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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第2章 若い女とカレーには目がないんだから......
12/20

第12話

 進藤翔はタブレット端末を掲げる。

「これが新製品『シンドバッド・タンドリー』です。カラーコレステリック液晶を用い、電子ブックとしての機能を充実させた情報端末です。来月からシンドバッド・ショッピングで発売します」

 シンドバッド・ビル二階の大ホールには、マスコミ関係者が多数、詰めかけていた。

「グループ会社のシンドバッド・エレクトロニクス社が開発しました。タブレットタイプとスマートフォンタイプの二種類をラインアップ。標準でワイファイが使える他、オプションで3Gチップを搭載でき、スマートフォンとしてもお使いいただます。

 この製品の競合他社製品に対する技術的優位点でございますが......」

 進藤がプレゼンを終え、演台から降りてテーブル席に着席する。

「では次に」蘭明日香が言う。「質疑応答に移らさせていただきます」

 最前列に座っていた女性記者が手を上げる。明日香がマイクを渡す。

「プレスリリースを読んだんですが」女性記者が言う。「おととい、つまり七月十二日火曜日に進藤社長は東京拘置所を出所したとのことですが、この後、刑事裁判の日程を教えてください」

「不起訴処分になりました。私が特に証券取引法を違反したわけではないと検察は判断したようです」

「例のコジロー社に対するTOBの件ですが、まだコジロー社を買収する予定はおありですか」

「ちょっとすいません」明日香が口をはさむ。「新製品『タンドリー』に関係した質問にかぎらせていただきます」

 するとどこかで見たことのある顔の男が手を上げる。蘭は少し躊躇したが彼にマイクを渡す。

「週刊ゴシップワールドの鈴木です。昨晩、初台のオペラハウスで進藤社長はオペラを観劇されましたよねえ。シンガーソングライターのプリティー川野さんと一緒だったようですが、彼女とはいつから交際されてるんですか」

「ですから......」明日香がひきつった顔で言う。「『タンドリー』に関する質問をしてください」

 あーあ、誰も『タンドリー』には興味ないのかしら。明日香は吐息を漏らす。

 社運をかけた新製品だというのに.....これ、大丈夫かなあ。開発費だってかかっているはず。売れてくれないと、あたしたちのボーナスに響くんだけど......。





「えっ、本当ですか」松山孝三が叫ぶ。「だったら、進藤は六月中に出所していたんですか」

 小菅にある東京拘置所の応接室は殺風景だった。東京地検特捜部が逮捕した被疑者はここに送られて拘束される。

 副所長の村岡新太郎はファイルの書類をめくりながら調べている。白髪頭の小柄な男だった。

「そうですねえ。確かに記録によりますと、進藤翔は六月二十七日に逮捕されて、ここに来ました。そして三日後の六月三十日午後二時にここを出所しています」

「そんな早く出られるんですか」

「ええ。制度的には逮捕されてから最短で七十二時間後に出所できます。進藤がここに来たときのことを覚えていますが、検事さんたちが手分けして法律を調べたところ、彼の場合、特に証券取引法に触れる行動はなかったようです。

 コジロー社の株式公開買い付けの件ですが、時間外取引の疑いがあったものの、それを立証できるだけの証拠が検察側になかったんですね。

 検事の篠崎さんが担当だったと思いますが、迷った末、釈放を決意したようです。

 なにしろ弁が立つ強者の弁護士が四人もここに押しかけてきて、進藤を即、釈放しないと人権侵害だとまくしたてるんです。

 その上、進藤が小切手で三百万円を保釈金として支払うと言ってきたんで、篠崎さんも折れたようです」

「三百万円ですか」

 松山は考えをめぐらせる。

 これまで自分は進藤がずっと東京拘置所にいるものだと思っていた。

 シンドバッド社の新製品『シンドバッド・タンドリー』の記事を松山はネットのニュースで読んだ。

 その記事には進藤は七月十二日に出所したとなっていた。

 ところで沢崎は七月四日に殺されている。

 進藤は六月二十七日に逮捕されている。そしてニュースが正しければ、逮捕されてから七月十二日までの間、進藤は拘置所にいるわけだがら、沢崎を殺すのは不可能ということになる。

 だが村岡副所長の証言で、進藤のアリバイは崩された。

 沢崎が殺された七月四日、進藤はここにはいなかったのだ。

 では進藤が六月三十日にここを出所したとき、なぜマスコミはそれをニュースにしなかったのか。

「ところで」松山が言った。「進藤がここを出所したとき、こちらで広報発表はしなかったんですか」

「うちは広報発表なんかしません」

「マスコミは進藤が出所したことをニュースにしませんでしたか。逮捕したときはかなり大きなニュースになったはずですが」

「マスコミの取材は原則、お断りさせていただいております。ただ通信社さんが三社くらい、ここに詰めて篠崎さんに取材してましたよ。彼らは進藤が出所した日、ここに来ていました。もちろん、彼らはその日、進藤が出所したことを知っていたはずです。

 マスコミが直接取材できなくても、通信社さんが各媒体にプレスリリースを送ってそれをニュースにするわけですから、マスコミも間接的に進藤が六月三十日に出所したことを知っているはずですよ」

「ですが、進藤が出所した日、何のニュースにもなりませんでしたよねえ」

「さあ、どうでしょう。私はテレビも新聞も見ない方なのでよくわかりません。ネットのニュースはよく見ますが、どうだったでしょう。よく覚えてません。

 進藤はITベンチャーの勝ち組社長ということで、ITバブル時代は経済紙のマスコミがよく取り上げていましたが、今では女優とのスキャンダルでゴシップ週刊誌でよく話題になりますよねえ」

 少しずつわかってきだぞ。松山はほくそ笑む。

 マスコミが進藤の出所をニュースにしなかったのは、何らかの理由がある。もしかしたら、ここにトリックがある。 

 進藤よ、おまえが”空飛ぶカレー屋”なのは間違いない。必ずこのおれがトリックをすべて暴き出し、おまえをブタ箱にぶちこんでやる。それも今度は証券取引法違反じゃなく連続殺人の容疑でな。

 松山は深呼吸する。体全身に闘志が漲ってくる。


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