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空飛ぶカレー本舗  作者: カキヒト・シラズ
第2章 若い女とカレーには目がないんだから......
10/20

第10話

 スマホが鳴る。ハイヤーが来る時間の十分前に鳴るようにセットしてあった。

 いつもは五時なのに、今日に限って四時半か。

 沢崎小次郎はデスクから立ち上がり、帰り仕度をする。

 ここ数日、コンピュータのハッキング事件が世間をにぎわせた。

 テレビ局、新聞社、通信社といった大手マスコミ各社のサーバーに、何者かが不正アクセスして、データの一部を改竄したらしい。

 警察、検察、総務省のサーバーにも、外部から不正アクセスされた痕跡が見受けられた。

 情報処理推進機構(IPA)は民間企業にもサーバーのセキュリティ対策を強化するよう行政指導した。

 コジロー社のサーバーも情報管理部のエンジニアに調査させてみると、見知らぬIPアドレスからのアクセスがあった。

 IPアドレスを詳しく調べると池袋のネットカフェから不審者がアクセスしたようだ。

 エレベーターで一階に下りると、入口に黒いジャガーが停車している。

「沢崎社長、お待ちしてました」

 いつもの運転手とは違う、長身の男が頭を下げる。

 ハイヤー会社、東京アルバトロスの制服を着ているから間違いないだろうが、それにせよ、車種がいつもはクラウンなのにジャガーというのは少し変だ。

 外車のハイヤーは確か通常より高額料金を請求されるはずではなかったか。

 いずれにせよ、ハイヤーのことは秘書の田村にまかせてあるので沢崎はよくわからなかった。明日、田村に確認すればいい。

 沢崎がジャガーの後部座席に乗り込むと、すぐに発車する。

 首都高速を抜け、レインボーブリッジを疾走する。視界の両側が海だった。 

「あれ、いつもと違う道じゃないか」沢崎が言う。「道を間違えたのかな」

「いえ、これでいいんです」運転手が言う。「渋滞なんで、今日はわざと遠回りします」

「そうなのか」

 ジャガーは有明に向かっていた。

「そろそろ種明かしをしましょうか」運転手が言う。「実はいつものハイヤーは今日も五時に会社に来てるはずなんです」

「......」

「私はコジロー社の基幹システムをハッキングして、あなたのスケジュールを書き換えました。今日だけハイヤーの送迎時間を四時半にしたのです。

 私が着ている東京アルバトロスの制服は偽物です。既成のスーツに仕立て屋に頼んで、似たように修繕させました。帽子は百円ショップで買ったものを、自分で手作業で工作しました。

 こうしてハイヤーの運転手に成りすました私は、四時半に車であなたを送迎にやって来ました。

 何も知らないあなたは私の車に乗り込んだ」

「君は一体、何者だ」

 ジャガーは人気のない有明の波止場の入口付近に停車する。西の海に日が沈みかけている。

「ここで降りてください」

 運転手は車から降りると、後部座席のドアを開けて沢崎を降ろす。

「君、どういうつもりだ」

 運転手はいつのまにか顔に金色のドミノマスクをかぶり、両手に黒い皮手袋をしている。ドミノマスクにはダイヤが散りばめてある。

「一体、誰なんだ」

「私の名前は『空飛ぶカレー本舗』のマスター。またの名をターメリック」

 ターメリックは胸ポケットから名刺を差し出す。沢崎が手に取ってみると茶色い文字で『空飛ぶカレー本舗』と読める。

「うちのカレーは辛口でね」

 ターメリックはいきなり沢崎の顎と頭頂部を掴み、首を捻じ曲げる。

 断末魔の男の悲鳴が宵闇の波止場に響き渡る。





 松山孝三は部下の雨宮昌文とともに、「KEEP OUT」と書かれた黄色い規制線の中に入る。

 規制線の中では鑑識係や警官が十数名ほどせわしく動き回っている。

 死体は五十代の男性。死因は首の骨が折られたことによる窒息死。

 死体の側には『空飛ぶカレー本舗』と書かれた名刺が落ちている。

「これで進藤の線は消えましたね」雨宮が言う。「進藤は今、拘置所にいるはずですし......」

「まだ信じられないよ」松山が言う。「進藤でないなら、一体、誰がこんなことできるんだ」

 システマの達人でなければ、あんなふうに素手で首を捻じ曲げられるわけがない。進藤以外、日本にシステマの達人が何人いるというのか......。

 すると見知らぬ中年の刑事が警察手帳を見せながら松山に話しかける。

「あなたは誰ですか?」

 松山は警察手帳を見せる。

「埼玉県警さんですか?ここは有明、つまり東京都内ですから、われわれ警視庁の管轄です。規制線の外に出てもらえますか」

「でも『空飛ぶカレー本舗』事件の特捜本部に参画してまして......」

「だめです。まだこの事件が『空飛ぶカレー本舗』事件に関係あるかどうかを調べている最中です」

 松山と雨宮は仕方なく規制線の外に出る。





 タブレットPCからチャイム音が聞こえる。メールが来たのだ。

 田村静江はメールを開く。シンドバッド社からのメールだった。


――あなたにおすすめのニュースがあります。


 何だろう。静江はその下のURLをクリックしてみる。するとシンドバッド・ニュースのサイトに飛ぶ。


――有明の波止場で五十代の男性遺体発見


 静江はニュースを読んでいく。すると株式会社コジローの代表取締役社長、沢崎小次郎氏が、東京江東区有明で遺体で発見されたと書いてある。死体は首の骨が折られており、現場に『空飛ぶカレー本舗』の名刺が落ちていたことから、警察では一連の”空飛ぶカレー本舗”の連続殺人事件として捜査しているという。

 静江はふと安堵の吐息を漏らす。

 台所でレトルトカレーを電子レンジで温める。

 代官山のアパートは六畳の洋室と十畳のリビングルームの1LDKだった。独身女性一人としては広くも狭くもない。

 レトルトカレーをライスに盛る。

 スプーンで一口すくって食べてみると、びっくりするほど辛い。

 これが一袋三十万円で売っている”空飛ぶカレー”の味か。

 再びタブレットPCからチャイム音が鳴る。

 リビングルームに戻ると、またシンドバッド社からのメールだった。


――おめでとうございます。抽選の結果、二百倍の倍率の中からあなたは当選しました。”空飛ぶカレー”をもう一袋、無料でサービスします。


 静江は戸惑ったが、画面に従って操作していく。すると通信欄を記入する画面が表示される。

 前回、自分はここにあのいやらしいセクハラ社長の名前を書いた。

 空欄のまま注文ボタンを押しても先に進まない。どうしよう。

 静江は意を決して、通信欄を埋める。


――自由共和党幹事長、占部順二を殺してください。


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