戦でした。しかしながら、私はコジロー社を買収すること自体に大きな意味があることに気づいたのです。
そもそも沢崎暗殺の依頼人は不正選挙をこの世からなくすことを目的で依頼したようです。ところが彼一人死んでも不正選挙はなくなりません。むしろ集計システムで高いシェアを誇るコジロー社自体を買収した方が不正選挙防止に貢献できます。
つまりコジロー社をシンドバッド・グループで買収した後で、その会社を公正な選挙しかやらない健全な企業にしてしまえばいいわけです。私はそう思いつきました。
そこで参議院選挙で総務省のサーバーとコジロー社のサーバーにウイルスをばらまきました。開票速報時の混乱はご存じのとおりです。これにより一般国民に不正選挙に対する注意を喚起できたと思います。
ですがウイルスをばらまいたもう一つの目的はコジロー社の信頼を失墜させ、株価を落とすことです。沢崎の急逝と合わせて、コジロー社は株価が急落しました。シンドバッド社でも容易に買収できる額まで落ちました。
後はご存じのとおりです。
厳密にはコジロー社自体でなく、選挙サポート事業部だけをわれわれは買収しましたが......」
「君の話には矛盾がある」占部が言う。「君の会社がコジロー社を買収しても選挙管理委員会が、君の会社の機材やサービスを選挙で採用しなければ何にもならんだろう。そして選挙管理委員会は私が自由に操れるわけではないが、私のアドバイスにはしっかり耳を傾ける。だから君は私と組むべきだ」
「確かにあなたが殺し屋にでも殺されないかぎり、あなたと組まないとシンドバッド・パブリックサポート社の集計システムは選挙で採用してもらえないでしょう。ただし、あなたが殺し屋に殺されないかぎり......ですがね」
「何だって?」
「まあ、私の話はここまでが前置き。ここからが本題です。実は先ほどメールでご覧のとおり、私は占部幹事長暗殺の依頼を受けました。
しかしこの依頼には心底悩みました。考えてください。あなたを殺すにはあなたに近づかなくてはなりません。あなたを射殺するなら、銃の弾が飛ぶ距離まであなたに接近する必要があります。あなたを絞殺するなら、あなたの首に触れられる距離まであなたに接近する必要があります。
ところがあなたほど社会的ステイタスの高い人ですと、容易にはそばに近づけません。
そんなある日、メールであなたの方から招待がありました。あなたのそばに近づく絶好のチャンスです。
もう、おわかりですね。あなたは私を罠にはめたと思っているかもしれませんが、実はあなたが私の罠にはまったのです。
CIAがわが社のサーバーや私のメーラーをハッキングしたことも、実はすでに知っていました。総務省のサーバーにウイルスをまいた知人のハッカーが教えてくれました。もちろん、あなたがここに三人の用心棒を呼ぶことも、すべては想定の範囲内です。
今、なぜ私があなたの目の前にいるのか。
それは先ほどあなたがご覧になったメールの依頼内容、つまりあなたを処刑するというミッションを、私が粛々と執行するためです」
進藤はバッグからダイヤを散りばめた金のドミノマスクを取り出し、顔にかぶる。両手に黒い皮手袋をはめ、その上にナックルダスターをはめる。
「進藤君、なんのまねだね」
「この仮面をつけたときは、私はもはや進藤翔ではありません。私は『空飛ぶカレー本舗』のマスター、またの名をターメリック」




