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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第3章 そろそろ種明しをしましょうか
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第16話

「中島君がよく売ってくれたねえ」

 占部順二は脅すように進藤翔をにらみつける。

 スイートルームのソファーには、占部と進藤の他に、”知日派”政治学者のトーマス・レッド、占部の秘書の水野修也(みずのしゅうや)が腰掛けている。水野は二十代後半の小柄な男だった。

 越谷のホテル『ラグシュアリー』は、国道49号線沿いにあった。ビジネスホテルともラブホテルともつかない。そのどちらにも使えるというコンセプトのホテルだった。

 占部の弟が経営するホテルで、最上階のスイートルームは占部が隠れ家として使っていた。愛人を連れ込むこともあったが、非公式の仕事をするときにも利用した。

「コジロー社の借金の半分をうちが肩代わりすると申し出ました」進藤が言う。「すると中島社長は、当初の予定より社員数を増やして、売却してくれました」

 株式会社コジローの選挙サポート事業部を株式会社シンドバッド・ホールディングスが買取り、社名を株式会社シンドバッド・パブリックサービスに改名したことは、すでに新聞でも報じていた。

 占部は秘書の水野に命じて進藤にメールを送った。一度、今回の事業部買収の件で話し合いがしたいと持ちかけたところ、すぐに本人から電話が来た。そこでアポをとり、『ラグジュアリー』のスイートルームに呼び出した。

 占部は、進藤の落ち着き払った表情にどことなく嫌悪感を覚える。普通、これくらいの年齢の者が自分と話すときは、かしこまって緊張しているものだ。

 進藤が着ているネイビーブルーのスーツも気に入らない。今、自分が着ているロンドンで仕立てた三つ揃いに引けを取らない、高価なスーツに見受けられる。

「今日の話はこういうことだ」占部が言う。「君も知っているとおり、これまでコジロー社の集計システムは、国政選挙、地方選挙の両方で高いシェアを誇っている。

 そしてその集計システムに、あらかじめ私が用意した当選者リストの情報をインプットさせておく。これにより、有権者がいかなる投票行動を起こしても、当選者は当初の予定通りの結果となる。

 コジロー社がやっていたことを、シンドバッド社でも引き続きやってもらいたい。そうすれば、私の力でいろいろ便宜を図ってやっていい」

「お言葉ですが」進藤が言う。「わがシンドバッド・グループの企業理念は、社会に貢献する正義の企業を目指すことです。幹事長がおしゃるような不正選挙の片棒を稼ぐまねは、当社の企業理念に反します」

「それはすばらしい企業理念だね。君は大変りっぱな経営者だよ。しかしねえ、政治の世界はきれいごとや理想論だけでは動かないことが多いんだよ。理想を持つのはりっぱだと思うよ。だが現実をよく考えてくれたまえ」

「お言葉ですが......弊社は不正選挙には絶対、協力できません」

 この進藤という男、あまり賢くないようだな。

 占部がそう思い水野に目配せする。水野はスマホで電話をかける。

 しばらくすると、ドアをノックする音がする。占部が「どうぞ」というと三人の屈強な大男たちが入ってくる。

 黒いスーツ、黒いネクタイ、黒い紳士靴、黒いサングラス。男たちは三人とも葬式礼服を着ていた。

「紹介しよう」占部が言う。「左から望月大樹君、ペ・パル君、キム・バンギョン君だ。彼らを私は私設メン・イン・ブラックと呼んでいる。全国の林冲会系列の暴力団から選ばれた凄腕用心棒だ。警視庁のSPなんかより、けんかさせたらこっちの方が強い」

「これは脅迫ですか」と進藤。

「そういうわけじゃないが......ちなみに君の弟さんは進藤潤君だよねえ。毎朝新聞政治部の記者で、確か私の番記者をやっていた時期もあったよ。優秀なジャーナリストだったが......正義感がちょっとだけ強すぎたんだな。

 君にいいことを教えてやろう。もう五年くらい前になるかなあ、ここにいる望月君が潤君の首をしめて、遺体を東京湾に投げ捨てたんだ。君は弟さんと違ってもう少し賢くなるべきだよ」

 進藤の唇が一瞬ひきつるのを占部は見逃さなかった。

「実はここにいらっしゃる政治学者のレッド先生なんだが、ハーバード大学時代の親友が今、CIAの副長官をやっているんでねえ。先生のコネを使ったところ、CIAの一流のサイバー工作員たちが動いてくれたんだ。シンドバッド社や君のメールに不正侵入して、いろいろ君の秘密を探り出してもらったよ」

「その通りです」レッドがたどたどしい日本語で言う。「ミスターウラベの言った通りです」

「君の正体は」占部が言う。「ネット通販の殺し屋グループ、『空飛ぶカレー本舗』の中心人物だ。

 誰かが”空飛ぶカレー”というレトルトカレーをショッピングサイトで購入し、通信欄にターゲットとなる人物の名を書くと、君がその人物を殺害する。

 どうかね。警察に突き出されたくないなら君の選択肢は一つ。この私と組むことだ。いいかい、君は賢い男だ。そうだろう......」

 占部はタブレットPCをバッグから取り出し、画面を進藤に向ける。

「ここに進藤君のメールリストがある。君のメーラーは完全にわれわれにハッキングされているんだ。君のどんな企みも私にはお見通しというわけだ」

「しかし厳密には」進藤が言う。「あなたは普段、あまりメールはやっていないようです。あなたの秘書があなたの代理でメールを操作してるんじゃないですか」

「確かに、私自身はPCを使うのが苦手でねえ。ここにいる水野君にやってもらっているよ」

「今、画面にうつっているメールリストの上から三番目のメールを開けてみてくれませんか」

「......」

 占部が戸惑っていると水野が操作して、画面を占部に見せる。

 画面を見て占部は思わず驚愕する。そこにはこんな文字が並んでいた。


――自由共和党幹事長 占部順二を殺してください。


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